僕が目指してること:”Local x Global” “IT x CD” “Online x Offline”

今月から25万円くらいかけてプログラミングのブートキャンプを受講しはじめてるけど、かといって、ただのプログラマーになりたい訳ではない。

僕の主要な武器は以下の3つで、プログラミングは「IT」の部分の強化のため。

  • IT
  • コミュニティ開発
  • 英語

これらの武器を駆使して目指していることが以下の3つのコンセプト。

  1. Local x Global
  2. IT x CD
  3. Online x Offline

これだけじゃ何のこっちゃ分からないと思うけど…

  1. 「Local x Global」ってのは、僕の中では、例えば東京は一ローカルに過ぎず、地球上のすべてのローカルが平等に大事だという意味。全ての独自のローカルがボトムアップでグローバルを形成するというイメージ。だから、僕にとっては地元平塚から直でグローバルにつながる形で、本来は東京を経由する必要がない。全てのローカルに平等にチャンスのあるプラットフォームになる。
  2. 「ITxCD」っていうのは、「Information Technology(情報技術)xCommunity Development(コミュニティ開発)」のことで、あらゆる単位のコミュニティの課題を、ITの力で改善していくということ。ITはツールで、あくまでCDが本体。
  3. 「Online x Offline」ってのは、インターネットの特性を若干無視して、オンライン上に地理的なローカル単位の仮想空間を作り出し、オンラインとオフラインのハイブリッドな交流を促進すること。匿名性の高いオンライン空間でいかに信頼性の高い地理的な単位の仮想空間を作り出すかがポイントになるけど、ここでAIやブロックチェーンの技術が使えないかと考えてる。

ここまで説明しても具体的にどんなことをやるのか想像できないと思うけど、とりあえずコンセプトだけ書き残しておく。

四十路を目前に踏み出そうとしていること

僕の三十路は、会社を辞めての裸一貫でのアメリカ留学から始まった。

人生いろいろ(3)30代からの崖っぷちアメリカ留学

この時点でかなりのチャレンジャーで、みんなに言うとやっぱり驚かれる。普通だったらリスクがあり過ぎて踏み出せないことを僕は踏み出せてしまう。

3年半に渡るポートランド留学・インターン生活を経て、妥協ではあるけど社内SEのサラリーマンとしてキャリアを積み重ね、今は東証一部上場企業で働き、ソフトバンクからスカウトを受けるまでになった。(僕から提示した条件が受け入れられなかったからか、結局ダメだったけど)

もちろん、年齢を重ねるごとに転職などは厳しくはなるけど、リスクを冒してチャレンジしても、自分のユニークで尖った部分を隠しつつも社会のメインストリームに、しかもある程度のエリート街道に自分を戻すことは可能なんだということは体現できたと思う。

四十路を目前に、僕が踏み出そうとしているのは、三十路の時くらいチャレンジングなことかもしれない。既に、TechAcademyってオンライン完結のプログラミングのブートキャンプを開始してるけど、プログラマーに転向しようとしている。既に年齢的にプログラマーの適齢期は過ぎているにも関わらず。

それでも僕がやりたいことを実現するのにプログラミングは必須のツールだ。誰もが記者!地元市民メディアの世界展開で事業計画を作成してみたことがあるけど、僕のやりたいことは、無数の市民主導のローカルサイトをグローバル展開すること。ポイントは、世界を同じ価値観で染めるのとは全く逆のアプローチで、各地のユニークさとか持ち味を引き出す為のプラットフォームを作る。

僕は2008年の時点でこんな理想の社会を思い描いていた。

僕の理想とする社会

この記事の以下の部分は、ポートランド州立大学のコミュニティ開発の課題のエッセーで書いた内容の日本語訳。

僕の理想とする社会とは、その社会にいる一人一人が、パフォーマンスを最大限に発揮し、それぞれの役割をしっかりと果たすことによって成り立つ社会。

言い換えると、この社会は、一人でも欠けると完全に機能しない社会です。
それぞれが社会に必要だと思うことを独自に始め、その社会に足りない機能を補える社会。

例えば、パズルを完成させる為に、すべてのピースが適切な形で適切な場所に収まる必要がありますよね。
同じように、人間社会も、一人一人が、必要なパフォーマンスを適切な場所で発揮することによってはじめて成り立つのだと僕は思います。

〜〜〜中略〜〜〜

このパズルが完成すると、その土地独特で唯一の芸術が生まれます。
それぞれが、色鮮やかな色彩で、心温まる絵になるはずです。
小さな絵かもしれないけど、世界には、一つとして同じものがない芸術的な絵が無数に存在することになります。

一人一人の可能性が生み出す多様性は、本来、想像も出来ないくらい豊かなものなんだと思います。
その多様性は、独自の文化となって、それぞれの地域の財産になります。

〜〜〜中略〜〜〜

現状の社会構造は、僕のこの理想からはかけ離れています。

グローバリゼーションは、それぞれの地域で培ってきた文化を、世界規模で、ことごとく破壊しています。
まるでブルドーザーで豊かな自然が切り崩され、平らに均されるように、地球という大きな塊で、何もかもが均一になりはじめています。

アフリカ人もアジア人もヨーロッパ人もアメリカ大陸の人々も、同じような服装をして、同じような暮らしを望み、同じような価値観をもって同じような物を欲しがり、同じような生活パターンで同じような仕事をして、同じように生きようとする。

この場合のパズルは、穴だらけな上に、モノクロで単調で境界線がなく、地球という巨大な規模でただだらだらと続いていく。
まるで、色とりどりで豊かな芸術品を無残に破壊して、どこからともなくやってきた誰かの面白みのない価値観にあわせて、平均的なものと取り替えるようなものです。

当時、僕は結構な反グローバリゼーションだったけど、やっぱりグローバリゼーションの流れは止められないと思う。それなら健全なグローバル化を目指すのが最善の方法だと今は思える。

その健全なグローバル化は、このコミュニティ開発のコンセプトをプログラミングと英語というツールを駆使して実現させて行けると本気で思っている。あまりおおっぴらには言えないけど、僕は本気で世界を変えたい。

今この機にプログラミングを身につけて、TOEICで900点超えして、事業に失敗したとしても10年間は何とか食っていけるようにする。そうすれば十分に冒険できる。既に25万円くらいかけて3ヶ月のプログラミングのブートキャンプを開始してて、もう25万円かけて全部で半年間くらい受講する予定。

で、半年後くらいを目処に会社を辞めてプログラマーに転向して、5年以内に海外移住、というかノマドワーク生活を目指すことにした。

四十路を目前にそんなことに踏み出そうと思ってる。

リベラル過ぎる僕の恋愛観について

僕という人間を知ってもらう為にすごく良いブログ記事はこれだと思う。

「ゲイ」について考えてみた

この記事を読めば分かると思うけど、僕はものすごくリベラルな人間で、これからもリベラルであり続けると思う。

クリスマスだからって訳じゃないけど、恐らく多くの人に理解してもらえないと思われる自分の恋愛観を書こうと思う。どうせ誰も読んでないだろうし、将来、AIが自分という人間を読み取ってくれる時の為に。

まず断っておかないといけないのは、僕はこれまで2人の女性としか付き合った経験がなく、一人は恐ろしく嫉妬深くてトラウマになるくらい束縛癖のある人だった。なので、僕はあまりまともな恋愛をしたことがなく、恋愛について語る資格はないかもしれない。その前提で書こうと思う。

僕の乏しい恋愛経験から、交際する際のお互いの距離感とか自由度ってすごく重要だと思った。恐らく、僕レベルで恋愛に対してリベラルな人は少ないと思うし、僕にはそれを相手に押し付けることも出来ないだろうな。。

まず、付き合ってるのに恋人が異性と話してると嫉妬するのは自然かな?もちろん嫉妬するのは自然だと思う。だけど、どのくらいの度合いかってのが重要。快く見守るのか、嫉妬しながらも見逃すのか、それとも話を遮って引き離すか。個人的には、恋人が自分以外の異性と話してても、それはソーシャルキャピタルのうちだとポジティブに考える。そうであるならどんどんやって欲しい。

それと同じように、相手の携帯のメッセージや発着信履歴が気になる人も多いと思う。僕は疾しいことはしてないのに、疑いだけで携帯を壊されたことがあるんだけど、そのレベルはさすがにあっちゃいけないと思う。個人的には、例え疾しいことをしていたとしても、それは個人のプライバシーとして守られるべきだと思う。

付き合ってるのに恋人が異性と食事はNG?これも分かる気がするけど、バッサリ切ってしまうのはどうかと思う。これもソーシャルキャピタルのうちだし、何かしらの価値ある機会を奪ってしまうのは、自分のためにも相手の為にもその他の人たちの為にもならない。

付き合ってるのに他の人のことが好きになるのは以ての外かな?これもごく自然なことだと思う。正直に打ち明けて冷静に話し合ってどうすれば良いかを決めればいいと思う。

では、浮気は絶対NG?浮気はもちろん良くないことだとは思うけど、それが許せるケースはある。それは、その浮気によってかけがえのない価値が生まれる場合。二人の間の絆が更に深まるとか、その教訓を生かして社会に大きな価値を生めるとか。恋人を寝取られたとしても、僕は同じように考える。

もちろん、この恋愛観を相手に押し付けるつもりはないし、可能な限り合わせる。でもやっぱり自分にも許容範囲がある。極度の嫉妬と束縛のトラウマと、自分のこの「リベラル過ぎる恋愛観」が恋愛を難しくしてると思うんだけど、自分を知ってもらう上ですごく分かりやすい例かなと思ってずっと書きたかったテーマだった。

AIがSNSを見て「どんな人か」を評価する時代に…

実は、こんな時代になることをずっと夢みてた気がする。

今までブログに書いてきたことやつぶやいてきたことは、僕にとって財産だと思っている。現状では誰もその価値に気づいてはいないけど、きっと将来、日の目を見ることになると信じて続けてきた。

ブログやツイッターの投稿にあまりいいねがつかなかったりアクセスさえされないのには色々と理由があると思う。単に読むに値しないのであればそれは自分の問題でしかないけど、恐らくそれだけではないと思う。読む価値があるのに注目されていないブログも沢山あるだろう。

1番の問題は、「人間が読むから」だと思う。まず、普通の人にはブログやつぶやきを全部読んでる時間はないし、好き嫌いや偏見などで判断してしまってフェアな評価が出来ないケースも考えられる。その投稿をした時の時代背景とか、長い期間の投稿内容を見比べた時の言動や行動の一貫性など、膨大な情報を考慮してのその人を評価するのは、忙しい現代人には無理な話だ。

それを、AI(人工知能)が肩代わりしてくれるとしたらどうだろう?僕は、このちきりんさんの記事を見たとき、久しぶりにゾクゾクする感覚を覚えた。もちろん、AIをどう使うかとかの倫理的なものも重要だし、企業の人事がこれを悪用して更に従業員を搾取するような結果もあり得るけど、僕は必ずしもそうはならないと予想している。

AIの使い方次第で企業の発展もあるべき姿になる可能性も十分あり得る。企業も本当の意味で優秀な人材を取りたいはずで、SNSやブログから読み取れる情報を最大限に活用してより優秀な人材を採用する企業は伸びるし、思考力がなくても都合の良いように使える人を取るような企業は発展せずに今まで以上に淘汰されていくのではないか。

重要なのは、AIが読み取る情報が全てでないまでも、その人がどんな人なのかを知るためのかなり強力な判断基準が持てることになる。その人がどれくらいユニークで先見性があり一貫性のある意見を持っているかとか。どんな企業も出来るだけ優秀な人材を採用したいはず。

だけど、現在の企業の採用は、ちきりんさんの記事に書いてある通り「履歴書」が大きな判断基準になっている。この時点で、どんなに実力のある人でも、学歴や職務経歴などが伴わずに落とされる場合は多々ある。

それに、面接に進んだとしても、面接だけでその人を十分に評価することは出来ないと思う。その面接の時間だけの為にパフォーマンスを発揮する人もいるだろうし、平然と作り話をして自分を必要以上に大きく見せようとする人もいる。面接受験者にとっても、会社(面接官)にとっても、こういった状況は健全ではないし、社会にとってもロスが大きいと思う。

だからと言って下手に自分の意見をSNSで発信してネガティブな評価を受けるケースもあって、何も発信しない方がいい場合もあるかもしれない。重要なのは、「声が大きくパフォーマンスばかりの人たちに埋もれてしまっていた人材が発掘されること」なんだ。もし、AIが個人のSNSを評価するようになれば、インターンシップなどの経験などの延長で、戦略的にSNSを使うことも出来る。僕はそんな時代を見てみたい。

こうやって考えると、2003年にこのブログを始めて(最初はmixiだったけど)2000を超える記事を書いてきたことは今後すごく大きな意味を持って来るはずだし、その中にどれだけの価値を見出されるかによるけど、今後の自分に訪れるチャンスも大きくなる。

ブログやつぶやきで投稿してしている僕の考えや行動は、断片的に見ると思いつきや自己満足でやっているように見えるかもしれないけど、緻密に計算されて一貫性があり、しかもリスクを侵したり身体を張った社会貢献だということもある。現代の忙しい人間にはそこまで読み取ることは出来ないかもしれないけど、膨大な記憶力と処理性能を持ったAIであればきっと分かってくれる。

長らくブログ更新をしてなかったけど、こう言った見通しがつけばブログ更新のモチベーションになるから、継続して続けて行くことにした。

自分の意見が何だろうと、相手の権利は守られなければならない

 

この映像はアメリカのテレビ局が仕掛けたドッキリ企画のようだし、よく考えれば当然のことを言っているんだけど、いざこういう場面で同じ行動を取れるかを考えると、やはりこのアメリカ人はとても立派だと思うし感銘を受ける。

フランスの作家ボルテールはこう言ったらしい。

私は、君の言うことには反対だ。しかし、君がそれを言う権利を、私は命をかけて守る

本当に公正さを意識して生きている人には間違いなく共感出来る言葉。逆に、この言葉にピンとこない人は、「人権」に関する意識を見直した方が良いと思う。

自分の意見が何だろうと、相手の権利は守られなければならない。「考え方が違うから」とか「気に入らないから」とかで相手の言論の自由や表現の自由を侵害してはならないということ。

日本の会社では、マネージメントと部下の従属関係が特に顕著だと思う。上司に反抗したら評価に影響したり、左遷やその他のパワハラなどに遭うということも普通にあり得る。そういう目に遭わない為にも、自分の意見を押し殺して波風立てずに働いている人が多いのではないだろうか。

僕はよっぽどのことがない限り目上の人に反抗したりしないけど、言うべきことは遠慮なく言わせてもらう。それは、硬く言えば自分の「人権」を守るたけなんだけど、何もモノが言えない環境で奴隷のように生きるのは誰だっていずれ魂が窒息死してしまう。そんなの自分も嫌だし、他人にもそんな思いをして欲しくない。

自分の意見が何だろうと、相手の権利は守られなければならない。このビデオのアメリカ人のように、リスクを恐れず行動出来るようになりたい。

モロッコ〜スペインの陸路と海路1800kmを4日間で移動した旅行のベストピクチャー集

2017年11月に3連休の前後に1日ずつ有給休暇をとってたった5日間の連休でモロッコ〜スペイン旅行をするという恐らく前人未到の旅をしてきた

カサブランカ→ラバト→タンジェ→アルヘシラス→マラガ→マドリード→バルセロナで、車なしで陸路と海路の移動は約1800kmになった。

5日間の連休でいったいどうやってそんなに移動できるのか?という疑問には後ほど答えるとして、立ち寄った目的地で撮ったベストピクチャーを載せておく。

まずは、モロッコの首都ラバトのスーク(場外市場)での一枚。狙った訳じゃないけど、スークの賑わいとか躍動感とかイスラム文化とかがうまく収まった一枚になった。

次はスペインのアンダルシア地方にあるマラガ。ピカソの生誕の地で、なるほどと思えるほど芸術の街だった。でも、一番よく撮れた写真は、水が通ってない川の写真だった。色々調べてみたけど、何故、水が流れていないのか分からなかった…

マドリードでは丸一日とって現地在住の同僚と一緒に美術館巡り(プラド美術館、ソフィア王妃芸術センター、ソローりゃ美術館)をした。スペインに住んでる訳でもないのにマドリードの国立美術館の年パスを購入するという奇業を成し遂げた。

ここでのベストピクチャーは、プラド美術館の近くにあるサン ヘロニモ エル レアル教会の写真。事前に天気予報を見てたらほぼ雨で早朝まで雨が降ってたけど、日中はこれだけ晴れてくれて嬉しくて仕方がなくて撮った写真がこの気持ちよすぎる青空に映える教会の写真だった。

バルセロナの滞在は9時間くらいだったけど、この時間でバルセロナを効率的に観光する為に、現地の自転車ガイドツアーに参加。サグラダファミリアやその他ガウディーの建築も含めた11箇所の観光地を、ポーランド人のガイドとアメリカ人の夫婦と共に巡った。その後、念願の本場のパエリアを食べたりしながら街を散歩した。

「バルセロナの定番」は色々あると思うけど、僕がすごく気に入ったバルセロナのサブカルチャーは、現代美術館の前でスケボーをしてる若者たちだった。よく知らなかったんだけど、バルセロナは世界で最も有名なスケートシティらしい。

おまけとして、実は、バルセロナから経由地のパリへのフライトが遅れて乗り継ぎに間に合わず、パリで一泊することになって、結果的にパリで翌日のモーニングアドベンチャーが楽しめた。ルーブル美術館〜シャンゼリゼ通り〜凱旋門〜エッフェル塔〜セーヌ川を歩いて帰ってきた。

ベストピクチャーは、セーヌ川と紅葉とエッフェル塔のコンビネーション。まさか、おまけでこんな素晴らしい景色に出会えるとは夢にも思わなかった。

Eiffel Tower and Autumn Leaves / エッフェル塔と紅葉

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そして、この日の午後に再び航空機に乗り込み、朝に成田空港到着後、そのまま午後から会社に向かい直接出社したのだった。

「芸術思考」はビジネスの世界でもまちづくりでも旅にでも役に立つ

僕は昔からすごく右脳人間で、それはやっぱり音楽によって鍛えられたんだと思うけど、誰も考えたことがないようなことも思い付いちゃったり、言葉とかで表現しにくいことが多々あったり、なかなか具現化できなかったりですごいストレスを感じることがある。でも、その苦闘の中で成長出来てる。

芸術に触れることは、自分の想像力のリミッターを外すって効果もある。僕は美術の分野は素人ながら観に行くのは好きで、マドリード滞在で国立の美術館の年パスを買うくらい。で、現代美術とか意味不明過ぎて笑っちゃうものも多いけど、自分の思考パターンにないものに触れるのはすごく刺激になる。

ポートランド州立大学でコミュニティ開発を学んでたときも、コミュニティ開発を芸術のようなものと捉えてた。人を笑顔にするユーモアとかも芸術の分野と捉えることも出来ると思う。あと、僕は自分のライフスタイルも芸術だと捉えてる。ツアーに参加とかではなく、セルフプロデュースの旅も芸術になり得ると思う。

「芸術」は一枚の紙切れを何億円もの価値に変えてしまい得るもの。価値を与えることで自分の存在意義を高め、企業や社会への貢献度を高められるとしたら、どんな分野でも「芸術思考」は役に立つと思う。

【5日目】九州目指してサイクリングツアー:下関より徒歩で九州入り、ガラガラの別府温泉を楽しむ

2ヶ月以上経ってしまいましたが、新たな旅が始まる前に書き残しておきます。

時間が空いてしまったので、まずは前日のことを振り返っておきます。

【4日目】九州目指してサイクリングツアー:同月にオバマ大統領が広島・岩国を訪れるとは夢にも思わず…

ということで、最終日は下関スタート。

ホテルをチェックアウトすると外は結構まとまった雨が。。

自転車を雨仕様(フレームにくくりつけてあるバッグをビニール袋で包むなど)にし、濡れながら関門人道の入り口を目指した。

途中、唐戸市場を観光しつつ、朝飯をと探していたら、市場内にある定食屋でふぐ刺し定食をたった1200円で食す。

そして、下関−福岡を歩いて渡れる関門人道(歩行者、自転車用海底トンネル)を使って九州入り!

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博多駅より特急電車で別府を目指す。(もちろん自転車も持ち込んで輪行)

別府駅到着後、地獄めぐりのエリアまで自転車で着いてみると、こんな感じでガランとしていた。

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別府は初めてだから比較はできないけど、普段のゴールデンウィークならありえない光景なんだと思った。

それもそのはず、熊本地震の影響でホテルや旅館の予約の90%以上がキャンセルになったらしく、大分県の地元紙「大分合同新聞」に熊本地震で被害を受けた県内の温泉地・別府への観光を呼びかける全面広告が掲載された。

そんなこともあり、あえて別府入りし、どこの温泉もガラガラだけど、お金を落としてくる意味でも、貸切風呂に入ってみた。

その後は地獄めぐり。

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飯もお店で一番高いのを頼んでみた。

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温泉入ってからまた汗かくのが嫌だったので、タクシーで駅まで。

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この後、ここまで何日もかけて来たのに、特急ー新幹線を乗り継いで一気に平塚まで帰還し、九州目指してサイクリングツアーは幕を閉じた。

実はこの記事を小田原ー大阪の新幹線の中で書いていて、自転車で1日かけて行った豊橋まで1時間足らずで着いてしまったことに複雑な気分になったのだった。

オレゴンから来日する友達には良い思い出を作って帰って欲しい

先日、オレゴンから日本に遊びきてるアメリカ人の女子大学生と飯食いに行ってきた。楽しかった〜。 若い女の子と飯食ったのが楽しかったというよりは、オレゴンの人と過ごす時間が楽しかった。

オレゴンは僕にとってはやっぱり第二の故郷で、SGIのメンバーには大変お世話になったし、オレゴンから来日するSGIの友達には特に良い思い出を作って帰っていって欲しいんだよね。

そんなんで連れて行ったお店は、仕事帰りのサラリーマンが集うような焼き鳥専門の居酒屋。(笑) いや、焼き鳥やつくねが食べてみたいって言うから。。

30年続く焼き鳥屋だったけど、若くてかわいいアメリカ人(母親は日本人)が来てみんなテンションが上がってた。そんなちょっとした老舗でも、鳥とかの「もも」の英語の発音(thigh)が分からなくて、ちょっとした発音教室になってたりした。

やっぱり彼女も日本社会の閉塞感を敏感に感じてたみたいだった。特に電車の中。異様な程静かで、普通に話してても視線を感じるって言ってた。極め付けは、赤ちゃんの鳴き声に異様に不快感を示す人たち…

外国人でも爆笑させられるのは、必ずしも言語力が決め手ではなくて、ユーモア力が大きいと思う。 同じように、外国語が上達する人って、テクニックを沢山持っている人というよりは、伝えたいことが沢山ある人なんだと思う。

ほんとに楽しかったな〜。何度も言うけど、若い女の子と一緒だったからというより、自分らしくいられる時間だったから。 日本では普段は相手の顔色を伺ったり気を遣ってばっかりだけど、オレゴンの人に対してはそんな必要はないんだよね。

帰りは駅前の不二家でケーキを買って、宿泊中のいとこの家の家族にお土産として持たせてあげた。

この日は、オレゴンで過ごした3年半がほんとに貴重な時間だったということを痛感した。

持ち前の情熱とさらに磨きのかかった感性で芸術創作活動を続ける小島一朗さんの絵画展

小島一朗さんの絵画展に行ってきました。

小島さんは体の8割が麻痺している重度障がい者です。2009年に、突然、重度障がいになり、今まで当然出来たことがほとんどできなくなったそうです。僕だったら絶望して何も出来なくなりそうな状況ですが、小島さんは「利き手の右手が動かなくなったら、わずかに動く左手で」という風に、持ち前の情熱とさらに磨きのかかった感性で力強く芸術創作活動を続けています。

小島さんが重度障がいになって、施設で初めて割箸が使えるようになった時、仲間に大泣きして報告したというエピソードがとても印象に残っています。数え切れないくらいの「出来ないこと」を嘆くより、一つでも「出来るようになったこと」に感謝する彼の生きる姿勢にすごく感銘を受けました。

モチーフの鮮度や僅かな変化を敏感に捉える小島さんの感性は、作品に生命力とか生身の温かさを与えていて、とても見応えがあります。それは作品を観ても感じられるのですが、作品の下にある彼のコメントを読むとさらに鮮明になります。(因みに小島さんの毎月火曜日のFB投稿もいつも楽しみにしてます)

小島一朗 絵画展は神奈川県相模原市のあじさい会館で今月24日まで開催されてます。

彼の生きる姿勢と感性に多くの人に触れてもらいたいです。

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