第65話 出会いの持つ意味をかみ締めて僕はまた旅に出る

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池袋駅ビルのレストラン街を出てJR池袋駅のホームに入ると、いよいよお別れの時が訪れた。

やがてニックスが乗る成田エクスプレスがホームに到着し、ニックスはその電車に乗り込んだ。

僕は、やはり最後の言葉がうまく出てこなかった。

そんな僕に、ニックスはとびっきりの笑顔を返してくれた。

「笑顔」-それは、その人の人格やこれまで生きてきた背景が忠実に表現されてしまうものだと思う。

自分らしく生きている人は自然に笑顔が出てくるし、逆に捻くれていたり、皮肉ばかりで自分に嘘をつきながら生きている人はどこかぎこちない笑い方をすると思う。

気持ちの良い笑顔の裏には深い悲しみを乗り越えた経験が潜んでおり、穏やかな笑顔の裏には激しい感情の中で苦難の壁を破って生きてきた答えが隠されているのだと僕は思う。

「人は悲しみが多いほど、人にはやさしく出来るのだから。」

これは、海援隊の僕の大好きな「贈る言葉」の歌の中の一節で、この一節が歌のメロディーと合わさった時に、僕は揺ぎ無い説得力を感じる。

人間のすべての感情は表裏一体で、どちらかを知らなければもう片方を知る事もない。

だから、真の「悲しみ」を知らない人間に、本当の「やさしさ」を知る術はないのだ。

その時のニックスの笑顔は、やさしさに満ち溢れていた。

それは演技では決してなく、「君と出会えて本当に良かった」というメッセージを送ってくれているように感じた。

僕は今まで、人に頼らず自分一人で何でもこなして行くのが、自分にとって最善の道だとどこかで考えていた。

ある意味ではそれで良かった部分もある。

例えば、ろくに本も読まずにとりあえず自分の思った事や感じた事を書いてみるようになった事は、他人の意見に左右されない自分独自の表現方法を僕の中に創造したし、海外旅行初心者の僕が勇気を振り絞って無謀なアメリカ旅行を断行した事は、誰にも出来ないような数々の体験を僕に齎した。

こうやって、僕は他人と一線を画す事で、僕の人生設計を独自のビジョンで描き始める事が出来た。

だが、現時点で僕に出来ることなど、過去の偉人と比べると鼻糞のようなもので、間違っている事もあるだろうし未熟な考え方をしてしまっている部分も多々あり、このまま孤独な戦いを続けている限り、「知らないまま」一生このまま一人で突っ走ってしまうだろう。

 そう、一人の限界はここにあるのだ。

そこでやはり大事になってくるのは、間違いを指摘してくれて正しい方向に導いてくれる友だ。

所詮、一人だけでは一人分の事しか成しえない。

だが、それが友と出会う事によって、その可能性は「未知数」になる。

僕達がどこまで自分の能力を引き出せるのかはこの「出会い」が握っているのかもしれない。

その効果が「質」によるか「量」によるかは個人によって変わってくると思うが、「出会い」というものが、僕達一人一人の人生を彩る重要な要素になるという事は間違いない。

この旅で起こった数々の掛け替えのない出会いが、孤独だった僕にその事を気づかせてくれた。

一先ず、僕のアメリカ旅行はここで幕を閉じるが、僕の「人生」という名の旅はこれからも果てしなく続く。

今の僕には到底想像出来ないようにエキサイティングに。

悲しい事や苦しい事、辛い事も含めて今からわくわくしながら待ち受けている。

この先、僕にどんな運命が待ち受けていたとしても、誰のものでもなく、それこそが僕の人生なのだと今は思えるから。

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