第61話 高尾山登山編

05-11-23_16-01

神奈川大学平塚キャンパスを出て一旦自宅に戻り、母親の運転で平塚駅まで送ってもらい、電車で町田駅まで行き、僕の英語の先生のハジメさん含む友達数人と合流した。

この日は合流した友達と一緒に紅葉の色づく高尾山に登る予定で、横浜線で八王子まで行き、京王線に乗り換え高尾山口まで行った。

紅葉の見ごろという事で、僕の予想をはるかに超える人々が高尾山に訪れており、リフトもケーブルカーも行きと帰りで数時間かかるという情報が掲示板に書かれていた。

ここまで来て先に進まないという訳には行かず、僕等は片道分のリフトの件を購入し、リフトに乗り込んだ。

リフトは2人乗りで、僕はニックスと乗り込んだ。

日本でこそ、スキー場でリフトは日常的に運行されているが、ニックスにとってはこれが新たなスリルだったようで、「シンガポールではこんな危険な乗り物があったとしても政府が認めないだろう。」と語っていた。

やはり、僕等が当たり前の常識として認識している事が、海を越えてしまうと非常識という風に認識されてしまうものなのだなという事が再確認された。

リフトから見る紅葉の景色は絶景そのもので、桜とは違った美しさがあるなぁと思った。

桜は、「さぁ今から出発だ、張り切っていこう!」という勢いをとにかく感じさせてくれるけど、紅葉はやがて散っていく儚さがあって、僕を感情的にさせて一歩立ち止まらせていろいろ考えさせる。

四季というのは、僕等にとっては当然あって当たり前の事と錯覚してしまうけど、赤道直下の常夏のシンガポールにはこの概念が全くないのだ。

そう考えると、僕等はすごく幸せなんじゃないかと思った。

僕等を乗せたリフトはやがて終着点に到達し、降りそびれてもう一周する事のないように、2人でバタバタしながらリフトを降りた。

という事で、早速、高尾山の登山が開始された訳だが、早速、分かれ道に行き当たり、僕等は無難でない方のよりスリリングと思われる方向を選択してまた歩き出した。

その道は、人がすれ違うくらいの幅はあるのだが、断崖絶壁で、人と人がすれ違うときにどちらかがふら付いてちょっとでも肩がぶつかろうものなら普通に落っこちられる環境だった。

にも拘わらず、ガードレール等の落ちないようにする仕組みが全くなくて、ここで何人の人が命を落としたのだろうと考えてみたが、実際は事故が起これば対策を施さざるを得ないので、幸いここで命を落とした人はいないという事なのだろう。

僕はこの環境をめちゃくちゃ恐怖に感じていた訳だが、ニックスは何故か平気だったようで、歩くのが早くて付いていけない程に彼の歩みは堅調だった。

さっきのリフトより、こっちの方が間違いなく危険度は高いと思うだけどどうなのだろうか・・・

さらに驚いたのは、こんな危険な場所をヒールの高いブーツで歩いている女の子がいたので、僕には命知らずとしか思えなかった。

そうこうしているうちに辺りはすっかり暗くなってしまい、非常に残念だったが、安全策を取って僕らは引き返す事にした。

ケーブルカー乗り場に到着すると、リフトは時間外の為止まっており、ケーブルカー待ちの人が長蛇の列となっており、係員に後どのくらい待ちなのかを聞いてみたところ、歩いて下山しても時間的にはそれほど変わらなかったようなので、僕等は歩いて下山する事にした。

帰りの道中は街頭がほとんどなく、本当に真っ暗だったので携帯のライトでも付けてないと真っ直ぐに歩けているかも不安になる程だった。

僕がそんなふらふらな状態なのに対し、Nixkはしっかり前を見つめ着実に歩みを進め、こういったとこから生き方の差が現われてくるのかという事を痛感する結果となった。

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