第62話 町田居酒屋編

高尾山を後にした僕等は、京王線、横浜線と乗り継いで町田まで戻り、適当な居酒屋に入った。

既に時計を見ると20時近くで、そんなにゆっくり飲めないだろうと思っていたが、ハジメさんのシームレスな(継ぎ目のない)通訳の効果も手伝ってニックスも含めて話が弾んでしまい、終電近くまで飲む結果となった。

ニックスは、自国の事なら何でも知っているのではないかと思えるくらい何でも誇りを持って自国の事を語っていた。

シンガポールの歴史について、文化について、政治について、グローバルな視点から見た自国民の特徴や、日本と対比した上での相違点など、あらゆる事を語っていた。

こうやって、日本の事について誇りを持って語れる日本人が果たしてどれだけいるだろうか?

僕も例外ではなく、日本の事で誇りを持って話せる事なんてほんの少ししかない訳だが、語れないほど、日本には歴史や文化が少ないという訳では決してない。

1965年に建国されたシンガポールは、まだ数十年足らずの歴史しかないのだ。

一方、僕達の住む日本という国は、シンガポールとは比べ物にもならないくらい歴史が長く、はちゃめちゃとも言える波乱万丈の歴史があり、日本民族の間で長年育んできた島国特有の色濃い文化も持ち合わせている。

外から見れば鮮明に映るが、内にいる限りそれは見え難いままなのかもしれない。

まず、僕等の国は原爆を経験した唯一の国だ。

また、日本の学校の授業では詳細は伏せてあるが、第二次世界大戦だけとっても、日本軍は、シンガポールを始め、満州から東南アジアの国々への侵略を繰り返し、いくつもの極端な過ちを犯した。

世界的に言えば、ヒトラー率いるドイツや、スターリン率いるソ連がクローズアップされがちだが、実際、当時の日本軍もそれに負けないくらいの極端な悪行を重ねていた。その度にいくつもの想像を絶する苦境を経験し、持ち前の大和魂でそれらを乗り切ってきたのも事実だ。

今は、残念ながら、多くの日本人が平和ボケしてその誇りを忘れつつあり、生きる意味さえも見失ってしまっている人も少なくない。

僕らの国は、戦争や紛争とはほとんど無縁の物理的には極めて安全な国にも拘わらず、信じられない程多くの日本人が、毎年、精神的な理由で命を落としてしまっている。

僕等は、これを新たな緊急事態として深刻に受け止めなければならない時期に来ている。

少なくとも、僕はこれを黙視することは出来ない。

と、僕の中の日本像を僕の観点から書き出してみた訳だが、僕の浅い知識で日本の事を語るとしてもこれくらいの概要程度でしか語る事が出来ない。

 その点、ニックスの話を聞く事で、日本人として、日本の事をもっと勉強しなければならないという事に気付く事が出来て良かったなと思う。

 僕の友達も皆、ニックスの話を聞いて良い刺激になったようだった。

電車の時刻も忘れて話しに熱中していた為、いつの間にか終電時刻近くになっている事に気づき、バタバタと慌てて居酒屋を後にして駅を目指した。

この日は、ニックスを僕の大和のアパートに泊めてあげる予定になっていて、何とか大和までの電車に乗り込んでアパートまで帰る事が出来た。

アパートに着くと、極度の疲れの為、明日の起床時刻だけ決めて、布団だけ引いて2人ともあっという間に眠りについてしまった。

Similar Posts:

コメントを残す