平塚のお祭りーその伝統と創造ー(平塚58社のお祭り)

昨日、西図書館で平塚関連の本を漁っていたら、面白そうな本が沢山ありました。

その中の一つで、平塚市博物館が発刊している、「平塚のお祭りーその伝統と創造ー」という本で、平塚の地域主体で行われている主なお祭りが紹介されていました。こういったお祭りは、宗教色も強いですが、地域の活性化という意味でとても有効なツールでもあると思います。

以下に、博物館のサイトの抜粋を途中まで載せておきます。各神社名のリンク先に行けば、説明だけでなく、多数のお祭りの写真が見れます。近くで行われているお祭りがある方は、是非参加してみて、記事にしてみてください。

 

 

1 三嶋神社

 【鎮座地】夕陽ヶ丘60−27 【例祭日】7月20日前後の土日曜日

旧須賀村の鎮守です。例大祭は「須賀のだらだら祭」とか「入りがあっても明けがねえ」などと言われ、昭和30年頃までは一週間近くかけて神輿が渡御していました。最長は大正6年の12日間だそうです。現在は2日間の渡御になりましたが、熱気溢れる神輿担ぎは健在です。クライマックスは、夕方に西町の御酒所から六町子供神輿が合流し、7基が揃って浜降りし、宮入するまでです。掛け声は「どっこい、そーりゃ」で、平塚のどっこい担ぎと甚句の本場でもあります。開放感に満ち溢れ、心から楽しめるお祭りです。

2 神明神社

【鎮座地】中堂13−3 【例祭日】4月第2日曜日
旧馬入村は平塚八幡宮の氏子で、神明神社は馬入の小鎮守にあたります。お祭りは、馬入文化財保存会などのご努力で、ここ2〜3年で次々に昔の伝統が復活しています。明治4年に製作された屋台は、昭和25年の復興祭を最後に巡行が途絶えていましたが、平成15年に大修復して再び曳かれるようになりました。屋台では、天保年間に京都方面から教わったという馬入祇園ばやしが演奏されます。屋台を曳き出すときに唄う木遣りも馬入だけの伝統です。

3 山神社

【鎮座地】宝町9−21 【例祭】5月第3日曜日
繁華街に祀られている小さな神社で、元は平塚新宿東町で祀っていました。今は宝町と宮の前で祭祀しています。お祭りは、平成11年から音羽会の神輿を借りて担ぐようになりました。駅前まで神輿が渡御するのはこのお祭りだけです。山車では豊田平等寺と本宿西仲町の人がリズミカルに囃子を演奏し、締まった高音がビルによく反響します。

4 平塚八幡宮

【鎮座地】浅間町1-6 【例祭日】8月15日

相模国第五の宮として国府祭へ御霊神輿が出御します。氏子の範囲は広く、八幡、新宿、馬入の三地区が輪番で年番をつとめます。早朝に袖ヶ浜で行う浜降神事は、『新編相模國風土記稿』に「宿内海邊迄神輿を渡す」とある伝統の神事で、現在は国府祭用の御霊神輿を出して行います。かつての神輿渡御は、八幡宮の宮神輿と末社の若宮八幡社神輿の2基を担ぎましたが、平成9年頃に神輿保存会が解散し、現在は宮神輿を車に載せて回ります。

5 浜嶽神社

【鎮座地】花水台447 【例祭日】8月第1日曜日
昭和25年に春日神社から分祠し、西海岸のなでしこ地区で祀る神社です。昭和50年代に神輿保存会ができ、一時は春日神社の神輿とともに浜降りするほど活気のある祭になりましたが、現在は子供神輿だけを担ぎます。

6 春日神社

【鎮座地】平塚4−18−1 【例祭日】8月第1日曜日の前日(例大祭)、8月第1日曜日(神幸祭)
旧平塚宿の鎮守で、古くは現在の黒部宮に社地がありましたが、津波により現在地へ春日神社を創建したと伝えます。隔年に神輿が浜降りし、黒部宮まで渡御しました。黒部宮では神饌の赤飯と甘酒を腕ずくで奪い合ったことから、腕骨祭と呼ばれ、神輿も荒々しく担がれました。14の町内会が参加する盛大なお祭りでしたが、平成15年から神輿渡御が中止され、現在は神事のみです。町内によっては同日にふれあい祭を開催しています。

7 諏訪部神社

【鎮座地】諏訪町28−25 【例祭日】七夕まつり直前の日曜日
昭和2年7月3日に大久保公園へ創建された神社で、諏訪町で祀ります。戦前は春日神社のお祭りにも子供神輿を担ぎました。現在は2基の子供神輿をリヤカーに載せ、2コースに分かれて子供たちが引いて回り、宮入時だけ担ぎます。

8 八雲神社

【鎮座地】中里138 【例祭日】7月25日近くの日曜日
上平塚の鎮守です。神輿は明治6年に二宮町で作られ、後に足柄上郡某村より買い受けたといいます。明治時代に平塚本宿東仲町で疫病が流行し、上平塚から神輿を借りて渡御したところ、たちまち疫病が鎮まったといわれるあらたかな神輿で、疫病退散、家内安全、五穀豊穣を願って神輿が渡御します。

9 諏訪神社

【鎮座地】南原2−16−10 【例祭日】9月10日近くの土曜日
宵宮と本祭の二日間にわたり奉納演芸会が催し、露店が出て賑わいます。戦前は大人と子供の神輿が一基ずつありましたが、空襲で焼失しました。現在は子供神輿2基と山車2台が二コースに別れて回ります。神輿は全コースを担ぎ、後半はお父さんたちが担ぎます。近々、子供神輿を新調する計画があるそうです。

10 日枝神社

【鎮座地】中原3−20−16 【例祭日】9月15日(例大祭)と直後の土日曜日(前夜祭・奉祝祭)
日枝神社は、中原御殿の鬼門鎮護のために遷し祀られた神社です。お祭りは近年ますます盛大になっています。前夜祭にはバチ合わせといって、上宿と中宿、御殿と裏宿の山車が向かい合って太鼓の叩き比べをします。奉祝祭は、朝から中原中を神輿が渡御します。江戸時代の神輿で、大山の明王太郎の製作ともいわれます。クライマックスは、夕刻から夜にかけて、神輿を先頭に5台の山車が後をつき、旧伊勢原街道を巡行する様子です。華麗にライトアップされた5台の山車と強烈な太鼓の音に、祭の興奮は最高潮に達します。

11 東照権現社

【鎮座地】中原3-20-16 【例祭日】4月17日直前の日曜日
かつては中原御殿跡に鎮座しており、明治42年に日枝神社へ合祀されました。徳川家康公を祀り、命日の4月17日に神事を行っていました。平塚市ふるさと歴史再発見事業で中原御殿がクローズアップされたことを契機に、平成14年より中原町内会が手作りで鷹狩行列を再現。神輿や車山車も出て急速に大きくなっているイベントです。

12 八坂神社

【鎮座地】東八幡2−6−5 【例祭日】7月14日近くの日曜日
八幡は平塚八幡宮の氏子で、八坂神社は八幡の小鎮守にあたります。神輿は江戸時代の製作で、随所に金箔が施されたきらびやかな輿です。宮入には甚句がたくさん唄われ、担ぎにも熱気がみなぎります。五町内の子供神輿も炎天下を元気よく担ぎます。太鼓は明治以降長らく途絶えていましたが、昭和50年代に四之宮から習って復活し、山車と境内の櫓で叩きます。夜は櫓で三カラが合同で叩き、フォームも音も揃った演奏が披露されます。

13 前鳥神社

【鎮座地】四之宮4−14−26 【例祭日】9月28日
相模國四之宮で、今年で創建1.637年を迎えるという古社です。27日の宵宮は神輿の御霊入れの後、麦振舞神事が行われます。白丁20名が向き合い、里芋の葉に盛った強飯と、大根の煮付けに唐辛子を添えた副食物を食べます。担ぎ手への力飯であり、食後に白丁は喚声を上げて立ち上がり神輿を担ぎます。本宮の宮入では、神輿に奠(でん)の綱を結び、奏楽と篝火の中、氏子総代が綱を引いて神輿を拝殿へ誘導します。また前鳥囃子は9曲が途切れることなく伝承されており、市内の祭囃子の正統のひとつと考えられます。里神楽も付随しています。

14 八坂神社

【鎮座地】四之宮4−14−26前鳥神社境内 【例祭日】7月第2日曜日
八坂神社は前鳥神社境内の神戸神社に合祀されており、四之宮全体で祀ります。昔は7月9日〜14日まで神輿を御旅所へ出し、堂番が交替で立ちました。以前は八幡と田村も7月14日がお祭りだったので、境でお互いの神輿が出会うと、競い合って喧嘩になることもあったそうです。現在は境内で子どもまつりが同時開催され賑わいます。

15 真土神社

【鎮座地】東真土3−5−8 【例祭日】4月第2土曜日
真土神社の神輿は昭和11年に半原の矢内稲雄らによって建造されました。当時の青年団がたいへんな苦労をしてお金を貯め作った神輿といいます。その分、神輿への愛着が深く、氏子の結束も硬いのでしょう、真土ではほぼ氏子だけで神輿を担ぎます。また、神輿渡御の間、甚句を唄い続けることも特色です。真土甚句は、真土の風物を称えたオリジナルの歌詞が多く、甚句保存会を組織して毎月練習しているだけあり、絶妙な節回しを聞くことができます。

16 豊八幡神社

【鎮座地】豊田宮下550 【例祭日】10月1日(式典)と第1土曜日
豊田地区は、打間木、小嶺、宮下、平等寺、本宿、豊中、西町、簀子橋の8自治会からなり、それぞれが山車を持ち、10月第1土曜日には8台の山車が境内に整列して太鼓の音を競い合います。いかに高く、遠音のする音を叩き出すかがポイントで、そのために使用する皮を吟味し、限界寸前まで皮を締めて本番に臨み、腕っ節で鳴らします。平塚伝統の喧嘩太鼓、競り合い太鼓を代表する祭典です。また、夕方には本宿自治会館前で、本宿雅組によるお囃子と踊りが披露され、競り合いとはひと味違祭囃子が楽しめます。

17 八坂神社

【鎮座地】田村8−21−30  【例祭日】7月28日直前の日曜日
田村には江戸後期から明治中頃に製作された3台の屋台があり、屋台の上で市無形文化財の田村ばやしが演奏されます。田村ばやしは、鎌倉時代に京都の楽人によって編曲されたという由緒を持ち、今日まで途切れることなく伝承されてきました。曲は「屋台」「宮昇殿」「昇殿」「神田丸」「唐楽鎌倉」「仕丁舞」「印場」の7曲からなります。繊細さと豪快さを併せ持ち、優雅な笛の調べと重厚な大太鼓の響きが印象的な祭囃子です。例大祭の夜、神輿は田村ばやしの競演で迎えられて宮入りし、最高の盛り上がりを見せます。演芸会も二日間にわたり多くの人で賑わいます。

18 寄木神社

【鎮座地】大神2746 【例祭日】10月第1日曜日
例大祭では寄木神社境内末社である八坂神社の神輿を担ぎます。神輿は大山の手中明王太郎景元が明治12年に製作しました。渡御の後半、八坂神社の旧社地で神輿をおろし、水をかけて禊ぎをします。お囃子は田村ばやしと同系統です。また、昭和30年頃まで上演された歌舞伎は毎年有名な役者が出演し、相模の歌舞伎座と称されたほど人気があり、歌舞伎が終る頃には夜が明けていたといいます。現在は宵宮の演芸会に子供たちのカラオケやダンスが披露され、境内は人でびっしりと埋まります。

19 稲荷神社

【鎮座地】吉際63 【例祭日】4月第3日曜日
吉際は、長らく大神寄木神社と同じ日に付き合い祭をし、昭和50年頃からは小稲葉八幡神社のお祭りに合わせて4月に行うようになりました。子供たちは元気よく神輿を引いて回った後で、小稲葉の露店へ遊びに行くそうです。

20 御霊神社

【鎮座地】横内900 【例祭日】9月20日近くの休日
御霊神社は昔、田村・大神・戸田の総鎮守で、真土境近くに一の鳥居があったと伝え、今も広い境内を有する神社です。神輿は明治26年に大山の手中明王太郎景元が製作しました。胴が長く、彫り物が豪華な神輿です。宮入は、鳥居をくぐってから約30分、激しく神輿をもみ、甚句を唄い、境内は熱気に包まれます。

21 八幡神社

【鎮座地】大島718 【例祭日】4月第3日曜日
大島では昭和24年から10年間ほど、山車の上に真っ赤な大だるまを据えていました。境内の櫓では近隣の太鼓連を呼び、五カラの太鼓を並べて鳴りを競いました。今は車山車2台と子供神輿がのんびりと大島中を回ります。

22 八幡神社

【鎮座地】小鍋島965 【例祭日】4月第1日曜日
かつてはお囃子の太鼓も神輿も無く、お祭りの楽しみはお芝居だったといいます。戦後に太鼓を始め、最近は樽神輿も作りました。きれいに飾り付けをした樽神輿と太鼓の山車2台が、演歌を流す花車とともに巡回します。

23 八幡神社

【鎮座地】下島626 【例祭日】3月13日近くの土曜日
下島は小中学生がしっかりとした腕前で太鼓を叩き、曲目が「鎌倉」「昇殿」「お囃子」「バカッパヤシ」と変化に富んでいます。また、霊山寺境内の淡島社も同日がお祭りですが、淡島マチといわれたかつての賑わいはありません。

24 貴船神社

【鎮座地】城所343 【例祭日】4月29日
城所は明治時代以降、岡崎や城島、伊勢原市大田など10カ所ほどへ祭囃子を教えたといわれています。昭和30年頃まではこうした近隣の太鼓連をお互いの祭りに呼び合い、境内に櫓を組み、太鼓を並べて叩き合いをすることが盛んでした。戦前は最大七カラの太鼓を並べたといいます。また14曲からなる城所ばやしが伝承されており、お祭りでは精陽学園と境内の神楽殿にて、オカメとヒョットコの踊り付きで披露されます。

25 岡崎神社

【鎮座地】岡崎3650 【例祭日】10月9日
かつての岡崎郷7か村の鎮守で、戦前はお祭りに7つの太鼓連が出て夜を徹して太鼓を競いました。昭和31年に大句と馬渡が伊勢原市へ編入されて岡崎神社から分離し、太鼓も五カラに減りました。現在は、各地区を子供神輿と山車が巡回し、夜は3台の山車が境内へ上がって叩きます。昔からの祭礼日を守っている数少ない神社でもあります。

26 駒形神社
27 熊野神社
28 八坂神社
29 日枝神社
30 八坂神社
31 八幡神社
32 片岡神社
33 熊野神社
34 南金目神社
35 北金目神社
36 真田神社
   真田尊大祭
37 熊野神社
38 造化神社
39 八坂神社
40 愛宕神社


41 八坂神社
42 八剣神社
43 八坂神社
44 八剣神社
45 八坂神社
46 公所神社
47 八剣神社
48 八坂神社
49 粟津神社
50 愛宕神社
51 岩戸分神社
52 若宮八幡神社
53 八幡神社
54 神明神社
55 徳延神社
56 纏神社・57 松延神社・58 八坂神社

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