映画「ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)」を観て迎える9・11

今年も9・11を迎えました。

あの同時多発テロの日からもう12年も経つんですね。航空機がハイジャックされ、世界貿易センタービルに突っ込む衝撃的な映像を、今も覚えています。みなさんは、今年の9・11をどう迎えましたか?

この時期に合わせてか、レンタルビデオ屋に「ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)」が並ぶようになった。

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この映画は、何も考えずに観れば、犯人を追うサスペンス的な戦争アクション映画。僕にはどうしてもリアルなこととは思えなかったんだけど、この映画で描かれたことは実際に起こっていたことで、僕たちも原因と結果を知っている。そう、この映画は、9.11からオサマ・ビンラディンの殺害までの一部始終を描いたノンフィクション映画。

この手のアメリカの映画は、大抵、アメリカの正義を軸に作られるものだけど、この映画は違った。制作側が何かを暗示している訳でも、特定のメッセージを発している訳でもない。実際に起こっていたことをありのまま表現しているに過ぎない。それでも、その実際に起こっていたありのままの事実自体に、強烈な暗示や関連性が込められていた。

僕たちが一般的に知っている事実は、9・11の同時多発テロ事件が起こり、アフガニスタンやイラクなどでの対テロ戦争を通して、10年近く経った2011年5月2日に、同時多発テロの首謀者と言われたウサマ・ビンラディンが殺害されたこと。誰が、いつ、どこで、どのように?というのはあまり知られていない。

僕も良く知らなかった。断片的な情報から、アメリカほどの諜報力や軍事力があるのに10年近くも探し出せないのは、ビンラディンと実は裏でつながっていて、殺害するのを躊躇っているのではないか?という陰謀論を半分本気で信じていた。しかし、実際は、テロリストたちの忠誠心と組織力が想像以上に強く、アメリカのCIAも当初はいいようにもてあそばれていた。

そんな中、ビンラディンの居場所を突き止め、殺害まで導いた立役者がいた。その人は、何と、高卒で何の実績もなくCIAに入り、一つ目のヤマとしてこの難題に取り組んだ、この映画の主人公のマヤという女性だった。

普通のアメリカ映画であれば、(アメリカの正義的に)これだけの功績を残した人物を「正義のヒーロー」として描くだろう。しかし、この映画に出てくるマヤは、人間味の感じられないどこまでも冷徹で無機質な人物。仲間を自爆テロで亡くし復讐に燃えている一面もあったが、普通では到底理解出来ないほどに、「ビンラディン殺害」に執着と意地を見せる。一歩間違えれば、世界を敵にまわしてしまいかねないほどに…

そして、彼女の目的である「ビンラディン殺害」が達成された時に何が起こったか?高卒でありながら、これだけの功績を残したことで、パキスタンからの移動にはマヤだけのために専用ジェット機が用意された。しかし、その機内で初めて、気づいたのだと思う。彼女は、その先のストーリーを全く考えていなかったということを。

「ビンラディン殺害」が完全に目的になってしまっていた。マヤはその目的を達成するためのロボットだった。その目的を達成することによる影響や、その後の世界の可能性など、他のことは眼中になかった。「ビンラディン殺害」はあくまで手段の一つに過ぎず、目的はもっと先にあるべきだったにも関わらず。

この映画を観て、どちらか一方だけに同情や肩入れをすることはとても出来ないと思った。アメリカは、テロリストたちを一方的に「悪」に仕立て上げ、自分たちを「正義」として際立たせようとしているけど、ありのままの事実からは、「悪」対「悪」とも取れる構図が浮かんでくる。憎悪が憎悪を呼び、安全保障が未だに脅かされ続けている今という時代がそれを物語っている。

狙った訳じゃないんですが、数日前に2晩連続でこの映画を観たこともあり、例年とは少し違う感覚で9・11を迎えました。人間が発する情報にはどうしてもバイアスが発生します。そして、その情報に対する個々の解釈の仕方次第で認識が大きく変わり、人生が180度変わることもあります。

人生の軌道を確実なものとするには、ありのままの事実を自らが探求し、常にフェアな解釈をしていける忍耐力が要求されるのだと感じました。それは、この映画の題材に限らず、僕らを取り巻くあらゆる場面で要求される能力のはずです。そのことを心に刻んで、また明日から頑張っていこうと思います。

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