集団的自衛権②:「自分たちが引き起こした結果」という自覚と責任感

今回の集団的自衛権の憲法解釈変更の閣議決定。
自民党がこれだけ強引に進められる背景には、2度の選挙で圧勝したという実績がある。

彼らが正しいかどうかとかその権利があるかどうかの前に、「安部政権がこういうことをやる」ということは誰にも分かっていたはず。
「自分は投票してない」とは言っても、選挙結果から「国民が彼らを選んだ」という事実から逃避することは誰にもできないはず。
本当に憲法もその解釈も現状維持したければ、それは選挙前に行動し示さなければならなかった。

何も、反対や抗議活動をするなとは言っていない。
僕も自分なりに反対や抗議活動はしている。
ただ、今、お祭りのように盛り上がっている抗議運動には大事なことがすっぽりと抜け落ちていると感じている。
それが、この「自分たちが引き起こした結果」という自覚と責任感なんだと思う。

今回の件、反対や抗議をすることが正義のような固定観念が見え隠れするけど、この自覚と責任感なき反対や抗議はとても正義とは呼べない。
正義か悪か云々よりも、無責任で自覚なき反対や抗議は平和に直結しない。
結局、ほとんど何も残らない。

反対や抗議など働きかける先が政府与党にしか向いていないということも、結局はスケープゴートでしかない可能性がある。
今の状況が何によって引き起こされているかを考えれば、働きかける先が自ずと自分たち(国民)になっていくはず。
本当に状況を変えたいなら、僕たち国民がお互いに切磋琢磨して賢くなることが大前提。
次の選挙で「自民党に投票しない」という消極的選択じゃ不十分で、「積極的に選択できる投票先」を急いで育て作っていかなければならない。

いずれにしても、僕たちがスケープゴートを作って責任逃れをしているうちは、結局、次の選挙でも自民党が大勝してしまうだろう。
安全地帯から一方的にネガティブキャンペーンをするより、自分が批判される立場にるとしても、ポジティブに支持出来る政治勢力を自分たちで作っていくしかない。

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