夜回り先生が…

夜回り先生こと水谷修さんに感銘を受けています。

元々、彼の活動内容自体が素晴らしいんですが、日本に帰ってきて、彼が公明党の選挙ポスターに載っていたことに驚きました。
同級生で、一緒に夜回りをして具体的に政策に反映するように働きかけを続ける浜田参議院議員候補の応援をしているようです。
おまけに、いろいろ調べてみると、彼は創価学会の取り組みを絶賛しているようですね。

ここのブログで、創価学会に否定的な人が、学会を批判しつつも、水谷さんに関する学会発行の雑誌や新聞の内容を載せてくれています。
http://aikokusens.exblog.jp/12630277/

何だか、自分の応援する政党や所属する組織を認めているから、水谷さんを絶賛しているように思えるかもしれないですが、それだけではないんです。
水谷さんくらい、水面下で地道に活動し、日本の青少年の裏の現状を見聞きし、体感している人間であれば、宗教や創価学会のような組織の価値を見いだすのはごく自然なことだと思ってました。
むしろ、それでいて、宗教や創価学会を嫌い、眼中に無いようにふるまうなら、あれだけ素晴らしい彼の活動も、独りよがりの限界のあるものだと思ってたんです。

水谷さんのことは、あるマイミクだった人から詳しく知りました。
その人と話すようになったきっかけは、足跡をよくつけてくれていて、日記を見るようになって、その人が宗教自体を全面否定するようなことを書いていて興味を持ったのです。

彼の言っていることは、何かを超越したようなどこかすごそうな内容で、コメントでその内容を絶賛している人も多かったです。
でも、その人の具体的な行動や体験が日記の中になくて、単なる机上の空論にしか僕には映らなかったんです。
それを知りたくて、いろいろコメントで質問をしたんですが、質問の内容は全部日記に書いてあるから全部読むように言われ、全部読むのは難しいから参考になる日記をいくつか紹介してもらうようにお願いしたんですが、拒否されました。
そうこうしているうちに、あまり思わしくないコメント内容を連発されたからか、アクセスをブロックされてしまいました。

僕としては、何故、彼がそこまで宗教を持つ人を問題視するのかを具体的に知りたかったんです。
創価学会で活動し、宗教を持つ人間として、僕は、どこか陥ってしまった人間として表現されました。
でも、僕は、今の日本には、宗教を基調とした団結したコミュニティが必要だと固く信じています。

そんな背景があって、彼は、水谷さんの生きざまを見ろという目的で、その動画を見せてくれたんだと思います。
たぶん、その人は、宗教なんかに頼らず、水谷さんのように真剣に命をかけて生きてみろ、と言いたかったんだと思います。
でも、ふたを開けてみたら、水谷さんのメッセージの中には、形式だけではない本物の宗教の必要性と、創価学会のようなコミュニティの再生も含まれていたんです。

自分の立場や名誉、名声などをかなぐり捨てて、良いものは良いと言い、支持する水谷さんを見て、この人は本物だと思いました。
僕自身も、自分が創価学会員だと言って、社会的に損することばかりなんです。
これでもかってくらい、差別的な言動や扱いを受けました。
それでも良いものは良いと言い続けなければならないと思っています。

僕も、元々、宗教や創価学会の外にいた人間で、水谷さんとほとんど同じ意見です。
5年前に、初めて創価学会の座談会に参加した時の衝撃を、今でも覚えています。
アメリカで、コミュニティ・ディベロップメントを学びながら、改めて創価学会のようなコミュニティの必要性を痛感しました。

水谷さんのように、薬物やリストカット、売春に走り、死に向かう青少年に関心を持ち、活動する人は多くないと思います。
そういう青少年たちを除外して「自分たち」という枠だけ考えれば、確かに宗教や創価学会は必要ないように思えてしまうかもしれません。
でも、そういう青少年たちも除外せずに考えれば、とてつもなく溶け込むのにハードルの高い現代社会を生きるのに、創価学会のようなコミュニティが生命線になる人は沢山いるはずです。

恐らく、水谷さんも、自分たちだけの治療的な活動に限界を感じていて、予防的に問題解決を図る創価学会の取り組みに希望を見いだしているのではないかと直感しています。

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