衆院選2012(8)【エネルギー】原発を巡る議論の打開策は「人力エネルギー」にあり!?

昨日一昨日と、脱原発派と原発推進派の双方の重大な課題を紹介してきました。

脱原発派には原発にも化石燃料にも依存しない暮らしの具体的な提示と覚悟
原発維持・推進派には、主に放射性廃棄物の長期間に渡る処理の安全対策とコストとどう向き合うか

それぞれ問いかけました。

恐らく、脱原発派が再生可能エネルギーなどの技術革新を叫んでも不十分だし、原発維持・推進派が放射性廃棄物の処理の問題を先送りしても話にならないはずです。茂木健一郎さん風にいうと、どちら側も、「アンチ」ではなく「オルターナティブ」を示さないと平行線を辿るだけだと思います。つまり、代替え案を示すこと。

こういう対立する者同士で議論が平行線を辿っているような時でも、実は、一切妥協せずに、お互いが納得出来るような全く別の可能性が示される時があります。時に、それは、双方が元々思い描いていたイメージを凌駕してしまうことも。それは、双方が、アンチではなく、オルターナティブの姿勢になった時に生まれるものだと思います。

個人的には、今回の場合、鍵は「人力エネルギー」にあると思ってます。「人力エネルギー」とは、文字通り、僕たち人間から生み出されるエネルギーのことです。

分かりやすい例は、自転車をこぐことによって移動すること。これなら、原発にも化石燃料も使わずに移動が可能です。今では、スポーツジムのトレーニングマシーンを使うことにより発電して室内の電気を賄うなんてことも出来るそうなんで、これも人力エネルギーの例です。

ただ、人力エネルギーの可能性とはこんなもんではありません。それは想像力の分野。個々の人間の想像力を拓くだけで、世界は一変すると思います。例えば、価値の結晶であるアート。人間の想像力は、一枚の紙切れを何億円もの価値に変えてしまえる。人間を奴隷やパーツとして扱うようなことはせず、想像力を開花させるような方向にシフトするだけで、物理的なエネルギーの需要を抑えることは可能だと思います。

僕たち人間が最も可能性を発揮出来るのは、何らかのサバイバルをしているときだと思います。資源やエネルギーが限られてる時こそ、僕たちは想像力を働かせて工夫しますよね。飢え死にしそうになったら必死にどうにかなるように行動するでしょう。

電気があればあるで、何でも電気を使って楽できるようなものを作りますよね。もはや、電気を使わずにもっとすごいものを作ろうなんて遠回りなことは考えなくなってしまう。実は、この状態は、せっかくの人間の能力が活かされていない残念な状態なんです。

僕たち人間の想像力には底がありません。あるならあるでそれに甘んじてしまうけれど、無いなら無いでそれをカバーしてしまう能力を、元々、誰もが秘めています。もしかしたら、原発により電気の供給が安定している時より、脱原発をして電気がない状態の方が、経済が安定するかもしれません。個人的には、そうなるだろうと予想しています。

まとめとして、再生可能エネルギーなどの技術革新でカバー出来ない分は、とにかく「人力エネルギー」を駆使する!ということです。「人力エネルギー」こそ、可能性に底が無く、変換効率100%で使える最高のエネルギーだと思うんですが、みなさんどう思われますか?

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