衆院選2012(35)政治家も国民も「リセット癖」から抜け出せてない

前回記事にした不正選挙疑惑がまだまだ旺盛に出回っているようですが(不正疑惑まとめサイト)、まだ不正があったという確実な証拠がないようなので、現在の選挙結果を前提に書きます。

個人的に、日本の政治をバージョンアップするために必要なのは、政治家も国民も「リセットしたがる癖」を克服することだと思います。つまり、リセットして一からやりなおす前に、既存のものを再活性化させる努力をするということ。

政治家の「リセット癖」について

政治家でリセット癖の代表的存在と言えば小沢一郎。もちろん彼には政治家として優れた面はあるとは思うけど、党内グループを作って、政党を壊したり一新したりする「リセット癖」は、政治家としての姿勢として致命的なマイナスポイントだと思います。

例えば、今年、民主党内の小沢一郎の勢力がごっそり離党して新党を立ち上げました。政権交代時に民主党が掲げたマニフェストに反することをしだした野田政権に対して反旗を翻した形で、一見すると正義を貫いているように見えますが、必ずしもそうではないと思います。

なぜかというと、野田政権が暴走し始めた原因は、厳然と小沢一郎にもあるからです。党内グループを作って党内に溝を作ったこと、その溝が党内の対立構造を決定的にしてしまったこと、党を結束させるための合意形成の努力も我慢も不十分だったこと、などが挙げられます。

腐ってきているとはいえ、自分の所属政党(しかも仲間のはずの組織)への働きかけより、さっさとそこから離れてイメージを一新させて一から始めようとする姿勢は、少なくとも僕には共感出来ません。小沢一郎だけでなく、簡単に離党して他へ移る政治家すべてに対して言えることです。

僕たち国民の「リセット癖」について

そして、この「リセット癖」は、僕たち国民にも言えると思います。

2009年の民主党への政権交代の時に、僕たち国民は、選挙によって自民党政権に対する大規模なリセットを行いました。個人的には、このリセットは、「国民自らが積み上げてきた結果に対する自らの否定」だったのだと思っています。

というのは、日本のような民主主義国家において、政治の結果はすべて僕たち国民の責任に帰結します。なので、国民の大半が政治に無力感を感じて何も働きかけなければ、場合によっては独裁国家よりひどい結果が待ち受けています。今の日本も、実はそれに近い状態かもしれません。

このことをしっかり捉えた上で、政権交代前の反省と教訓を活かす姿勢が国民にあったならば、僕たち国民は、民主党に期待したり文句を言うだけでなく、積極的で建設的な政治参加をして、民主党政権を軌道に乗せていたはず。

なのに、今回の選挙で、僕たち国民は、自分たちが(消極的にだけど具体的に)積み上げてきた結果を再否定し、またリセットを行いました。恐らく、民主党政権の失敗の一端が自分たちにもあり、その教訓を活かす姿勢と行動がなければ、自民党政権でもまた同じことを繰り返すことになるでしょう。

「イメージ一新」に頼るしかない弱さ

このようなリセット癖は、「イメージ一新」に頼る弱さから来ているのだと思います。つまり、当事者性の欠如から。少しでも汚い部分が見えると、またイメージを一新させて位置からやり直したがる。

ガンジーはこう言いました。

「立派な運動はいずれも、無関心・嘲笑・非難・抑圧・尊敬という五つの段階を経るものである」

これが本当だとすると、立派な運動であれば、クリアでキレイなイメージのまま尊敬まで辿り着ける道はないということになります。なので、どんなにリセットしたとしても、結局は理不尽なデマを浴びせられたり、濡れ衣のようなものを着せられたりして、イメージは汚されます。

このことを身を持って学んでいるなら、必ずしもリセットしてイメージを一新させて出直すより、泥沼の渦中にある既存の組織に目を向けるのだと思います。さらに、自分のステータスが汚されても、リスクを覚悟でドロドロの世界にわざわざ足を踏み入れる人がいてもおかしくはありません。

そして、恐らく、この道理が理解できないなら、いつまで経っても本当の尊敬まで行き着くことは出来ません。

イメージ戦略に頼らず、やるべきことを淡々とやり続ける

個人的に、2005年に創価学会に入会して、しかも公明党の支持をしているということで、僕のステータスはそれだけで傷だらけです。社会的に得したことはほとんどないと言えます。それでもやり続けるのは、洗脳されているのか、ただのバカか物好きなのか、それとも他に何か考えがあるのかだと思います。

僕が、洗脳されている訳でもただのバカでも物好きでもない前提で言えば、僕は、たとえイメージが悪かったりしても、既存の組織や運動の本質を見るようにしています。なぜなら、自分で一から始めて大変な苦労をするリスクより、既存のものを活性化するリスクの方が、場合によっては軽いからです。

個人的には、どんなに汚いイメージを植え付けられていて、実際に腐った部分があったとしても、他のどの組織や運動にもない創価学会や公明党の将来性を買っています。社会を良くするのに、自分のステータスに有利か不利かとか、そんな小さなことはあまり気にしないだけです。

■まとめ

国民の多くが、自分のステータスを気にして、所属する組織や手伝う運動などを選んでいたら、結局あっち行ったりこっち行ったりするだけで、どれもうまくいかないに決まっています。それが、ここ何十年かの日本の姿ではないでしょうか?

実績も無いのに新しい政党に容易に飛びついたり、イメージがクリアなうちだけ支持して、汚い面が出てきたら、義理も人情もなしにポイっと捨てちゃったり、そういう当事者意識のない無責任な姿勢と行動こそが、政治を停滞させ腐敗させる一番の原因だと思います。

結論的には、(14)腐敗した政治から自分を切り離すということで語ったように、地元のプロのサッカーチームをサポーターとして支えるように、自分の支持対象(議員や政党)を明確にし、苦楽を共にしながらその対象を育てていくほどの当事者意識を持つこと。

そうしてはじめて、政党や議員のレベルが底上げされ、全体的な日本の政治がバージョンアップしていくのではないでしょうか?

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