いつになく論文ちっくな長い文章を書いてしまいました。
でも、この日記が書き残せて本当に良かった・・・
最近、ある日記で、初対面の人から下記のようなコメントを頂きました。
>学会員は犯罪を起こしたり、巻き込まれたりが多すぎると
>思いますよ。本当に組織構造は合理的ですか?
その方はネットで調べただけで、このような疑惑をかけたらしいのですが、この疑惑は的を得ていますか?
学会員が犯罪を起こしたり巻き込まれたりすることがないとは全く言いませんが、そればかりでも全く無いと思います。
悪意のある人がそれなりに集まってすごい勢いでネガティブキャンペーンをすれば、あたかも犯罪者集団みたいなイメージを人々に植えつけることが出来ますよね。
ネットって恐ろしいですね・・・
何かしらかの圧力で、実はそうでもないのに「特定のグループが犯罪集団だ」という偏見を抱かせるのは、差別の典型的な形であって、例えば、アメリカ人が経済的な理由で自分たちの優位性を保ち、黒人やヒスパニックを陥れるために使った手法と似ています。
実は、黒人もヒスパニックも、犯罪者がずば抜けて多いとはいえません。
実際に、メディアの報道の仕方で人々が一度そう信じてしまって、未だにそれが漠然と残って抜けきれていないだけです。
これは、ポートランド州立大学の「Minorities」のクラスで学んだ内容です。
それと同じで、学会員の犯罪率と、それ以外の日本人の犯罪率を比べたら、学会員の犯罪者が特に多いなんて結果は出ないはずですよ。
僕はすごく思うんですが、そういう風に言う人は、自分も何かしらの枠に収まっているということを忘れているように思います。
自分のことを棚にあげて、一歩引いて勝手に特別な視点に立っているというか・・・
創価学会員が日本における少数派だとすれば、そういう風に言う人は例えば、「創価学会員以外」の多数派ですよね。
創価学会の犯罪事件簿を作る人と同じ手法で、その多数派の中での犯罪事件簿を作ったらどうなりますか?
絶対数の多さから、うんざりするほどの数になるでしょう。
あたかも、自分たちがさらに犯罪者集団のように見えたりしないかなぁと思うんです。
結局、双方の犯罪者率で見たら、どっちが高いのでしょうね。
また、「外国から見た日本」だったらどうでしょう?
二つのサイドが一つにまとまって、世界における少数派となるんです。
日本全体で見れば、例えば、過激化する凶悪犯罪、広がる格差、大量の自殺者、混乱する政治・・・
「あなたの国の構造は本当に大丈夫?」と言われてもおかしくないと思います。
外国人にそう言われたらどう答えますか?
みんな、そんな国に住み、間違いなくそこに属しているんですよ。
いくら自分だけを除外しようとしたって、実は無駄な努力なんです。
ちょっと話が反れたかもしれませんが、実はそうでもないのに「特定のグループが犯罪者集団だ」と思わせる強力なキャンペーンをすることは、自分たちの優位性を保ち、少数派のグループを無理やりコントロールするための、どこまでも汚いやり方です。
在日韓国人や朝鮮人、中国人を犯罪者集団だと決め付ける人も多いですね。
確かに、彼らの犯罪率は高いかもしれません。
でも、日本国内における、教育や住宅、仕事やクレジットへの機会の不平等などの要素も、犯罪が多くなる要因に含めるべきなんです。
特定のグループが、犯罪者集団と実質的に言えるのかどうかを何故検証しようとしないのか?
それは、仮にもそのグループが犯罪者集団と言えなかったら困るからではないでしょうか。
確かなことをフェアに算出しない、または公表しなければ、そういう人たちにとってはその事実は無いも等しいんです 。
「無知は、知の怠慢ではなく、知ることを拒絶する膨大なエネルギーの結果」
最近、ある方の日記で知ったフロイトの言葉だそうなんですが、この言葉、すごく良く分かります。
この構造がどれだけ世界に有害なのかも大分想像がついてきました。
創価学会に纏わることなら、いくらでも例が出せますよ。
しかも、創価学会に関係することが、こういった問題に関してかなり先進性があって、実はかなり研究価値があると思うんです。
またちょっと脱線しますが、マハトマ・ガンジーはこう言ったそうです。
「立派な運動はいずれも、無関心・嘲笑・非難・抑圧・尊敬という五つの段階を経るものである」
これが本当であれば、創価学会は今どの位置にいると思いますか?(「元々立派な運動ではないからこのプロセスには当てはまらない」と野次を入れられそうですが・・・)
アメリカは多文化・多民族国家として、その度合いがどの国より進んでいます。
そういった意味で、例えば、日本がこれから体験するであろう多文化・多民族化やグローバリゼーションなどから来る痛みを最大限に回避し、いち早く共生の道を選ぶために、アメリカの人種差別の歴史やトレンドを学ぶことは、すごく必要なことだと思いました。
同じように、創価学会という組織への迫害のプロセスが先を行っているならば、そこから学べるものは沢山あると思うんです。
例を出せば、最近、「大学生をカルト教団から守れ」というようなmixiのニュースに、かなり多くの人が「創価学会がカルトである」という内容のことを書いていました。
彼らは、創価学会をカルト集団だと決め付けています。
言っていることはちんぷんかんぷんに聞こえるんですが、すごい勢いでネガティブキャンペーンを繰り広げます。
そういう人たちは、フランスを中心に、ヨーロッパのいくつかの国が、実際に各国のSGI組織をセクト指定したことがあるということを挙げます。
個人的には、ただ単に、ヨーロッパ人が歴史的にしてきたように、ファーストコンタクトをしてきた異物に警戒を示しているだけのことだと思うんですが、日本人でこの問題を異常なほど深刻なものとして騒ぎ立てている人がいるんです。
ある人の日記で情報提供をしたところ、やはりそれに反応してきた方がいました。
提供した情報はこれです。
フランスのセクト関連――3分以内の「すっきり」目指して♪
http://who-who.freehostia.com/webnavigation/diary2/nik.cgi?log=0903
このサイトでは、セクト問題を扱ってきたフランス政府の資料に、2006年以降、創価学会の名前が載らなくなったということを挙げて、SGIのセクト指定は解除されたとしています。(それ以外にも多数の証拠を挙げていますが)
各年のフランス政府公式のPDF資料があるので、見てみてください。
この情報を見ても、彼は、「二つの資料を見比べただけの個人の意見に何の意味があるのか」とだけで終わらせてしまいました。
彼にとっては、まだフランスで公式にSGIがセクト指定され、危険視されていないと困るんでしょう。
もはや、僕のサイドも彼のサイドも、すごく曖昧な状態になっているのは事実で、どちらのサイドも都合の良いように「信じている」という状態です。
僕は、まだ公式にフランスでSGIがセクト指定されていようが、セクト問題を扱ってきたフランス政府の資料に名前も載らなくなったなら、そんなに大して問題視されていないということなので、どちらでもいいと思っています。
でも、彼は、尚も、かなりの度合いで、SGIがフランスにおいていまだに危険視されていると「信じたい」のでしょう。
だから、状況が不利になろうが、彼は真実を知ろうとしない。
仮にも、セクト指定が解除されていたことが判明したら困るから。
彼にも言われたし、創価学会員というだけで、僕はよく「妄信」という侮辱的なことを言われます。
でも、妄信しているのは果たしてどちらでしょう?
また、そういった性質の人とmixi上で話しても話がかみ合わない訳なんですが、そんな中で彼らの中に共通点を発見しました。
それは、アンチ創価学会色が強い人に限って、僕のプロフィールや日記には足跡をつけないということです。
僕は、相手がどれだけ正確な情報を把握していて、思慮深くい人なのかすごく興味を持つんですが。
日記やプロフィールを見れば、分かるかもしれないですよね?
新しい情報も知れるかもしれない。
彼らが僕という個人に興味を示さないのは何でだと思いますか?
僕の推測では、彼らは仮にも僕が立派な人間であってはならないからです。
多数の情報を握っていて、真実を知っていることが判明してはまずいんです。
あくまで、僕はカルト集団の中のカルト的な人間でなくてはならない。
だから、安全圏をとって、「知らない」という選択をする。
知らなければ、立派ではないのと同じで、どさくさに紛れて、僕もまとめて一くくりに「カルト」という枠に封じ込めることを正当化出来る。(あくまで彼らの中で)
さらに、池田SGI会長は世界の大学から250以上の名誉学術称号を受けていますが、よく、それが金を積んで買われたものだという疑いをかける人を見かけます。
でも、それより先に、池田会長が「それに値する活動をしているかどうか」に目を向ける人は少ないように思います。
僕は、これだけの短期間に爆発的に広がり、各地のメンバーが数々の展示活動や暴力反対キャンペーンなどで実質的な貢献をしているというだけで、その一番の功労者の組織の代表が数々の名誉称号の候補者になるということは、十分にありえることだと思っています。
また、現代は、グローバリゼーション、何でも私的個人利用化、商業化が手に負えないスピードで進む世界です。
そういった中にありながら、創価学会は、座談会や会館という、「私」(正確には「宗教法人」)の努力でありながら「公」の役割を果たしている場所を、各地のメンバーのボランティアとメンバーから集めた莫大な寄付の力で、世界各地、数え切れないほど沢山の人向けに提供しています。
これは、実は、僕が今、Community and the Built Environmentクラスで学んでいる内容の中でも素晴らしくお手本的なことです。
このクラスで学べば学ぶほど、どれほどそれがすごいことなのかをさらに深く実感できます。
さらに、活字離れが進む現代にあって活字文化の推進に貢献していること、
人間業ではないスピードで世界の何千もの指導者と文明間の対話を進めていること、
各種教育機関を日本のみならず世界にも設立し、多くの人材を世に送り出していること、
詩人として、詩を通して人々に勇気を送り続けていること、
長年の国連への貢献や会長の著作の質だけでも、名誉学術称号に値するものだと僕は思います。
何より、貧乏人と病人だけの団体だったのが、これだけ世界に好影響を与えられる団体に発展したという事実だけでも、十分説得力があります。
だから、金を積もうが積むまいが、元からその実力が十分にあるんですよ。
むしろ、これ以上のことをしている人を知っていれば是非とも教えてほしいです。
僕は基本的に知らないことだらけなので、本当に知らないだけかもしれません。
むしろ、僕は知りたいです。それを知ることを恐れません。
こういった事実・真実を知ろうとすればすぐに知れるし、フェアな視点で理性的に物事を考えようとするだけでもすぐに分かることだと思います。
創価学会という存在がタブー視されていることと、「謎の集団」というイメージが、「よく知らないけどなんか恐い」という近寄りがたい印象を人々に与えていますよね。
でも、実は、創価学会はとってもオープンな組織なんですよ。
知ろうとすれば、すぐに知ることが出来ます。
名誉称号に疑惑をかけるだけの人が、池田会長の実質的な実力に目を向けようとしないのはどうしてか?
そういう人たちにとっては、池田会長がそれに値する実力を持っていてもらっては絶対に困るからです。
そういう人にとっては、知らなければ、無いのと同じなんだと思います。
だから、極端に目を背けて知ることを拒絶し、おかまいなく疑惑だけをかけ続けられる。
現代にかけてまで、特にヨーロッパ人を発端とした人たちのこういった有害な思考回路が、差別や格差を作り、それを助長して、世界をめちゃくちゃにしてきたのは歴史的な事実だと思います。
今では、現実に、日本国内でも、同じような思考回路で日本が台無しにされていると思えるのは僕だけでしょうか。
僕は何も創価学会に限ったことを言っているわけではないんです。
今は食料や水が問題なく供給できて、見かけだけでも豊かな生活が送れています。
でも、そのバランスが崩れた時に、人々がこの思考の構造を残したままだと、残酷なまでの血なまぐさい生存争いが起こると思いますよ。
地球を持続不可能にする原因は、すべて僕たち人間にあります。
持続可能な社会実現には、環境、経済の両立に加えて、人々の間で「フェアな思考」が共有される必要がある、ということを忘れてはいけないと思います。