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日本の平和憲法が機能する条件

これまで、僕を含めた日本人の多くが平和ボケしているうちに、近隣諸国は着々と軍備を拡張してきました。
これからも、それは変わる気配がありません。

今に始まったことではありませんが、僕達は、既に近隣諸国からの攻撃の射程範囲にいます。

僕たちの国は「民主主義」の国であり、世界から尊敬されるような「平和憲法」を持っています。
だけど、今の日本でいくら平和を叫んだところで、近隣諸国からミサイルで攻撃されれば元も子もないのが現状です。

だから、こんなに難しすぎる状況下では、改憲や核武装の議論が出てきても全く不思議ではないんです。
来月には、ぎりぎりの選択を迫られるような場面が訪れるかもしれません。

単に平和を叫ぶだけでは不十分です。
具体的な裏づけも示せずに、キレイ事を並べてただ平和を訴えても、戦争や核武装肯定派の中傷の的になるだけです。

まずは話を聞いて、相手の主義主張を理解することが大切です。
その上で、建設的な議論をすることです。
感情的になって言い合っても、ただ溝は深まるだけです。

「戦争」自体に、良いも悪いもないと僕は思ってます。

過去の歴史を紐解いてみれば、戦争を起こさなければならなかった場面はいくらでもあったのだと思います。

コスタリカが直面した1948年の内戦もそうです。

当時、腐敗を極めていたカルデロン政権に言論弾圧を受け、メキシコに追放されたフィゲーレスが、社会民主党を組んで政権に挑み、選挙無効などの独裁的な手段に出る政権に対して武装発起しました。
内戦は6ヶ月ほどで終結し、約2000人の犠牲と引き換えに、コスタリカは、民主主義と軍隊を廃止する平和憲法を手に入れました。

僕は、この戦争については、肯定も否定も出来ません。

ただ言えることは、この約2000人の犠牲の責任は、コスタリカがこんなにもぎりぎりの選択を迫られるような状況になるまで放っておいた世界中の人々にあるということです。

幸運にも、僕たちの国には、平和憲法も民主主義も既にあります。
それらを勝ち取る為に内戦を起こさざるを得なかったコスタリカとは大違いです。

でも、今は「平和憲法」も「民主主義」も、ただあるだけです。
あるだけで、ほとんど機能していません。
僕達は、その掛け替えのない機能を尽く無駄にしてしまっているんです。

ノーベル平和賞を受賞したコスタリカのアリアス大統領の積極的な和平交渉は、グァテマラのエスキプラスで中米5カ国の大統領のサミット会議を皮切りに、政治犯の恩赦、グァテマラ、エル・サルバドル、ニカラグアの内戦の和解、外国からの反政府ゲリラへの支援の停止、ニカラグアの民主主義的改革と自由な選挙の準備などについて包括的な合意を得ました。

そのアリアス大統領を支持したのは他でもないコスタリカ国民です。
アリアス大統領が候補者として出馬した1986年の大統領戦では、アメリカからの関与のある軍備増強路線のカルデロン候補が選挙選を有利に進めていたそうですが、結果的に、非武装平和主義の維持をはかるアリアス(国民解放党)が勝利し、コスタリカ国民は非武装平和主義を貫く姿勢を示しました。

こうして民主主義を最大限に機能させ、政治を通して鍛えられた平和主義を世界に示すことこそが、非武装平和憲法を持続可能にするのです。

僕たちの国、日本は、果たして周辺各国に和平の為の十分な働きかけをしているでしょうか?
僕たち国民は、アリアス大統領のような積極的に平和への行動が起こせる政治家を育てる為の十分な働きかけをしているでしょうか?

個人的には、選挙に行かないなんてもっての他だと思います。
また、政治に関する議論を面倒だとか迷惑だとか言うのは、民主主義国家の国民として無責任だと思います。

自分に言い聞かせる意味でも、、民主主義の意味を個人レベルでもう一度問い直してみる必要があると思います。

そりゃぁ、誰だって平和な世の中がいいに決まっています。
戦争や核武装を肯定する人たちでも、実はそう思っているはず。

では、平和とは例えば何ですか?
まずはそこからだと思います。

コスタリカの人々は、50年も前に、このようなスローガンを掲げていました。

「兵士の数だけ教師を」
「トラクターは戦車よりも役に立つ」
「兵舎を博物館に変えよう」
「銃を捨てて本を持とう」
「トラクターはバイオリンへの道を聞く」

最後のスローガンは、「戦車はものを破壊するだけだが、トラクターで耕せば農民もやがてバイオリンを弾けるような豊かな生活をおくることができる」、という意味だそうです。

例えば、ある人にとっては「バイオリンを楽しめる世界」が平和なのです。
多分、平和の形って、人の数だけあるのだと思います。

「平和」という言葉をただ独り歩きさせるよりも、積極的に「平和」の形を示し、行動しましょう。

現状では、日米安保条約は、中身が飛び出さないようにする為の「瓶の蓋」の役割を果たしていると言われています。
つまり、安保体制が解消され、日本が軍事的に自立すると軍事大国化し、周辺の諸国にとっての脅威となる危険がある、そう思われているのです。

悔しいと思いませんか?
言ってしまえば、日本の平和憲法は、「条件付」だと思われているんです!

そう思われるのも、日本の平和主義が十分に鍛えられず、強い説得力をもって社会に浸透していないためなんです。

形だけの平和憲法があるだけでは意味がないのです。
国家によって平和主義が鍛えられてこそ、平和憲法が国際社会でも十分に機能するものになるのです。

この日本の平和憲法を生かすも殺すも、僕たち日本国民次第です。

今こそ、消極的な日本の非武装平和主義を、コスタリカのような積極的なものに転換するために、僕たち国民が行動を起こす時なのではないでしょうか。

究極のクリーンエネルギー?

今日の朝日新聞で、とても興味深い記事が載ってました。
まだまだ研究段階だそうですが、これは日本が世界に誇るエネルギー技術になり得ます!

何しろ、この技術を使えば、曇ってても夜でも確実でコンスタントに太陽光発電出来るみたいです。

仕組みは、
 1.天気に左右されない場所に衛星を配置
 2.直でミラーが太陽光を集める
 3.近赤外線レーザーに変換
 4.地上の水素製造プラントへ放射
 5.光触媒の力で水素ができあがる
というものです。

やがて、水素で走る車が出てきて、バスは燃料電池で走るようになり、ガソリンスタンドは水素ステーションとして生まれ変わります。

この技術で、実験段階まで来ている国は世界のどこにもないそうですよ!

なかなか良いサイトが見つからなかったのですが、下記のサイトが詳しく載っているかもです。

加速する宇宙太陽光利用研究(日系サイエンス)
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/topics/bn0702_1.html

通常、太陽光は雲や大気に吸収され、結局数十%くらいしか地上に降り注いでいないそうです。
ですが、この技術だと、計算上、最大で98%くらい超効率的に太陽光を蓄えられるようになるそうです。

太陽光エネルギーは、とにかく無尽蔵でクリーンです。

もちろん、科学技術の発達は、時としてマイナスの結果を生むことがありますが、この技術が実用化されれば、日本が究極のクリーンエネルギー大国になり、同時にクリーンエネルギー輸出大国になるというのも夢ではないと思います!

IT革新の恩恵をすべての人に!

IT機器を使えないお年寄りが多い。
理由は様々だと思うけど、一番の理由は、「自分には無理だ」と最初から諦めてしまっていることだと思う。

今、世の中はWEB2.0を筆頭に、更なるIT革新が行われているんだと思う。
果たして、今の日本社会で、IT技術だけが一人歩きしていって、みんながハッピーになれるのか?って考えると、僕はとてもそうは思えないところがある。

いくら技術が発達してそのツールの使い勝手が良くなったとしても、使えない人ってのは必ず出てくると思う。
今だって、コンピュータ機器にアレルギー反応を示して触る気にもなれない人が沢山いると思う。(同居しているおばさんがそうなんだけど・・・)

でも、それを使うかどうかは個人の自由だし、使い方が分らなくて使えない人も、その人が悪いという訳じゃないと思う。
そういう人にも強制的に使わせるとしたら、政治的な圧力をかけるか、脳に電子チップでも埋め込んで強制的に使わせるくらいしか思いつかない。

一番問題なのは、IT技術が使えるかどうかが、勝ち組か負け組みかを決める超重要な社会に向かっているということなんだ。
これって、IT革新に人間が支配されているようにも思えないかな?
今でさえ、それが顕著に出ていて、使えない人は、やっぱりなんとなく社会の片隅に追いやられていると思う。

僕は、こんな冷たい社会は絶対に嫌だ。
僕自身は、今はいいかもしれないけど、年を取っていっていろんな高度な技術についていけなくなったときに、ただのお荷物的に社会の片隅に追いやられることにもなり得るから。。。

IT技術は若者達だけのものではない。
WEB2.0は凄まじく有用なツールだとは思うけど、下手するとWEB技術を使える人と使えない人との格差をさらに広げるものだと僕は危惧している。
科学技術の発達が一人歩きしてしまうってことは本当に恐ろしいことだと思うから・・・

科学技術の発達による恩恵は、競争の為だったり自己の利益のみならず、社会の隅々まで効率よくもたらされるべきだと思う。

だから、使えない人に、いかに恩恵をもたらすかを考えることが大事なんだ。

この点、今までかなり悩んできてずっと答えが出せずにいたけど、さっきすごいことを思いついた気がする。(具体的ではないですが・・・)

それは、IT革新の恩恵を受けた僕達若者が、IT技術を使えない人(例えばお年寄り)とIT技術を結ぶ翻訳的な機能としてボランティア活動出来るような社会を創ればいいんじゃないか?ってこと!

例えば、お年寄りが困っている多くのことは、もしかしたらWEBを調べるだけで一瞬で解決するかもしれない。
大事なのは、聞き出して対応することに加えて、道端で聞かれたら快く調べて答えてあげるということ。

例えば、同居しているおばさんが、5月に九州の実家に帰ろうとしていて、飛行機のチケットの取り方や問い合わせ先などの件で悩んでいて、この間、WEBで調べてみて欲しいとお願いされた。
その後、WEBですぐに調べてベストな方法を教えてあげた。

こんなシンプルなことでも、僕達が間に入るだけで、IT技術の使えない人に、IT技術の恩恵を与えてあげることが出来るんだ。

環境問題関連で、以前、下記の日記で2つほど大胆な提案をした。

空気が汚れている・・・
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=254038784&owner_id=2247284

その2つ目の提案は、以下のようなものだった。(アップデートしてあります)

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提案2.個人で所有する自動車を減らす

【理由】排ガス規制やリサイクル技術を駆使したところで、車の大量生産を止めない限り、地球温暖化は止まらず、持続可能な社会は実現不可能なので。

【目標】多くの人々が自動車を使わなくても何とか生活できる社会

【提案】
 ・電車、バス、タクシーなどの交通機関を国営化する
 ・日本全国統合されたアイデア満載の行き先検索システムを開発する
 ・交通機関網を全国的に張り巡らせる(地方で需要がない場所は、格安でタクシーを利用出来るようにする)
 ・絶妙なダイヤで24時間運転化する
 ・全体的な消費税を引き上げる。
 ・車の購入・維持には得に高めの税金をかけて、車を持つ場合にはある一定の覚悟をしてもらう
 ・バス、電車は無料、タクシー料金も安く設定する
 ・電車、バス、タクシーなどのあらゆる公共交通機関の乗り物は、日本の技術力を駆使した限りなく環境に優しいエコ仕様のものにする(自動車メーカーには税金より研究費を支給し、量より質の開発を行ってもらう)

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この提案でいろいろシミュレーションしてみて、最もネックになりそうなのが、「目的地までの最短の乗り継ぎ方の調べ方」だと自分なりに思った。

今の公共の交通機関のシステムでは、各機関で独立してしまっていて、あまり知らない場所に行く気になれないと思う。
そういった意味で、自由に動き回れる自動車こそ求められてしまうんだと思う。

だから、これらの交通機関を国営化して、絶妙なダイヤと配置で24時間化して限りなく無料に近づけ、日本全国統合されたアイデア満載の行き先検索システムを開発すれば、シームレスな乗り継ぎで目的地まで到着できるようになって、大分自動車の需要は減ると思う。

そして、この提案を大成功に導く上で問題になってくるのが、コンピュータにアレルギー反応のある人たちに、どうやってその恩恵を分けてあげられるかだと思った。

これは、前半で書いた通り、IT技術の使える人自ら、使えない人の翻訳的存在となり、ITモバイルツールを駆使して検索結果を知らせてあげるしかないのかもしれない。

それだけで、人々の活動範囲は劇的に広がるに違いない。

道を訪ねられたら快く答えてあげられる社会。
他人に道を尋ねても快く答えてもらえると誰もが信じられる社会。

そんな温かい社会を僕は熱望している。

よくよく考えてみると、今のお年寄りの人って、想像を絶する戦後の厳しさを生き抜き、僕達が生きる時代の土台を創ってくれた大恩ある人たちだ。
そんな人たちに対して、恩を仇で返してしまうほど、僕らはちっちゃな存在なのか?
恩を忘れてしまうということは、人間として最低のことだと思う。

だから、僕たち若者から始めないかい?< br />それって、とてつもなくかっこ良い事だと思うんだけど。

環境シンポジウムに行ってきた!

いや?、長い長い一日だった。。。

今日は、マイミクのチャフ氏ともろQ氏と、シンポジウム『日本も〈緑の福祉国家〉にしたい! ―スウェーデンに学びつつ』に参加してきた。
http://blog.goo.ne.jp/greenwelfarestate/e/0f43dcd886a03c43a318ffa4bfcf6ea9

僕を含めたこの出席者3人は、mixiと音楽と同学年でA型ということ以外にも共通点がある。

それは、、、意外にも「武士道」なんだ。

もろQが新渡戸稲造の「武士道」という本を僕に紹介してくれて、その「武士道」について書いた日記にチャフ氏が興味を示してコメントをくれた。

この「武士道」は、この〈緑の福祉国家〉を目指すうえで、一つのキーとなる精神だと僕は思ってる。

今日はもう詳細を書く気力は無いけど、いろんな意味でかなり勉強になった一日だった。

マイミクのKontonさんともやっと会えた。
僕が想い描いていた堅そうな印象と全然違って、海外生活が長かったからか、超フランクで渋くて、かなりエネルギッシュな笑顔の素敵なおじちゃんだった。
あんなパパがいたら毎日が楽しそうだなと思った。笑
いろいろ話したけど、やっぱネットで会話するのと実際に会って話すのと全然違うな?と思った。
何ていうか、ネットを通して話してるだけじゃ全く意識しないけど、会ってみると、やっぱその先にいたのは人間だったんだなぁって感じ。

環境スペシャリストで元スウェーデン大使館環境保護オブザーバーの小澤徳太郎先生と、国立環境研究所理事の西岡秀三先生とも話せた。
やっぱし、とても話が面白い!
懇親会って出てみるもんだなと思った。
だって、自分から働きかければ、こんなにゆっくりとスペシャリストの方々とお話が出来るんだからね!

もともとの呼びかけ人の岡野守也先生とはゆっくり話せなかったけど、彼は、事前にこのシンポジウムに向けての勉強会をしていたって事を知って、かなり僕らに興味を持ってくれたようで、がっちり握手して帰って来た!
岡野先生自身が藤沢市在住らしく、藤沢を拠点としてこの動きが始まりそうなんだ!

チャフ氏のお陰で、スタッフの人をはじめいろんな人に話しかけることも出来たし、そういった意味だと、やっぱし、一人より二人、二人より三人なんだな?と思った。

藤沢を拠点として、勉強会も続けていこうと思いますが、興味のある方はいますか?

とりあえず、環境問題を始め、大変なことになっている日本を立て直すための方法やアイデアを自由自在に出していくというクリエイティブな感じの勉強会にして行こうと思っています。

空気が汚れている・・・


空気が汚れている・・・

たばこを吸わないのに、肺炎になる?

数ヶ月前から、40分くらいかけて、原付で通勤するようになった。

最初のうちは、特に問題なかったけど、半月くらいしてから、体調が悪くなり始めた・・・

常に咳っぽくなって、息をするのがちょっと苦しくなった。

それから、通勤時は、必ずマスクを付けて原付に乗るようになった。

さらに1ヶ月後に、気づいてみると、真っ白だったマスクは大分黒ずんでいた・・・(写真で表現してみたけど分かりにくいかも・・・)

ヘルメットはフルフェイスではないけど、顔の前面まで覆われるタイプなので、直では排気ガスを受けないはず。

なのに、この黒ずみ方は異常だと思った・・・

毎日片道40分もバイクを運転する人なんて稀だろうから、今はまだ大丈夫かもしれない。

でも、状況は刻々と変わっていく。

10年後は、今と同じ生活をしていられる確証はない。

以前、「スウェーデンのすごいところ」という日記に書いたとおり、スウェーデンは既に、「持続可能な社会」を実現している。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=247052347&owner_id=2247284

スウェーデンの大統領は、秘書も雇わず、可能な限り、庶民と同じ生活をしているという。

これは、めちゃくちゃすごいことだと思う。

こうした大統領が率先して模範を示し、クリアな政治と民衆が一丸となって環境への取り組みがされた結果だ。

日本はと言えば、戦後の民衆の血の滲むような努力の結果、世界に類を見ないような高度な技術力を培い、個々の製品の省エネ、温室効果ガス対策、リサイクル対策など、日本社会に多大な貢献をしてきた。

しかし、さらなる経済成長を重視するあまり、「大量生産」「大量消費」「大量廃棄」の流れは止まらず、結局は、世界の貴重な食料、水、さまざまな資源を食いつぶす流れに大いに加担してしまっている。

僕達は、間違いなく「持続不可能な社会」に住んでいる。

環境問題は、「国境のない問題」なんだ。

スウェーデンを初め、北欧諸国がいくら頑張っても、僕らが環境保護への努力を怠れば、彼らの尊い汗と涙の結晶はいくらでも台無しされてしまう。

新聞の記事で、道路を凄まじい数の原付が行き交う東南アジアの国で、排気ガス対策用に、専用のマスクが無くてはならない存在になっているということを知った。

詳細は忘れてしまったけど、その時、あるイメージが僕の脳裏に浮かんだ。

それは、風の谷のナウシカの「腐海」の世界。。。

マスクなしでは息さえ出来ない・・・

ゴーグルなしでは目さえ開けられない・・・

「持続不可能な社会」が意味するものは、たった今も「破滅に向かっている」ということだ。

だから、「腐海」の世界は、地球の未来にとって、架空の世界だとは言い切れないと思う。

「因果」として十分成立し得る話だから。。。

僕達の国は、既に、「持続可能な社会」を実現出来るだけの技術力がある。

あとは、「大量生産」「大量消費」「大量廃棄」の悪循環極まりない流れを断ち切るだけなんだ。

良く考えると、一人一個、一人一台などなど、必要ないモノってたくさんあると思わない?

僕には、無くても全く問題ないようなモノを、みんなが一つずつ持ってしまっているように感じるときがある・・・

もちろん、僕もそれを持っている。

そこで、未来の日本に向けて、2つほど相当に大胆な提案がある。

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提案1.家族で家を一戸所有する流れを大胆に変える

これは個人的な理想で、特にマイホームを夢見る人達から相当な反発が予想されるけど、僕がヒントをもらったのは、バックパッカー御用達のユースホステルやカプセルホテル。
フィットネスジムやゴルフコースの施設なんかもそうかな。

テレビもゲームもPCも冷蔵庫も電子レンジも台所も浴場も、バスケットコートもプールも、その建物自体も、すべてそこで住む人たちで共有する。(何れなると思うけど、PCも、個人のデータや環境をすべてサーバで管理し、どの端末からもログイン出来るようにする。)

一戸建ての建物の「部屋単位」に、家族で住むイメージかな。
もちろん、もっと大規模で機能的な建物になる。

これも個人的な考えに過ぎないけど、過度のプライバシーの保護は、個人的な誰にも言えない秘密を作り、個々の孤立を促進させてしまう側面があると思う。

いつでも好きなときに入れて、好きなときに出ていける。

(クリアな政治を実現させた上で)自分の家を持つ場合には高い税金をかけ、全体的な税金も引き上げて、費用を相当に安く抑えて、誰にでも気軽に、また、アイデアを駆使して平等に住めるように工夫する。

もちろん、モノを購入する自由は残すんだけど、値段を高くして、出来るだけ「必要なモノを必要なだけ」購入する形を実現する。

でも、本当に持続可能な社会を実現したいなら、モノを各個人それぞれで所有するという考え方を根底から変えていく必要があると思う。

この構想が進めば、勝手に家やマンションが増えていく流れが止まり、やがて、あるべき姿(個人的な理想に過ぎないけど・・・)に戻っていく。(という風に、甘く予想してしまっている・・・汗)

そして、空いた土地に緑を増やし、持続可能な余裕のある町並みを実現する。

「街の中に自然がある」のではなくて、「自然の中に街がある」イメージがいいと思うな。

建物をみんなで共有するなら、小規模なシアター設備とか、フィットネス施設とか、ある程度は贅沢しても良いと思う。

もし、この仕組みが実現出来るなら、将来、うちの所有する土地やマンションを受け継いだとしても、その所有権を国に返してもいいなと思う。

「財産を守る」というより、「みんなで共有する」ということをしていきたいから。

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提案2.車を一人一台所有する流れを大胆に変える

電車、バス、タクシーなどの交通機関を国営化し、全国的に張り巡らせ、絶妙なダイヤと配置で24時間運転化する。

排ガ

乗り換えるべき宇宙船は他にありません!

みなさんは、『不都合な真実』(An Incovenient Truth)という映画をご存知ですか?

僕は、Kontonさんのブログで知ったのですが、この映画は、クリントン時代の副大統領を務めたアル・ゴアが、世界各地で行っている地球温暖化を警告する講演をそのまま映画にしたものなのだそうです。

ゴア元米副大統領については、Larry King Live Specialという英語教材で、彼の環境への取り組みなどを読んだり聞いたりしていたので、ちょこっとだけ知っていました。

2000年の大統領選で、環境問題を訴えるゴアは、経済最優先のブッシュに僅かの差で破れました。
ほとんど興味が無かった(無関心だった)ので当時の状況は良く知らないのですが、景気が落ち込む米国において、この結果は、米国民が選んだ目先の決断だったのかもしれませんね・・・
確かに、あの時、ゴアが勝っていたら、2006年は全く違った世界になっていたかもしれません・・・

ゴア元米副大統領が、環境問題を意識し始めたエピソードについて、地球交響曲 <ガイアシンフォニー> 公式ブログに載っていましたので、抜粋して紹介します。
(ゴア元米副大統領は、)政治家として長年、環境問題に取り組んでいましたが、その運動を決定的なものにしたのは実はとても個人的なことでした。
当時6歳の息子が交通事故に遭い、1ヶ月間、生死の境をさまよった末、奇跡的に命を取りとめるのですが、この時、果たして将来の息子が生きる場所は安全なのか、その安全とは何かを突き詰め、危機を強めたのです。
また、この映画のタイトル「不都合な真実」の意味についても分かり易く紹介されていました。
傷跡が多く残る巨大ハリケーン「カトリーナ」から一年、異常気象の要因は地球温暖化であるという事実を受け入れることを米国政府は避けています。CO2排出に規制を掛ければ経済が滞り、地球が危機であるという「真実」を国民に知らせることは、国を掌る者にとって不都合なのだと映画は告発します。
地球交響曲 <ガイアシンフォニー> 公式ブログ
http://jtatsumura.exblog.jp/4539220

この映画は、アメリカやオーストラリアなどでは既に公開中らしいですが、日本での公開は2007年新春になってしまうらしいです。。。

本編が待ち遠しく思った方は、ここ映画の予告編の映像を見てみてください。
http://www.futsugou.jp/

みなさんは、この現実から目を逸らせますか?

下記は、『NNN ドキュメント’06』という番組で放送された『語ってから死ぬことにした』という放送分の概要です。
就職活動中の早大生、縣(アガタ)由佳乃さんがある老人と出会った。おととし12月から活動を始めた「戦場体験放映保存の会」。その代表世話人を務める井ノ口金一郎さん(85)だ。親殺し、子供への虐待、美化される戦争…。井ノ口さんは今の時代に疑問を感じていた。元日本兵を訪ね、自分たちの戦争体験を伝えようと考えた。それは、死を目前にした彼らの遺言。縣さんも証言を収録する旅に加わる。そんな体験が縣さんに変化を起こす。愛国心、生きること、社会に出るということ…。やがて、世の中を見る姿勢が変わっていった。
ナレーター:山本耕史
NNN ドキュメント’06
http://www.ntv.co.jp/document/
縣さんは、祖母から、「戦場体験放映保存の会」の活動より「就職活動」を優先した方が良い、といわれました。

でも、この地道で目立たない活動を、彼女は「好き」なのだと言いました。

だけど、違う意味で現実は厳しかったのです。。。

「ちょっとお願いすれば、周りが興味を持ってついてきてくれると思ってた。。。」

彼女は、涙ながらにそんな風に語ったのを覚えています。

それほど、日本人の無関心さの根は深いと思う・・・

ロシアの優れた児童文学者A・リハーノフ氏は、無関心が青少年の魂に及ぼす罪の深さについて、こう警鐘を鳴らしたそうです。
敵を恐れるな、最悪の場合でも敵は汝を殺すぐらいだろう。

友人を恐れるな、最悪の場合でも、友人は汝を裏切るぐらいだろう。

無関心なやからを恐れよ、やつらは、汝を殺しもしないし、裏切りもしないが、やつらの沈黙の合意のせいで、地球上には裏切りと、殺人が存在するのだ。

先日、僕は、奇跡体験アンビリバボーの過去の放送分を紹介しながら『心の闇』という日記を書きました。

心の闇
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=219773280&owner_id=2247284

何かしらがトリガーになれな、吐き気を催すような人間の醜い「心の闇」がいくらでも増幅し得る現実があるということ知り、書きたくなんてなかったけど、みんなに伝えなければ、という想いで日記に綴りました。。。

個人的に、僕達の生活している社会は、物凄く不安定で、何が起きてもおかしくないくらい紙一重の危うさがあると感じています・・・

一体、この現状を作り出している根源は何なのだろうか?

それは、人々の「無関心」なのだと思います・・・

「無関心」は、どんなに「悲惨」な現実も、結局は「肯定」してしまうことになるから・・・

人は、残念ながら、自分の生命を脅かすほどの危機に遭遇して始めて、その危機を正しく認識するものだと思います・・・

同時に、自分の生命を脅かすほどの危機に気付いた時に、多くの人は、直ぐに行動に移せず、路頭に迷ってしまうものだとも思います・・・

僕がその良い例なんです。

知らないところで、平然と食糧危機が起こっていて、
観測史上を大きく上回るような自然災害が世界中で頻発していて、
どこかで死体がゴロゴロしている、毎日が死と隣り合わせの現実があって、
どこにでも、差別、排除、無関心、嘲笑、偏見、弾圧、迫害、誹謗中傷、人間軽視、生命軽視の風潮が吹き荒れていて、
仲間外れにされて、物理的にも精神的にも居場所を失ってしまっている人が沢山いて、

・・・・・・・・

20代も後半になって、やっとそういうことに気付けた。

今、まさに、アフリカ・スーダンの西部ダフール地方で起こっていること・・・

「後、10日で、世界が終わります。」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=229511068&owner
_id=2247284

こんなに悲しすぎる現実が、厳然と、僕たちの住んでいるこの地球上で起こってしまっているということを知ってしまった・・・

そして、知っていながら、その現実から目を背けることが出来なくなってしまった・・・

だけど、知識もないし、何から始めれば良いかも分からないし、人に語っていく勇気も無いし、人を動かせる力もないし、僕が声を上げたとしても誰もついてきてくれない・・・

そんな人間が、世界にとって重要な行動に打って出られるまでには、どんなに頑張っても、最低10年はかかってしまうと思う・・・

だからこそ、今直ぐに始める必要があると思うんです!

今、多くの人が、政治で言えば、政治の中身を議論するより、政治家の面白発言とか面白映像など、話を繋げるだけの「ネタ」の話をしています。

当たり障りない話をする人が増えれば増えるほど、そちらに逃げていく人も確実に増えていきます。

みんながみんな、「まだ大丈夫だ」なんて振りをしてたら、誰もがそれを正当化してしまい、疑わなくなってしまうでしょう・・・

また、何とも悲しいことに、世界中の沢山の善意が、尽く偽善の疑いをかけられたり、誰かの自分勝手なプライドのせいで台無しにされていることも痛いほど感じています・・・

ドイツの哲学者ショーペンハウアーはこう喝破したそうです。

「すべて偉大で美しいものは、それ自身のために存在するはずのものだが、いろいろな欲望の為に食いものにされるのだ。

その欲望は四方八方から寄ってきて、偉大なものに寄りかかり、それに足場を得ようとする。

けっきょくそれを覆いかくし台なしにするのだ。」

良く考えてみてください!

僕達には、足を引っ張り合っている余裕なんてどこにも無いんです!

今すぐに生活を変えろなんて言っている訳ではなくて、意識を変えて、一人一人が僕たちみんなの未来に責任を持ち、少しずつでも行動に移していかないと、気付いた時には地球が手遅れの状態になっているかもしれないんです・・・

僕は、今は何も大きなことは言えないけど、既に、自分なりに道筋を立てて地道に始めています。

もしかしたら、今日が、地球を救う為に、第一歩を踏み出さなければならない最後の日になるかもしれないのですから・・・

「私たち全員が1台きりの宇宙船地球号に乗り合わせているのです。乗り換えるべき宇宙船は他にありません!」

僕は、このKontonさんの言葉と全く同じことを訴えたいのです!

僕は、地球と、その豊かで希望に満ち溢れた惑星に住む未来の僕たちの為なら、今、バカにされたって、避けられたって、変なヤツ呼ばわりされたって、嘲笑されたって、非難されたって、罵声を浴びせられたって構いません。

そんなのは、この地球の危機に比べたら、ほんのちっぽけなことに思えるからです。

こんなものは不自由さのうちに入りません。

自由とは、誰も想像できない程に厳しいものなのです!

生まれつきある自由、誰かに用意してもらった自由は、もしかしたら幻に過ぎないかもしれません。。。

自由とは、勝ち取るものです。

自由を勝ち取るための不自由さは、心から自由を手にしたいと切望している人たちにとっては、不自由さのうちに入らないのです!

そんなのは、暗くもなく、悲しくもなく、冷たくもなく、痒くもなく、痛くもなく、窮屈でもなく、怖くもないのだと思います。

「立派な運動はいずれも、無関心・嘲笑・非難・抑圧・尊敬という五つの段階を経るものである」

この言葉を残したマハトマ・ガンジーをはじめ、キング牧師、マンデラ元南アフリカ共和国首相、ローザ・パークス、マヤ・アンジェロウ他、多くの偉人達が、理不尽過ぎる抑圧、迫害を受けながらも辛抱強く時を待ち、忍耐と誠実さで自由を勝ち取りました。

僕たちは今、かつて人類が経験したことのない程の危機に遭遇しているのだと思います。

みんなで共有している一台限りのこの「宇宙船地球号」は、放っておけば、やがて沈没してしまいます。

そうさせない為にも、

意識ある人は声を上げ、
一人でも多くの人々の意識を変え、
互いに繋がり、結束し、協力し合い、
最大の元凶「無関心」を打破し、
心を一つにして、
「世界平和」と
「人々の幸福」と
「緑の自然」の連帯を、

世界中に広げていかないといけない!

正直、僕の生きているうちには到底出来ないことでしょう・・・

でも、未来の僕たちが切望しているような確固とした強靭な精神は、必ず後世に受け継がれていく。

ガンジーもキングも、それを見事に証明してくれた!

だから、僕は絶対に諦めない!!!

どんなに長い道のりだろうと、歩みを止めない!!!

同じ時代に生まれたみんなと、これから先を生きる人たちに、道を切り開いていくんだ!!!

Google Calendar

『無料スケジューラ「Google Calendar」β版リリース』
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0604/13/news052.html

これは使える!!
何が使えるって、ブラウザ上なのに、ストレスなく予定がさくさく打ち込める!!

従来のブラウザのカレンダーは、予定を打ち込むのに、それ用のページを新たに開く必要があって、そのちょっとした時間でイライラしちゃって結局使わなくなってしまった。

だけど、これは、予定を打ち込むのに、多分、ローカルでポップアップを立ち上げる形だから、ローカルの予定管理ツールのようにさくさく予定が打ち込めるのさ!

それに、ちっちゃな気遣いが随所にちりばめられていて、これを作った人のセンスが窺える!

まだベータ版だけど、もっといろんな機能が充実してきたら、これ無しでは生きられなくなるかも!

ちなみに、これはGmailと連動して、メールの内容の一部をそのままカレンダーに埋め込む事も出来るみたいです。

Gmailは、mixiのように、招待されないと使えないので、もし、使いたい方は、言ってくれれば僕が招待しますよ!

ちなみに、Gmailもめっちゃくちゃ使えます。
Hotmailがひどく使えないと感じるほど・・・

<追記(4/15 11:05)>

もし、Gmailの招待希望の方は、以下のアドレスに直接その旨ご一報下さい。

clikanist@gmail.com