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Africa Mission 2008無料特別ご招待枠

今日からアフリカ開発会議(TICAD)が始まりましたね。
横浜で開催されるということで、何か参加したいなと思ってたんですが、最終日の30日に、チャリティイベントへの無料特別ご招待枠があるということをマイミクのルイさんの日記で知り、早速申し込みをしました。

まだ席は空いているようなので、興味のある方、横浜の近くの方、この機会に是非ご参加下さい。
また、関西の方で興味のある方は、マイミクの映太くんが貸切バスも用意しているそうなので、直接問い合わせしてみて下さい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=820549533&owner_id=2107644

下記はルイさんの日記の抜粋です

==================================
アフリカ緊急支援チャリティーライブ
【Africa Mission 2008】無料特別ご招待!!!!

▼無料招待申込ページはこちら↓↓↓
http://sns.wajju.jp/am2008tk/

5月27?30日に横浜で行われるアフリカ開発会議開催に合わせ
チャリティーイベントを開催!
幅広い方に、世界の現実を知っていただくために無料特別招待枠をご用意!

【詳細】
▼日時2008年5月30日(金)
 開場/18:00 開演/19:00

▼会場パシフィコ横浜 国立大ホール(http://www.pacifico.co.jp/
〒220-0012 横浜市西区みなとみらい1-1-1

------アフリカが危機的状況に陥っている!-----
先日FAOより、ソマリアで260万人以上が早急な食糧援助が必要な
「危機的状況」にあるとの報告書を発表し
このまま続けば年末までに計350万人が危機に直面するとも予測!

ソマリアだけではなく、アフリカ各国が今、悲鳴をあげている。

そんな背景もあり、5月27?30日に横浜で開催される
第4回アフリカ開発会議(TICAD)は
なんとアフリカの40カ国以上の大統領や
関係者が約3,000名も集まるという過去最大規模の国際会議となる。

しかし、知名度が低い! そこで!
 「Africa Mission 2008」が立ち上がった!

アフリカのきょうだいたちが日本に助けを求めている「今」

もっとアフリカの現状を伝えよう!

市民の力や国境無き「音楽」の力をフルに使っていこう!
というプロジェクトが動き出す

------第二の“We Are The World”のムーブメント あなたも参加者です!!

-----– ★日本から第二の「we are the world」を発信していこうと
X JAPANのTOSHIをはじめ、続々とアーティストも賛同し
なんとアップル社iTune storeも協賛決定!

このスタートとなるチャリティーライブを開発会議の最終日に
会場であるパシフィコ横浜で緊急開催決定!!

ぜひことを沢山の人に伝えて欲しい!

共に、アフリカのきょうだいに愛のメッセージを届けて欲しい!

一人でも多くの人に参加して欲しいという想いから
セイブチルドレンコミュニティーに入ってる皆さんには
通常5000円から1万円で販売しているチケットの中から
「特別無料ご招待枠」を400席ご用意しましたので
ぜひ、ご参加してください!

共感できる各コミュニティーの人や
友人・知人とのご参加も大歓迎です!

共にアフリカの大地に愛と奇跡の風を起こしましょう!!

▼無料招待申込ページはこちら↓↓↓http://sns.wajju.jp/am2008tk/

■イベントの詳細はこちら↓↓
▼PCサイトhttp://www.wajju.jp/africamission2008/
▼携帯サイトhttp://wajju.jp/am2008

■主催:Africa Mission 2008実行委員会
■共催:United Musicians International(国連ユネスコ音楽評議会機関)
・NPO法人 神戸国際ハーモニーアイズ協会「Wajju」http://wajju/jp

■問合せ:E-mail am2008@wajju.jp

マンデラの名もなき看守

南アフリカ共和国前大統領のネルソン・マンデラ氏が、初めて自身の人生を映画化することを承諾した力作だそうです。

「人間には自分を改革する力がある」というマンデラ氏の信念を、刑務所の看守の変化を通して証明していく物語だそうです。

マンデラの名もなき看守
http://mandela.gyao.jp/

17日から公開されるそうです。
見たい、、、でも、川崎や渋谷まで行くのに交通費が痛い・・・汗

観た方は、是非感想を聞かせて下さい!

あのルワンダの義肢職人の日本人女性の話には続きがありました

今日の朝日新聞の第2神奈川版に、「内戦負傷者 義肢で助けたい」という記事で、ルワンダからの初の女性研修生のウムリサ・ガクバ ディアネさんのことが紹介されていました。

神奈川県の公式ホームページでも、彼女のことが専門研修生として紹介されていました。
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kokusai/2eandc/coop/kenshuin19.html#01

茅ヶ崎市にあるNGO「ムリンディ・ジャパン・ワンラブ・プロジェクト」が運営する義肢製作所で研修を受けているそうです。

ムリンディ・ジャパン・ワンラブ・プロジェクト
http://onelove-project.info/index.html

で、「ルワンダ」と「茅ヶ崎」、「義肢」という情報でピンときました。
以前、奇跡体験アンビリバボーで見て、日記にも書いたあの話の続きだって。

ルワンダに希望を送り届けた日本人女性
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=216595612&owner_id=2247284

先に紹介したNGOも、この話の主人公である吉田真美さんが日本の代表を務めているそうです。

とても感動した話の続きがあったことを知ると、その感動もひとしおですね!

ダルフールのためにできること

8月8日、ダルフールに、いっせいに募金しませんか?

という企画があるようです。

ダルフールのためにできること
http://mixi.jp/view_event.pl?id=21347460&comment_count=190&comm_id=1808806

当日も夕暮れ時になって気づきましたが、僕も微力ながら募金をしました。(MIXIの企画であることを記述し忘れてしまいましたが・・・)

こういった企画は、本来の目的から外れて「記録」に意識が移りがちですが、それでも、世の中にインパクトを与えるという意味ではすごく意味のあることだと思います。

去年の国連のSTAND UP!キャンペーンもそうでしたね。

やったぜ!ギネス世界記録!!!!!!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=247443462&owner_id=2247284

こういった一体感により生み出される価値が、世界を変えていくのだと思います。

まだ時間はあるので、興味があれば、是非、このダルフール募金にご参加下さい。

MOTTAINAI(もったいない)へ ?キャンペーン報道の力




先日、横浜の関内で、毎日新聞創刊135年記念として行われている「MOTTAINAI(もったいない)へ ?キャンペーン報道の力」という展示会に行ってきました。

http://www.tokyoartbeat.com/event/2007/DA62

ノーベル平和賞受賞者のワンガリー・マータイさんと毎日新聞社が推進しているMOTTAINAIキャンペーンをはじめ、ブループラネット賞を受賞した横浜国立大学の宮脇 昭名誉教授の指導の下進められている、135万本の植樹をめざす「My Mai Tree」キャンペーンや、アルピニストの野口健さんが進めている富士山の清掃登山など、地球環境保全につながる環境キャンペーンを展開していました。

フライヤーに書かれていた展示内容は以下の通りです。

 ・地球温暖化の危機、世界・日本からのリポート
 ・赤い温暖化地球儀、夜景の地球儀
 ・環境保全と平和を追求するMOTTAINAIキャンペーンの取り組み
 ・2004年ノーベル平和賞受賞者、ケニアの前環境副大臣、ワンガリーマータイさんとのグリーンベルト運動
 ・マータイさん来日、人々との交流
 ・毎日新聞の力強いさまざまなキャンペーン報道

上記の内容を様々なパネルや映像を通して展示してありましたが、中でも印象的だったのは、夜の地球儀でした。

夜の地球儀<エンディミオン>
http://www.digimoba.com/products/globe/globe2.html

この地球儀は、人口衛星から見える夜の地球の姿を現していて、都市部は明るく郡部は暗くなっています。
なので、経済活動の活発な明るく輝くところは同時に環境汚染がすすんでいると見ていいでしょう。

この地球儀を見た女の子が、母親にこのようなことを言っていました。
「日本はここで、横浜はここだから、夜もいっぱい電気を使っていたんだね。わたしたちだけで電気を独り占めしちゃいけないから、明日から節電しなきゃね。」
この女の子のこの言葉を聞いて、未来を担う子どもたちに、どれだけこういう環境展が必要とされているかを痛切に感じました。
小・中学生は入場料無料ですし、是非、家族で足を運んで欲しいです。

また、マータイさんの歩んできた道についても展示がされていました。
彼女は、ノーベル平和賞の受賞のきっかけにもなった「グリーンベルト運動」を進めている段階で、モイ前大統領の独裁政権下で投獄され、いやがらせや中傷を受けたそうです。
彼女のすごいところは、そんな理不尽な弾圧の中でも、「投獄されても、正しいことをしていると信じ続けてきただけ」とへこたれない精神で今まで涙ぐましい努力を続けてきたところだと思います。
彼女の爽快過ぎる笑顔の裏には、こういった数々の苦難の過去があるのだと思いました。

さらに、「もったいない」という言葉についても、改めて考えてみるきっかけにもなりました。
この言葉は、確かに日本に存在した言葉で、現代の資本主義社会に完全に飲まれてしまったぼくたちが忘れかけている精神なのだと思います。
他にも、大和魂や武士道など、確かに日本に存在した「日本人らしい」精神はあります。
多分、僕達は、忘れてしまっているだけだと思うんです。
忘れてしまっているだけで、心の奥底では、根強く受け継がれているのだと思います。
だから、その気になれば、こういった本来の日本人らしさって、いくらでも引き出すことは可能だと思います。
まずは、「もったいない」から始めませんか?
僕は、この言葉が、世界の標準語になったら、本当に素晴らしいと思います。

最後に、このキャンペーンの一環で販売されているスーパーコンビニバッグを購入しました。
このコンビニバックの優れているところは、 折りたたむとコンパクトになるところはもちろん、カラビナが付いていて、ズボンにつけて持ち運べるということです。
コンビニで商品を受け取る時に、このコンビニバックをさっと広げて商品を入れることが出来ます。

MOTTAINAI(もったいない)グッズ
http://www.ecolifeplaza.com/ecogoods/53/mottainai.htm

くふぅ、、、コンパクトにまとめようとしたんですが、やっぱりだらだら長くなってしまいました・・・
が、興味がある方は是非とも足を運んで見て欲しいです。

ポピープロジェクトが支援した女性たち

今更ながら、以前参加したシンポジウム『?人身売買をなくすために? 被害者保護と自立支援 ・ アジアとヨーロッパからの報告』のこと(下記の日記を参照)を書こうと思います。(結構前に下書きは済んでました)

人身売買の最大の受入国『日本』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=233024722&owner_id=2247284

関連するイギリスのポピープロジェクトという団体が支援した女性たちの話です。

カトリーナの話
 カトリーナはルーマニアの学生でした。彼女は友達の友達であるアレックスと親しくなり、英国にある彼の家で一緒に住むように薦められました。アレックスは航空券を買ってあげると申し出ました。
 英国で暮らし始めてからすぐにカトリーナは一室に監禁され、暴行とレイプを繰り返し受けました。アレックスは彼女を逃がしてやっても良いが、彼が用意した航空券代の借金を返すために売春婦として働けと脅されました。カトリーナは売春婦として働き始め、稼いだお金をすべてアレックスへ渡したのです。
 カトリーナは一度支払いを怠った時、街角でミニバンに引きずりこまれ何度も暴行とレイプを受けました。アレックスが彼女を他人に売ると決めるまで一年以上、カトリーナは売春婦として働く事を強制されたのです。アレックスは彼女を転売して得た金を引き出していた際、警察によって逮捕されました。
 その後、カトリーナはポピープロジェクトに紹介され、身の安全が保障された後、カウンセリングを受け始めました。カウンセラーはカトリーナの精神的回復と法的支援を行い、その過程でカトリーナはボランティアも始めました。
 その当時、ブローカーを追訴する法制度はまだ確立していなかったため、アレックスはすぐに自由の身となり、カトリーナが警察の調査に協力した場合は家族を殺すと脅してきました。カトリーナは故郷の家族が嫌がらせの電話を何度も受けていることを知っており、家族兄弟の無事を案じています。でも、自分が故郷へ戻ることはもうできないと諦めています。

ロアンナの話
 ロアンナはアフリカで生まれました。ロアンナの母親は彼女が幼少の頃に姿を消したことから、年配の女性に預けられ実の娘のように育てられました。ロアンナは学校へは通わず、育ててくれた女性の面倒を見ながら過ごしました。ロアンナが13歳のとき女性は亡くなり、その後の数年間を彼女は様々な友達と共に過ごしました。
 友達はロアンナに暴力をふるい、彼らのために働くよう強制しました。又、彼女は何人もの男性にレイプを受けました。ロアンナは、警察はお金のある人だけに力を貸すということを知っていたので、警察に助けを求めませんでした。
 ある日、スチュアートという英国人が彼女に英国で彼のために家政婦をしないかと持ちかけてきました。ロアンナはスチュアートと共に英国に渡りました。彼は書類の準備などすべてを整え、入国の際には管理官と何かを話し、ロアンナを入国させたのです。ロアンナがスチュアートの家に到着すると彼女はマッサージ師として働くのだと告げられました。ロアンナは驚き、それを断ろうとしたため暴力をふるわれ、命令に従わないと逮捕されるぞと脅されました。ロアンナは家に監禁され、毎日多いときには7人の男性との性交を強制されました。
 6ヶ月後、警察によってその家は取締りを受け、ロアンナは留置所に連れて行かれました。スチュアートは留置所にいるロアンナを訪れ、本当のことを話すと彼女をアフリカへ送り返し、彼の知人の手で殺させると脅しました。ロアンナは友人から、実際にアフリカへ送還された女性がブローカーの手によって殺されたという話を聞いていました。スチュアートが留置所を訪ねてくることは、ロアンナが警察に真実を打ち明けてからはなくなりました。でも、彼女は見知らぬ人からの嫌がらせ電話を多く受けました。留置所から解放された後、ロアンナはポピープロジェクトに紹介されました。彼女はカウンセリングを受け、安全な住居を得て、生活支援を受けています。しかし彼女は未だ一人で外出することができず、ブローカーに見つかるのではないかと恐れ続けています。

※ここで使用されている名前、出身国などは本人の安全のため仮名、仮出身国です。

シンポジウムで頂いた冊子には、「国際的な人の移動から派生する人身売買と」して以下のような要因があると書かれています。

【押し出し要因(Push Factor) :送り出し国内の事情】
 ・就業機会と教育の欠如
 ・貧困
 ・災害、紛争、政治・経済政策の失敗による政情と経済の不安定
 ・民族やジェンダーに対する差別
 ・家族の病気、両親の死亡による家庭崩壊

【引っ張り要因(Pull Factor) :受け入れ国内の事情】
 ・渡航、入国に対する出入国の甘さ
 ・送り出し国と比較して高い収入と昇進が得られる機会や、トレーニングを受ける機会がある
 ・移住労働者の労働力に期待する需要がある
 ・その需要を満たすために、受け入れ国に移住した親戚・友人のネットワークや、就職斡旋業者の活発な勧誘がおこなわれる
 ・メディアのグローバル化や、インターネットの普及で海外の情報が増え、移住労働への過剰な期待と希望がつのる

まさに今起こっていることの因果ですよね・・・

僕たちの国は、この人身売買の最大の受け入れ国として、法的な対策は始まっているようですが、あまりうまく機能しておらず、まだほぼ無法地帯のままのようなんです・・・

この問題についても、現状を正しく知り、うまくみなさんにお伝えていけるように勉強していきたいと思っています。

僕たちに出来ること

昨日の日記に書いたとおり、アフリカのスーダン西部ダルフール地方で、想像も出来ない程の悲惨で理不尽な内戦が続いています。

「後、10日で、世界が終わります。」
mixi.jp/view_diary.pl?id=229511068&owner_id=2247284

この悲惨過ぎる現実を知ったばかりの、あまりにも無力な僕たちが、彼らに対して一体何が出来るのか。

元々、アフリカの先住民族が、こんなにも攻撃的であった訳ではないと思う。

僕は、あの穏やかで人間味溢れる笑顔を見せてくれるアフリカの人々が、武器を持って争い合っているということが、未だに信じられない・・・

その歯車はどこで狂ったのか?

やはり、ヨーロッパの国々の侵略・植民地支配から始まったのだと思う。

例えば、映画「ホテルルワンダ」のページで学んだ、ルワンダ紛争までの背景を書くと、

第一次世界大戦の戦利品として
ルワンダという国を得たベルギーが、
ルワンダの人々を勝手に人種分けして、
それぞれにロールを与えて、
無理矢理そう演じさせた・・・

元々、助け合って仲良くやっていけていた人々も、
やがて、立場が上の人種が立場が下の人種を
迫害し始める・・・

政治は荒れに荒れ、
暴力の連鎖はいっそう激しさを増し、
国連も平和維持軍を2500人から270人に減らしてしまい、
3ヶ月もの間、
阻むものがいない虐殺行為は
ルワンダ全土に恐ろしい勢いで広がっていったそうです・・・

結果的に国民の10人に1人、
およそ80万人が犠牲となったそうです・・・

これは、ちょうど、人間が、「自然」を破壊し、
「動物」の生態系を崩し続けているのと
同じ感覚なのかもしれません・・・

違うのは、対象が、同じ「人間」であるということ・・・

また、アフリカの国々の国境が、定規で引いたのかと思わせるくらい、きっちり直線で区切られている訳を、みなさんはご存知ですか?

それは、

当時、植民地を支配していた国々が、
先住民族のことなどお構いなしで、
自分たちの領土を、
自分たちの思い通りに、
或いは、緯度や経度を用いて
線を引きやすいように
決めていったからなんです・・・

アフリカの国境には、アフリカの人々の血と涙が滲んで見えるのは僕だけでしょうか・・・

今、僕がスーダンのダルフール地方に行っても、
何も出来ずに殺されるだけでしょう。

今、僕が現場から遠く離れたこの安全な場所で
声を上げたとしても、立ち上がってくれるのは
ほんの数人でしょう。

同じ危機感を持った人が数人集まったとしても、
何から始めていいのかさえ分からず、
路頭に迷うことしか出来ないでしょう・・・

でも、その前に、今の僕に、
すぐに行動に移せるような勇気も危機感もないのです・・・

一番信じられないことは、
こんなにもふがいない自分のことを、
悔しいとも悲しいとも思えないこと・・・

こんなんで世界が変わるはずがないんだ。
誰かがやってくれないのが悪いのでは決してない。

「自分から始めない」ということがすべてに影響している。

だからって、すぐに生活を変えるなんて出来るはずがない。

明日の為に寝ることも必要
生きる為に食べることも必要
生活の為に必要最低限のお金を稼ぐことも必要
心を満たすために娯楽も必要
社会をより良くする為に働くことも必要

今までの生活ももちろん大事。

でも、それらに、以下の2つを少しずつでもプラスして行きたいと思う。

「世界平和の為に、自分が意識を変えていくことも必要」
「みんなの意識を変える為に、行動していくことも必要」

すぐに生活が変えられなくても、

「意識を変えること」
「生きる姿勢を変えること」

は出来るはずだ。

だから、

「自分を変革していくこと」
「自分の想いを言葉にすること」

を、恐れないで・・・

僕たちが、ダルフール地方で苦しむ人々に対して出来ること、、、

それは、

少しでも早くこの醜い紛争を終わらせられるように、
また、紛争後のスーダンという一国の再建のために、
さらに、未来のスーダンの子供たちの笑顔のために、

たった今から、行動を起こす為の「準備」を始めること。

現状を大きく変えることは出来ないかもしれないけど、彼らの未来を大きく変えて行くことはきっと出来る!

彼らを見捨てたままにするかどうかは僕たち次第

「悲惨」という2文字の存在を、この世界に許し続けるかどうかも僕たち次第

いつまでも同じ過ちを繰り返し続けるかどうかも僕たち次第

本当に「明日は我が身」になったときに、成す術もなく、時代に翻弄されながら生きるのかどうかも僕たち次第

僕は、みんなと、この現実から目を逸らさずに、真剣に考えて行きたい。

こんな僕の声でも、みんなの心に少しでも届くなら・・・

「後、10日で、世界が終わります。」

数日前に足跡をつけてきてくれたミッシェルさんという方の、既にコメントが200件を超えている日記を読んで下さい。

「後、10日で、世界が終わります。」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=223830336&owner_id=5766188

12年前に起こった、国民の10人に1人、およそ80万人が犠牲になったと言われるルワンダの惨劇、、、その再来と言われる紛争が、スーダンの西部ダルフール地方で、今も現在進行形で行われています。

以前、朝日新聞に、「欧州各国が国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)の拡充に追われ、スーダンまで手が回らない」ということが書いてあったので、現実的に、ほとんど見捨てられている状況なのかもしれません。。。(派遣には年間10億円(1150億円)以上かかると言われているそうです・・・)

たった7000人だけのあまりにも無力な平和維持部隊・・・

国際社会は、そんなスーダンの状況に、新たに2万の国連の平和維持軍を送ることにしたそうですが、スーダン政府はこれを拒否したそうです・・・

しかも、これ以上スーダンを非難するようなら、すでに展開しているアフリカ連合の平和維持部隊7000人も、退去するように勧告してきたそうです・・・

その期限は、今月末日・・・

残念ながら、僕には何も出来ない・・・

悔しいけど、遠くの安全な場所で見守ることしか出来ない・・・

僕達の国が、後10日で終わるとしても、僕には何も出来ない・・・

自分の身を守ることも出来ない・・・

あまりにも自分が無力だということを知ってしまった・・・

何故、こんなにも自分が無力なのか?

それは、

厳しい現実から目を背け、
気付かない振りをし、
関わりたくないことからは
自分の都合の良いように
社会から自分を切り離し、
とにかく無関心に徹して、

人間が
かつて直面したことも無いような危機に向けて、
準備を怠ってきたからだと思う・・・

僕は、みんなより先に始めた気になっていたけど、本当の意味で、今日から始めようと思います。

ハンガーマップ

下記のリンクは、Kontonさんのブログで紹介されていた、WFP(国連世界食糧計画)の「ハンガーマップ」です。

http://www.wfp.or.jp/hungermap/index.html

これを見て、皆さんはどう感じますか?

このマップを見て僕が率直に思ったことは、

緑は、僕が良く知っている国(≒豊かで憧れる国)
赤は、僕が良く知らない国(≒今まで気にも留めなかった国)

ですね・・・

日本にいると、食料危機に瀕している国の情報は、興味を持って取りにいかないと、知ることは出来ないんだなと思いました。

「知れない」「気付けない」ということを、マスコミや国のせいにしてはいけないと思いました。。。

知らなくて手を打とうとしない時点で、僕らは彼らを見捨てていることになりますもんね・・・

いろいろと考えさせられるマップです・・・

ルワンダに希望を送り届けた日本人女性

僕は、普段、テレビはほとんどと言っていいほど見ないのですが、特定の番組だけ毎週予約録画して見ています。

好きな番組はいくつかありますが、奇跡体験アンビリーバボーは特に好んで良く見ます。

毎回、世界で起こっている事を知り、考えるきっかけを得たり、新たな感動を得たりしていますが、8/31に放送された「ルワンダ ひとつの愛」では、特に心打つノンフィクションの物語が繰り広げられていました。

ルワンダ ひとつの愛
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/p343_2.html

その物語のヒロインは、僕の実家の隣の茅ヶ崎市に住んでいる吉田真美さんです。

彼女は、10年前のルワンダの内戦で手足を失った人たちに、生きる希望を届けようと、現地で義肢工房を開き、実際に無償で義肢(義足や義手など)を作る傍ら、その技術を現地のルワンダ人に伝える活動をしています。

彼女は、小さい頃から外国に興味を持っていたそうですが、普通に学校を出て、普通に就職して、普通にOLとして働いていたそうです。

そんな毎日に何か物足りなさを感じていたんでしょうね。

彼女は、会社を1年半ほど休み、滞在費の安いアフリカのケニアに滞在したそうです。

そこで一人のルワンダ人男性ガテラと出会い、お話をするようになったそうです。

ガテラは、幼い頃にマラリアの治療に失敗し、麻痺した関係で、片足が不自由でした。

日本に帰国した後も、ガテラとの文通は続き、ケニアからルワンダに再入国する際に拷問を受け、しかも再入国も果たせず、理不尽極まりない仕打ちを受けたにも関わらず、前向きでいようとするガテラに、自分が抱えている悩みがどんなに小さなものなのかを悟ったそうです。

次第に、ガテラへの想いも募っていき、この気持ちが何なのかを確かめるために、再びケニアの地を訪れ、その年の秋に、今度はガテラが来日したそうです。

その時に、ガテラが転倒し、着用していた義足が壊れるアクシデントが発生しました。

彼女は、ガテラを連れ、日本の義肢職人を訪れ、日本の高度な技術で、ガテラの義足は新調されました。

その時の今までに見たことがないほどのガテラの笑顔が、彼女を義肢職人へと導くきっかけになったそうです。

最初は、「ガテラが困ったときに力になりたい」というガテラ個人が対象だったそうですが、やがて、ルワンダの内戦により、その対象は、ルワンダという国の規模へと拡張されていきました。

僕は良く知らなかったのですが、1994年4月に勃発したルワンダの内戦では、国民の10人に1人、およそ80万人が犠牲となったそうです・・・

ほかにも手足をおので切り落とされる、地雷の爆発で手足を失うなど、多くの人が身体に障害を負ってしまったそうです・・・

僕のように、この事実を知らない日本人がほとんどだと思いますが、知っておきながら見過ごしてしまった人もいたと思います。

でも、彼女は見過ごすことが出来なかったのでしょう。

内戦が終結し、ケニアからルワンダに再入国出来なかったことが不幸中の幸いとなり、難を逃れたガテラとルワンダで再会し、たった二人で、ルワンダ再建を誓ったそうです。

彼女は、日本に帰国後すぐに、全国の義肢製作所を訪れ、中古の義足を譲ってもらえるよう頼んだそうです。

全国からは60本を超える義手や義足が、「亡き家族の為にも役立てて欲しい」というメッセージと共に送られてきたそうです。

彼女は、一本も無駄にしないという強い気概で、再びルワンダへ降り立ち、義肢工房を立ち上げ、手足を失ったルワンダの人々へ、無償で義肢を提供しました。

しかし、当時のルワンダの現実は厳しく、せっかく手に入れた日本の高度な技術の施された義肢を取り外し、路上で物乞いをする人々を、彼女は数多く目撃してしまったそうです・・・

義肢があるばかりに同情してもらえない・・・

想像を絶するほどに悲しい現実です・・・

この時、ルワンダ全体が、希望を失い、絶望に満ち溢れていたのだと思います・・・

挫けそうになりながらも、希望を取り戻して欲しいと願った彼女は、日本の新聞に、ルワンダの選手をパラリンピックへ出場させるための寄付を呼びかける記事が掲載したそうです。

その結果、200万円の寄付が集まり、2000年10月18日に、オーストラリアのシドニーで開催されたパラリンピックに、ルワンダ初の出場が実現したそうです。

出場を果たしたセザールは、以前、彼女が義足を作った男性だったそうです。

もちろん、トレーニングもろくに出来る環境ではなかったので、ひどい記録だったそうですが、希望を失いかけていたルワンダ国民に、再び希望の光を見出せたということは言うまでもないでしょう。

パラリンピック出場は終わりではなく、始まり・・・

彼女とガテラが始めた活動は、確実に、ルワンダの社会を変えている。

二人の呼びかけにより、数々の障害者によるスポーツ団体が生まれたそうです。

自分の存在する意味さえ失いかけていた障害者達が、今では、みんなで楽しく笑いながらスポーツを楽しめるようになった・・・

一人の日本女性が一人のルワンダ人男性に恋をしたことがきっかけとなり、ルワンダという一国を大きく変えてしまった・・・

彼女は、その身を持って、ルワンダと日本との架け橋となったのだと思います。

------------------------------–

この実話には、僕の夢へのヒントが凝縮されていました。

それだけに、この放送を見終わった時、涙が止まりませんでした・・・

僕は、このような地道で目立たない影の存在こそ、光を当て、最大に尊重していかなければならないと思います。

NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」では、1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で放射能に被災した子供たちを日本に招き、転地療養をさせる「里親運動」に14年間も取り組んでいるそうです。

来日した子供達は、髪の毛が伸び、顔色も良くなっていく。

何より、彼らの笑顔が、この活動の原動力なのだと思います。

代表の野呂美加さんは、その活動を讃えられ、代表として「地球市民賞」を受賞したそうです。

このように、日本から発信され、世界へ渡された架け橋がいくつもあります。

本当
に尊い事だと思います。

また、この話にすごく近い性質をもった活動が、現在進行形で行われているので、それもご紹介したいと思います。

『海を渡るバイオリン支援の会』という団体で、譲り受けた154台のバイオリンを、故障しているものは修理し、犯罪に走りやすいドミニカ共和国の少年達へ送り届けようという活動です。

代表の田中さんに、僕のコミュニティでも紹介していただけたので、詳細はそちらで確認してみてください。

募金のお願い
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=7974072&comm_id=716496

豊かな先進国の国民が、その富を自分達で抱え込もうというのではなく、世界の発展途上の国へシェアしていく・・・

僕は、これこそが在るべき姿だと思うし、僕達、先進国の人間が果たすべき使命だと思っています。

またまた長くなってしまいましたが、皆さんには、読んでもらえて感謝しています。