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初めての海外出張(台湾)と今後のITチームの出張予定

今年の10月で10年間のパスポートが切れる。
当初はほとんど海外旅行初心者だったけど、それなりにいろんな国に行った。
それでも、今回の台湾が初めての会社の出張(Business Trip)だった。
結構、旅費の予算がきつかったんだけど、それでも会社でお金を出してくれるなんて不思議な感覚だった。

今回の出張は、直接上司に言われた訳ではなく、現地と直接ウェブ会議をする中で呼ばれた形だった。
台湾のオフィスが移転するというタイミングで、台湾にはIT担当がいないこともあり、サポートが必要とのことだった。
後で上司に相談してぜひ行って来て欲しいということになった。

入社半年ちょっとの人間に一人で行かせるってのもなかなかないのかもしれないけど、僕はITの専門スキルのほか、以下の3点がクリア出来る稀な人間だったのだと思う。

  • 海外一人旅慣れしている
  • 貧乏旅行でも許容できる
  • 英語が話せる

総務課の中でも英語が話せる人は結構いるんだけど、それ以外の2点をクリア出来る人はいない。
会社としては経費を抑えられて使い勝手の良い人間なのかもしれない。

正直、上司は僕がやってきたことを正確に把握してはいないと思うけど、ある一定の成果をあげたと評価してくれていて、早速、大阪のIT担当の韓国オフィス訪問が来週に決まった。
韓国へは役員や通訳が訪問するのに同行する形で行けることになったらしい。

そして、年内に今度は僕はヨーロッパに行くことになると思う。
行けるとしたら、スペインとドイツかな。
ヨーロッパの子会社は、日本本社以上にIT部門やシステムがしっかりしていて、システムを統合していく上で一度行ってみないと話にならないところがある。

管理部門では国内の移動でも結構制限されてるんだけど、これから社内のグローバル化が加速する中で、現地に直接行くことも重要になってくるっぽい。

新たに海外拠点が出来てもIT担当を置くところはないだろうから、その都度、オフィスの立ち上げの時に出張することになるかもしれない。

そういった意味でも部長からかなり期待されている。

台湾の景色③台北101展望台(Taipei101 OBSERVATORY)からの夜景

うちの会社の台湾拠点の新オフィスの近くにある「台北101展望台」。
東京スカイツリーみたいな高いタワーで、エレベーターの速度は世界最速らしい。
個人では何千円も払って行かないようなところだけど、台湾オフィスの一番偉い人に連れて行ってもらえた。

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まさに誰がどう撮ってもキレイに映るような豪華な夜景だった。

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メインストリートは車のライトで光の河と化していた。

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この日は行けなかったんだけど、風が強くない日はさらに上の窓もない屋上のようなところに出れるらしい。

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台湾の景色②夕陽と青空のコラボレーション@Dadaocheng Wharf (大稻埕碼頭)

台湾は意外と夕陽がキレイだった。

狙って行った訳じゃないんだけど、ちょうどいい時間帯にいい場所にたどり着いた。

場所は、淡水河沿いにあるDadaocheng Wharf (大稻埕碼頭)。IMG_0082

台湾では日本製の一眼レフカメラが大流行りのようで、街中にもカメラ屋が軒を連ねていたし、ここでも夕陽のベストショットを撮影しようと、カメラマンたちが所狭しと並んでいた。

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台湾は自動車やバイクなどの排ガスで普段はあまりクリアな景色は見れないらしいけど、この日はコンディションが良かったらしく、とてもキレイな夕陽が観れた。それも、夕陽と青空のコラボレーションだった。

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この写真は、夕陽が木漏れ日になっていい感じだなと思って、ちょうどサイクリストが通る瞬間を待って撮影したもの。ちょっとした自信作。

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縦で撮影すると、日はかなり沈みかけてるのに、見上げると青空という不思議な光景だった。

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台湾の景色①空港から台北市への車窓から

初めての台湾滞在。

しかも、人生初の海外出張。
仕事だったんだけど、結構観光も楽しんできました。

天気も良く、そんなに排ガスで空気が悪くなかったらしく、とてもいく先々で素晴らしい景色に恵まれました。

まずは第一弾として、台湾の桃園国際空港から台北市に向かうバスの車窓からの景色を載せておきます。

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台湾の都市の成り立ちを車窓からみて、人々のエネルギーや活気のようなものが感じられました。

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台北市は山に囲まれた盆地だったんですね。
しかも、台湾には3000mを超える山が200座以上あり、富士山より高い山があるらしいですね。知らなかった…

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遠くに微かに101(東京スカイツリーみたいな高い塔)が見えてきました。

 

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空港からは台北市への適当な高速バスに乗ったんですが、台北の中心街に行くには、路線バスのようなミニバスに乗り換えなきゃいけなかったらしく、高速バスのドライバーの方に怒られちゃいました。

英語もあまり通じず、中国語はほとんど聞き取れず、この乗り換えは結構難易度が高かったです。

映画「ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)」を観て迎える9・11

今年も9・11を迎えました。

あの同時多発テロの日からもう12年も経つんですね。航空機がハイジャックされ、世界貿易センタービルに突っ込む衝撃的な映像を、今も覚えています。みなさんは、今年の9・11をどう迎えましたか?

この時期に合わせてか、レンタルビデオ屋に「ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)」が並ぶようになった。

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この映画は、何も考えずに観れば、犯人を追うサスペンス的な戦争アクション映画。僕にはどうしてもリアルなこととは思えなかったんだけど、この映画で描かれたことは実際に起こっていたことで、僕たちも原因と結果を知っている。そう、この映画は、9.11からオサマ・ビンラディンの殺害までの一部始終を描いたノンフィクション映画。

この手のアメリカの映画は、大抵、アメリカの正義を軸に作られるものだけど、この映画は違った。制作側が何かを暗示している訳でも、特定のメッセージを発している訳でもない。実際に起こっていたことをありのまま表現しているに過ぎない。それでも、その実際に起こっていたありのままの事実自体に、強烈な暗示や関連性が込められていた。

僕たちが一般的に知っている事実は、9・11の同時多発テロ事件が起こり、アフガニスタンやイラクなどでの対テロ戦争を通して、10年近く経った2011年5月2日に、同時多発テロの首謀者と言われたウサマ・ビンラディンが殺害されたこと。誰が、いつ、どこで、どのように?というのはあまり知られていない。

僕も良く知らなかった。断片的な情報から、アメリカほどの諜報力や軍事力があるのに10年近くも探し出せないのは、ビンラディンと実は裏でつながっていて、殺害するのを躊躇っているのではないか?という陰謀論を半分本気で信じていた。しかし、実際は、テロリストたちの忠誠心と組織力が想像以上に強く、アメリカのCIAも当初はいいようにもてあそばれていた。

そんな中、ビンラディンの居場所を突き止め、殺害まで導いた立役者がいた。その人は、何と、高卒で何の実績もなくCIAに入り、一つ目のヤマとしてこの難題に取り組んだ、この映画の主人公のマヤという女性だった。

普通のアメリカ映画であれば、(アメリカの正義的に)これだけの功績を残した人物を「正義のヒーロー」として描くだろう。しかし、この映画に出てくるマヤは、人間味の感じられないどこまでも冷徹で無機質な人物。仲間を自爆テロで亡くし復讐に燃えている一面もあったが、普通では到底理解出来ないほどに、「ビンラディン殺害」に執着と意地を見せる。一歩間違えれば、世界を敵にまわしてしまいかねないほどに…

そして、彼女の目的である「ビンラディン殺害」が達成された時に何が起こったか?高卒でありながら、これだけの功績を残したことで、パキスタンからの移動にはマヤだけのために専用ジェット機が用意された。しかし、その機内で初めて、気づいたのだと思う。彼女は、その先のストーリーを全く考えていなかったということを。

「ビンラディン殺害」が完全に目的になってしまっていた。マヤはその目的を達成するためのロボットだった。その目的を達成することによる影響や、その後の世界の可能性など、他のことは眼中になかった。「ビンラディン殺害」はあくまで手段の一つに過ぎず、目的はもっと先にあるべきだったにも関わらず。

この映画を観て、どちらか一方だけに同情や肩入れをすることはとても出来ないと思った。アメリカは、テロリストたちを一方的に「悪」に仕立て上げ、自分たちを「正義」として際立たせようとしているけど、ありのままの事実からは、「悪」対「悪」とも取れる構図が浮かんでくる。憎悪が憎悪を呼び、安全保障が未だに脅かされ続けている今という時代がそれを物語っている。

狙った訳じゃないんですが、数日前に2晩連続でこの映画を観たこともあり、例年とは少し違う感覚で9・11を迎えました。人間が発する情報にはどうしてもバイアスが発生します。そして、その情報に対する個々の解釈の仕方次第で認識が大きく変わり、人生が180度変わることもあります。

人生の軌道を確実なものとするには、ありのままの事実を自らが探求し、常にフェアな解釈をしていける忍耐力が要求されるのだと感じました。それは、この映画の題材に限らず、僕らを取り巻くあらゆる場面で要求される能力のはずです。そのことを心に刻んで、また明日から頑張っていこうと思います。

人生いろいろ(2)自分の守備範囲もキャパシティも飛び越えてみる

僕の本当の人生は20代後半から始まったように思う。それまで、英語もアメリカも、自分には関係のないものだと思っていた。海外旅行なんて姉に付いていったハワイ旅行だけだったし。そんな僕が、半ば会社を無理矢理休んで、アメリカ西海岸縦断の一人旅に出かけた。

9 日間で、サンフランシスコ→ロサンゼルス→ティファナ(メキシコ)→サンディエゴ→シアトル→ バンクーバー(カナダ)を回った。当時、英語はほとんど話せなかった。ハプニングの連続で辛いことばかりだったけど、一人旅ならではの出会いや多くの気づ きがあった。その旅を通して、アメリカ留学を決断した。

大きな目標が出来ると、同じような生活スタイルでも、不思議とマンネリではなくなる。同じ仕事でも、向き合い方が変わる。何かを少しでも吸収しようという緊張感が芽生える。仕事以外でも、少しでも目標に近づけるように活動が増える。フットワークが軽くなる。

そのアメリカ旅行の後も、シンガポール、オーストラリア、香港など、国内だけでなく、海外に積極的に出かけていった。僕の旅はとても過酷でとてもリスクがあり、基本的には一人旅だけど、オーストラリア旅行だけは同行者がいた。ケアンズ→ゴールドコースト→シドニー→パースの4都市を8日間で周るという、ハプニング満載のとても過酷な旅行だった。

そのオーストラリア旅行で、案の定、その同行者から旅の随所でもの凄く文句を言われた。旅が終わってからも、その人を連れていくべきではなかったっていう自責の念をしばらく持ち続けていた。リスクを冒すなら一人でやるべきだったと…

数年後にその人に会った時も、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、思いがけない言葉が返ってきた。「今ではあの旅に連れていってもらえたことを本当に感謝している」と。その人は、エジプトを含め海外のいろんなところに行ったけど、そのオーストラリア旅行ほど思い出に残っている旅はないと言っていた。

人生ってそういうもんなのかもしれない。人生は旅であり、リスクはつきもの。その時は文句たらたらで「迷惑だ」と感じていても、後で振り返ってみると、それが何にも代え難い価値だったと思えることもある。大事なのは、死ぬ直前に自分がどう感じるのかだと思う。

もしそこまで想像力が及ばなければ、ただ「迷惑だ」とかで門前払いをするだけで、未知の体験や価値に出会うことも無くなってしまう。それって、とても勿体ないことだと思う。個人的には、勿体ないどころか、自分にとっても脅威になるかもと感じている。多くの人が固定観念に縛られて本来の能力を発揮出来ないなら、社会はそれだけ正常に回らなくなるから。

20代後半は、こうして自分の守備範囲を飛び越えて、おまけに当時の自分のキャパシティも飛び越えて様々なことにチャレンジする中で、生活スタイルやパターンの劇的な変化があった。

(次回へ続く)

僕たち一人一人が変革の主体であり、未来に責任を負う存在

中国や韓国との領土問題は、国と国との外交問題では、到底、完全決着は出来ない。相手国政府や国民は当然悪いと思うけど、そこで僕たち日本国民も文句言うだけで何も行動しなければ、自分たちを正当化しきれない。その行動っていうのは民間外交のこと。つまり、積極的に友達になること。振る舞いで示すこと。

「日本人は立派だ!自国で学んだ教育は真っ赤な嘘だった!」って韓国や中国の国民に言わせるほど、僕たち一人ひとりが立派な振る舞いを示すことが、相手国の政治を変える一番の近道だと思う。国家間の外交の努力は当然必要。だけど、避けては通れないのは、僕たち国民一人一人がリスクを覚悟で行動すること。それは、20年、30年という長期的視野に立った時に、もの凄く生きてくるはず。

自国内で「固有の領土だ!」って叫ぶだけじゃ何も変わらない。リスクを伴わない行動はほとんど意味を成さない。国民が、自分が何も行動しない前提で偉そうなことを言ってるだけじゃ、韓国や中国よりもずっと戦略的に劣っている。相手国や自国の政府を責めたり批判はするけど、いざ「自分はどう行動するのか?」と問われた時に、逆ギレしたりお茶を濁したりする国民の民度って、結構低いと思う。

民主主義国家においては、「政治家の質」よりも、「国民の当事者性」の方がずっと重要なんだと思う。いざ、自分の責任や行動を問われると都合が悪くなるようじゃ、当事者性があるとは言えない。一般市民でも出来ることは必ずあるし、もしもそれを多くの国民がしなければ、当然、国の政治も乱れるし、危機も訪れる。今の日本みたいに。

僕ら一般市民が行動したところで、すぐに結果が出る訳でもないし出来ることも限られるけど、今から始めないと結果が出るのがそれだけ遅れるということ。今という最悪の状況は、20年、30年前からの国民の行動の欠如がもたらしたものかもしれない。そして、20年、30年後の状況は、今を生きる僕たちが創ることになる。僕たち次第で全く違った未来になってしまう。

何しろ、「国家」という超マクロ的視野で話すだけではなく、それぞれが「自分」から出発した超ミクロの話もしよう。僕たち一人一人が変革の主体であり、未来に責任を負う存在。そういった自覚を持って議論をすれば、今とは違った結果になると思う。

グラミン銀行の姿勢

グラミン銀行創設者のムハマド・ユヌスさんは、マイクロクレジットと太陽光発電を、主に貧しい人たちに向けに推進している。貧しい人や女性に事業を始めるきっかけになるものから優先的に始めているところがすごいと思う。

グラミン銀行の取り組みにはとても影響を受けた。彼らは慈善事業をしている訳でなく、基本的にはビジネスをしている。でも、貧しい人だろうが、例外無くみなが無限の可能性を持ち、みんなが可能性を拓くことでしか社会の本当の繁栄はなく、自分たちの幸福はない、というところまで考えているんだと思う。

日本とか先進国だと、ほとんどの家庭とか個人が、稼いだ「お金」とか手に入れた「電気」を消費のためにしか使わないけど、バングラデシュとか貧しい国では、起業のために有効利用するんだと思うな。その発想の違いはでかいと思う。生活どころか、命がかかっているから、危機意識が違う。

「家庭」というものが、消費するだけなのか、それとも生産もするのか、その違いはかなり重大だと思う。太陽光発電機という資産をどう活用するか。電気をもっと贅沢に使う?売って金にする?それとも、電気を使って何かを創り出す?

グラミン銀行は、マイクロクレジットや太陽光発電機を貧しい人たちに提供すると同時に、事業を成功させる戦略など、多角的なサービスを行っている。最初から、返済不能になったところを脅してむしり取ろうなんて考えている訳じゃなく、事業を成功させて返済してもらえるよう全面的に支援する。

こうしたグラミン銀行の取り組みは、「使命感」から生まれたんだと思う。やらざるを得なかった。バングラデシュの政治の腐敗や国民の貧困などから追い立てられるようにというのもあると思うけど、彼らは確実に希望を失っていない。根本的に、一人一人の人間の可能性を信じている。

「江戸」についての連続ツイート

今日は「江戸」についての連続ツイートをしようと思います。江戸は、歴史上で最も持続可能性が高い都市と言われ、低エネルギー社会でほぼ太陽光エネルギーで成り立っていました。そんな生活をそのまま現代に置き換えるのは無理ですが、江戸の社会から学ぶことは物凄く多いと思います。

江戸(1)概要:当時の世界最大都市/250年に渡り平和な時代を築いた/鎖国政策により自給率がほぼ100%/美しい緑の環境を破壊もしたが作り直し保持した/経済は堅調に伸びていた/貧富の差がそれほど無かった/江戸後は持続不可能な欧米式開発路線に急転換、今では極度の輸入依存社会に

江戸(2)イギリスが産業革命の化石燃料依存まっしぐらの時に、江戸では自然エネルギーである太陽光エネルギーの使用だけでほとんど済んでいた。

江戸(3)見事なまでの3Rs(リデュース、リユース、リサイクル)社会。現代では、大量のゴミが埋め立て地や世界の貧しい地域へ送られるだけ。極度の貧困層の人たちにとっては宝の山。こんなになる前に、江戸の人々は日常的にゴミを出さずに3Rsで資源の需要を減らし徹底的に有効利用していた。

江戸(4)現代人は都合の悪いものは見えないところへ隠すが、江戸では、し尿(大便、小便)もお金になる貴重な資源、肥料として有効利用されていた。今では、そのかけがえの無い肥料を使わずに、自動車以上にオイルが消費されると言う「人工の肥料」を使っている。

江戸(5)人々は密集して住んでいて、街が歩きまわれるほどコンパクトだった。この時点で、現代の際限なく広がってしまった都市構造に比べると、エネルギー効率は格段によかった。

江戸(6)社会起業家とも言える無数の多様な3Rs職人(自営業)が、社会における役割を果たしつつ、ビジネスを展開していた。元々、資源が少なく、リデュースを根本に、リユース・リサイクルをするしかなかった。鋳掛け、紙屑拾い、灰買い、肥汲みなど様々な3Rs職人がいた。

江戸(7)色濃い文化が発展(寿司、相撲、歌舞伎、浮世絵など)。元々はただの大衆の日常の一部だったが、やがて経済発展に大きく貢献するようになった。文化が発展すると経済が発展するということ。文化の力で、大量生産-大量消費-大量廃棄なしで経済発展が可能だった。

江戸(8)欧人のコメント「上層も下層もあまり変わらぬ家に住んでいる。公職に付いていないものはかなり自由な生活を楽しんでいますが、支配層に属する日本人はひどい拘束に耐えて暮らしています。」権力を持っている人たちが、余計に資源やエネルギーを使える訳ではないということ。

江戸(9)寺子屋などで、収入に応じた格安料金で教育が提供されていた。結果、当時類を見ない識字率の高さを誇った。教育など形のないものにお金が発生することは少なかったらしい。お金が、「マネー」という化け物と化してはいなかった。

江戸(10)士農工商という社会制度はあったが、責任の度合いのヒエラルキーは逆ピラミッド型だった。頂点に君臨する侍が、国に対して最も責任を持っていた。その責任の大きさは「切腹」という行為に現れる。卑怯を嫌い、徳や義、仁を重んずる「武士道」が、権力者たちの倫理規範を保っていた。

江戸についての連続ツイートは以上です。これは、以前、大学のクラスでアメリカ人生徒を前にプレゼンした内容です。こんな大変な時に、またおかしなことを言い出したって感じですか?笑

この5年間に訪れた海外の都市

この5年間に訪れた海外の都市です。
ちなみに、それまで、僕は姉に任せっきりだったハワイ旅行しかしたことがありませんでした。

アメリカ:サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴ、シアトル、ポートランド、ユージーン、セイラム、サクラメント、デンバー、シカゴ、サンアントニオ、ニューオーリンズ、ニューヨーク、フォートランダーデール(フロリダ)、ワシントンDC、ミネアポリス、セイント・ポール

カナダ:バンクーバー

メキシコ:ティファナ

シンガポール:シンガポール

マレーシア:ジョホール

中国:香港

韓国:ソウル

オーストラリア:ケアンズ、ゴールドコースト、シドニー、パース