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ウィーンのリサイクル・コンポスト

Urban Planning: Environmental Issuesクラスで扱っているテキスト(CitiesPeoplePlanet)も、200ページを突破しました。
未だに読むのが遅くて時間がかかるんですが、すさまじく勉強になっていて、持続可能な社会を気づくためのいろんなアイデアが浮かんで来ています。

今、ゴミ処理の章を読み終えたところですが、この章で特に興奮したのが、オーストリアのウィーンのリサイクル・コンポストについてでした。

ウィーンも、他の都市と同様、ゴミの焼却や埋立地への問題を抱えていました。
簡単に言ってしまえば、他の多くの都市と違うのは、本気に対応して、素晴らしい実績を上げている点でしょう。

何がすごいかというと、、、

リサイクル可能なものについては、まず、the Repair Network Vienna (RUSZ)という、修理専門会社の連合が、(傘からハイファイシステム、バスタブなどあらゆるもの)を修理するそうです。
ウィーンでは、毎年、100,000トンもの未処理の電子スクラップがゴミ焼却炉に運ばれてくるそうですが、この一部でも運ばれてくるのを未然に防げれば、全然違うと思うんです。
この努力のおかげで、1999年以来、2,000トンものゴミが生まれ変わったそうです。

RUSZがやっていることは、単にリサイクルだけではなくて、リデュース(ゴミ減量)にも踏み込んでいるそうです。
といっても、修理により商品のライフサイクルを長くするという古典的な努力なんですが、実はこれこそ今の世の中忘れられている努力なんじゃないかと思いますね。

さらに、この連合は、失業率改善にも踏み込んでいます。
スキルがなくて定職が得られない人々何百人もが、この連合を通じて職を得ています。
これも、社会的格差の是正の為の鍵ですね。

すごく江戸時代の循環社会を形成している人中心の社会に近い気がしました。

また、コンポストの努力としても、偉大な成果を上げていると感じました。
ウィーンは、1988年にからバイオ廃棄物を分けているそうですが、この決断は、全政党一致で可決されたそうです。

ゴミの廃棄の為に市民に料金を課し、1997年には、87,400トンのバイオ廃棄物を回収し、そのうち34,000トンのコンポストを生成したそうです。
そのうち、20,000トンが都市農場の為の肥料として使われたそうです。

しかも、2000年までに、90,000トンものコンポストを生成し、全体的な費用節約額が$10,000,000にも上ったそうです!

これって凄まじくないですか!?
最近考えていたアイデアにとても関連あることだったので、本当に興奮して読んでいました。
先進国の大都市でありながら、これだけのモデルが世界にあるだけで、本当に心強い限りです!

ロンドン帝国の残した負の遺産

今日、Urban Planning: Environmental Issuesクラスで、19世紀のロンドン帝国について学びました。
このクラスで扱っているCities People Planetという本では、この当時のロンドンを、持続「不可能」な開発の為の最大の貢献都市として描いています。
この時のロンドンが残した負の遺産は、実は今でも当たり前のようにそのまま生き続けています。

その負の遺産の一つ目は、産業革命により、モノの大量生産が可能になってしまったこと。
今でも当たり前のように、大量生産ー大量消費-大量廃棄構造が存在して、多くの都市が持続「不可能」な都市の街道を突っ走ってますよね。

二つ目は、グローバル・トレードをやり始めたこと。
世界を舞台としたトレードは、エコロジカル・フットプリントを劇的に拡大します。
当時、ロンドンは、世界の大陸を、自分たちの庭のように考えていたらしいです。

北アメリカとロシアの平原をトウモロコシ畑として、シカゴとオデッサを穀倉地帯として、カナダとバルト諸国を用材林として、オーストラリアを牧羊地として、アルゼンチンと北アメリカの西平原を牛の群れの為として、ペルーを銀、南アフリカを金の為の地として、インダスと中国は茶の為の地と考えていた。さらに、コーヒー、砂糖、そしてスパイス農場としてのインド、ブドウ園としてのスペインとフランス、地中海沿岸地域を果物園として、アメリカ南部が長らく役割を担っていたコットン生産地は、さらに暖かい地域ならどこへでも拡大させる。

残念ながら、ここまであからさまでないにしても、日本でも当たり前のようにこういうことが行われていますよね。
それも、自国に有利なようにトレードをする味をしめてしまったことが、後に恐ろしい世界規模での悲劇を生むことになり、今でもその悲劇は続いています。

ロンドン帝国が残した負の遺産三つ目は、し尿の処理の仕方と、肥料の選択についてです。
産業革命により人口爆発が起こったロンドンは、し尿の処理に頭を悩まされ続けたらしいです。
それまでは道にそのまま捨てていたらしいんですが、人口が増加していよいよそれじゃ間に合わなくなり、フラッシュトイレが発明されてからは、大量のし尿がそのまま川に流されるようになりました。
何百万人ものし尿が流されるので、川でさえもそれらで埋め尽くされるようになったそうです。
紳士の国とはとても言いがたい有様ですよね。

そこでロンドンがした決断が、それからの世界の持続可能性を大きく狂わせることになりました。
ロンドンは、さらに技術を駆使して、し尿を街の外へ押しやる選択をしたのです。
「汚いものは、見えないところに隠す」
今でも、一般的に、これが紳士としての決断として当たり前と考えられているかもしれません。

でも、し尿は、実は素晴らしい肥料になります。
そのかけがえの無い肥料を使わずに、自動車以上にオイルを消費するという「人工の肥料」を使う決断をしたのです。

人間がいる限り、「食べる」「糞をする」ということがなくなることはありません。
持続可能な社会を実現する為には、「食べる作物を生産する為の肥料としてし尿を使う」というサイクルが必要不可欠なのかもしれません。
江戸時代にはこのサイクルがあったようです。
それも手伝って、江戸は250年以上もの間、見事なほどの持続可能な社会を実現していました。
残念ながら、今は、このサイクルの流れはほとんど絶たれていると言えるでしょう。

今でも、し尿の処理といい、肥料の使用的にもこれが世界のスタンダードだと思います。
発展途上国の多くも、これがスタンダードとして求めていると思います。

都市が持続可能かどうかはともかく、し尿を使った作物を食べるのが不潔と考えるのが紳士なのか?
それとも、持続可能な都市を実現する為に喜んでし尿を肥料として使えるのが紳士なのか?
個人的に、すごく論じてみたいテーマでもあります。

ロンドン帝国の残したこの三つの重大な負の遺産は、今でも当たり前のように生き続けています。
あまりにも当たり前のように行われているんで、当然のことだと錯覚しがちですが、この遺産を背負い続けている限り、僕たちが持続「不可能」な地球への貢献者になり続けることになるのだと思います。

それが分かったところでどうすればいいのか分かった訳ではないけど、この授業をとってこのことをしっかり学んでおいてよかったと思いました。

持続可能な国家のビジョン?経済・福祉・環境のバランスは可能だ!

来月、「持続可能な国づくりの会」というNPOで、大きめなシンポジウムをやります!
参加費がちょっと高いですが、とっても中身の濃いシンポジウムになる予定ですので、是非ともご参加下さい!

 タイトル:持続可能な国家のビジョン?経済・福祉・環境のバランスは可能だ!
 日時:2008年5月11日(日) 13:00?19:00 (12:30会場)
 場所:板橋区立グリーンホール(http://www.city.itabashi.tokyo.jp/bkaikan/map.htm)
 参加費:一般2000円 学生1000円 会員1000円

環境問題やスウェーデンの政治システムに詳しい専門家の方々をパネリストとして招いています。

[パネリストの方々]
  大井玄(元国立環境研究所長、東京大学医学部名誉教授)
  小澤徳太郎(環境問題スペシャリスト、元スウェーデン大使館環境保護オブザーバー)
  岡野守也(サングラハ教育・心理研究所主幹、思想家)
  神野直彦(東京大学大学院経済学科教授、財政学)
  西岡秀三(元国立環境研究所理事、IPCC部会第2部会副議長)

興味のある方は、このシンポジウムの趣意書を読んでみて下さい。(とてもよく出来ていると思います)
http://blog.goo.ne.jp/greenwelfarestate/m/200103

参加希望の方は、下記ページにある事務局のメールアドレス宛に、氏名 郵便号 住所 電話番号を書いてお送り下さい。
http://blog.goo.ne.jp/greenwelfarestate/e/54b555504ba52964362cc63d166793ce

尚、このNPOは、日本を持続可能な国家にすべく、スウェーデン等の先進的な国家のシステムを参考に、日本の政治に影響力を持つオピニオングループとして活動することを目的としています。

ブログがありますので、是非立ち寄って見て下さい。

持続可能な国づくりの会<緑と福祉の国・日本>
http://blog.goo.ne.jp/greenwelfarestate

CIVITAS(CIty VITAlity Sustainability)

CIVITAS(CIty VITAlity Sustainability)とは、欧州連合(EU)で都市・地域計画と交通計画を統合化したプログラムだそうです。
直訳すると、「元気で持続可能な街作り」となるのですが、まさに僕が将来やりたいと思っていることをシンプルに、そして的確に表現した言葉だと思いました。
とても感動しました。

そして、最先端の都市交通を持つ、フランスのナント市の交通事情が下記のサイトに紹介されていたんですが、これまたすごすぎますね!

第32回 仏ナント市に学ぶ最先端の都市交通
http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/column/shimizu/080401_nantes/index.html

記事の中で、特にすごいなと思った点を抜粋します。

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革新的な考え方を持つナント市民は失業者が溢れる街を興し、貧しさと決別するために大胆なモビリティ計画を打ち出したのである。植民地を持つフランスには多様な人種が暮らすが、経済的な苦しさを放置すると暴動が起きることを行政は心配している。豊かで住みやすい街作りは多様な人種が暮らすフランスの都市では欠かせない。ナント市は常に市民のニーズに耳を傾け、暮らしやすい街作りを目指しているのである。

ナント市は1995年にそれまで廃止されていた路面電車(LRT、ライトレールトランジット)をいち早く復活させ、クルマと公共交通を整えた総合交通マネジメントを実施した。ナント市のモビリティの3つのビジョンは「クリーン・公共交通・ITS」であるという。

都市交通計画の特徴は徹底した「パーク&ライド」を実行したことだ。都市環状線と幹線道路が交差する場所には駐車場や大規模なスーパーマーケットがある。朝自宅からクルマで通勤し、ここに駐車して会社にはトラムで移動。帰りはスーパーマーケットで焼きたてのパンを買って自宅に帰るといったこともできる。移動も乗り換えもスムーズでストレスなく1日を終えることができるのだ。

市内の繁華街には信号がない!

新しい道路を作るのではなく、既存の道路インフラのなかで、再配分を工夫することで、渋滞のないスムーズなモビリティを実現している。ナントの市民は幅広いモビリティの選択肢が存在する公共空間によって、生活の質が高まることに誇りを感じているようだ。

もちろん環境問題でも、大きな成果をもたらしている。今日では人口が15%増えてモビリティが活性化したにもかかわらず、人身事故は半減し、さらにCO2排出量は1997年に比べて15%も削減されたのだ。

実際にLOTI法に示される第1?2条では「すべての人の移動に関する権利、貨物を輸送する権利、交通手段選択の自由、モビリティに関する情報を得る権利」を規定している。こうした理念と土地利用の計画を示す「PDU法(都市圏交通計画)」が合体し、都市計画が実施される。
一方で、欧州連合(EU)では都市・地域計画と交通計画を統合化した「CIVITAS(CIty VITAlity Sustainability)」というプログラムを実施している。直訳すると「元気で持続可能な街作り」となる。なんとすばらしい呼び方ではないだろうか。このプログラムの目的は交通施策や都市再生の分野で先進的な取り組みを行う都市に対し資金を配分することだ。
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読んでいるだけでも、ゾクゾクしてきましたよ。

で、これが、この記事を書いたジャーナリストの方の動画サイトだそうです。

http://www.startyourengines.jp/

ちなみに、このJFS(Japan for Sustainability)のフォーラムにも参加しようかなと思っています。

フォーラム ハーマン・クノフラッハー氏を囲んで『温暖化とエネルギー危機の時代、都市計画と交通政策を考える』
http://www.japanfs.org/ja/jfs/event/event080424.html

ミニ・ミュンヘン

突然ですが、「ミニ・ミュンヘン」って聞いたことありますか?

僕は知らなかったんですが、先月サポートメンバーになった、NPOコレクティブハウジング社が主催するセミナーに参加して、はじめて知りました。

ネットワークセミナー003
ミニ・ミュンヘン X トレーディングゲーム
?子どもたちのファンタジーを引き出す!?
www.chc.or.jp/seminar/index.html

ミニ・ミュンヘンとは、7歳から15歳までの子どもだけが運営する「小さな都市」だそうです。
8月の夏休み期間3週間だけ誕生する仮設都市で、ドイツのミュンヘン市ですでに20年の歴史があるそうです。

セミナーでは、このミニ・ミュンヘン研究会の方が編集したDVDを観たのですが、これがまた良く出来てるんです。(DVDがというより、ミニ・ミュンヘンの仕組みがです)

この仮設都市のシステム上、一番工夫が施されている点は、どれだけ大人が干渉しないで済むかという点だと個人的に思いました。
この「良く出来てる」っていえるものを、子どもたちが自らの力で自由に創り上げるんです。

キーワードは「子どもを信頼する」ということです。

市民権を得る条件(少しだけの仕事と勉強らしいです)を満たして市民権を得た後、自分の好きな仕事を見つけて働くと、「ミミュ」というお金がもらえるそうです。

子どもたちは、コックさんになったり、タクシー運転手をしたり、花屋さんになったり、デパートの店員、デザイナー、アナウンサー、新聞記者、教員、そして公務員や議員さん、市長さんなど自由になれるそうです。

新聞の発刊は、実際にタイプライターのようなもので行っていました。
建築関係についても、実際の人(大人?)を雇って行われていたようです。
定期的に選挙を行い、候補者は本物さながらの演説をします。(子どもがですよ!)
犯罪を犯したり、何かで訴えられれば裁判を開きます。
何か不都合なことが起これば、デモのようなものも起きます。

面白いところは、大人にとって思わしくないことを子どもたちがしだしても、それを止めずに、それを子どもたちがどう解決していくのかを、大人たちが見守るところです。

例えば、一部の子どもたちが、金儲け目的で、窓のないカジノを建設しようと企てたことがあったそうです。
この時、議会で議題にあがったそうですが、この時は、賭博であるカジノの建設まで禁止することはせずに、決められていた建築基準法(?)で、窓をつけることで建設が許可されたそうです。

大人たちの干渉なしに、これを子どもたちの判断で行ったんですよ?
信じられますか???
子どもたちでも、ほとんど何もない状態から秩序を構築することは可能なんだと思います。

また、副市長の女の子のプロジェクトで、画家に絵を描かせて、その絵をどこかの建物内に飾ることをしたそうですが、その建物のセキュリティが甘くて、何者かに侵入されて、一部の絵をボロボロにされてしまったそうです。
この事件に対して、建物のセキュリティ管理が行き届いていなかったということで、副市長は裁判にかけられてしまいます。
彼女は、「私は悪くない」ということを涙ながらに訴えたそうですが、裁判の結果、結局は有罪になってしまったそうです。。。

子どもたちがミニ・ミュンヘンに参加して一番変わることは、「自立心」と、「自主性」だそうです。

これはドイツの話なんですが、フィンランドの教育に通ずるなと思いました。
むしろ、教師もいない分だけ、極めて子どもたちの自由を尊重しています。

では、自由とはみなさんにとって何ですか?

僕は、講師の卯月さんとほとんど同じ意見でした。
彼は、ドイツでの生活を通して、「自分で考え、自分で行動し、自分の起こした結果に責任を持つ」という厳しさにはじめて直面したそうです。
そして、この厳しさとは裏腹に、この生き方にこそ、本当の「自由」があるんだということに気づいたそうです。

もしかしたら、何でも誰かに決めてもらった方が楽って思う人もいるかもしれませんね。
個人的に、その決断を下してもらうということ自体、自分の意思で決めたと100%言えるなら問題ないと思います。
だけど、それが悪い結果を招いたとして、その結果に対して、決断を下してくれた人を責めるようなことがあれば、それは自由とは決して言わず、「わがまま」と言うのだと思います。

自由とは、それだけ厳しいものだと思うんです。

以前、個人的に、「自由」というものについて言及したことがありました。

「自由を勝ち取るための不自由さは、心から自由を手にしたいと切望している人たちにとっては、不自由さのうちに入らないのです!」

乗り換えるべき宇宙船は他にありません!
mixi.jp/view_diary.pl?id=235855609&owner_id=2247284

今でもやっぱりその通りだと個人的には思います。

また、これもまた卯月さんが言ってたんですが、この子たちが大人になった時、実際のミュンヘンはどうなるのか!?って考えると、末恐ろしいです・・・

社会を変えるのに、これだけの強力な人材の卵がいれば十分でしょう。

ミニ・ミュンヘン自体、20年の歴史があるのに、ミュンヘンはそんなに変わってないじゃないかという方がいるかもしれませんね。

実は、僕もミュンヘンのことは良く知りません。

この点、自分なりに調べてみたいと思いました。

ノルウェーのすごいところ

みなさん、ご無沙汰しております。
今年もよろしくおねがいします。
書きたいことは山ほどあるのに書けずにいるのですが、とりあえず少しずつ書いていこうと思います。

今日は北欧の国ノルウェーについてです。

ノルウェーにはすごいなって思える点がいくつかあるのですが、とりあえずこれを見てみて下さい。

Dimmu Borgir / The Serpentine Offering

これはノルウェーのブラックメタルバンドなんですが、何と、この曲の収録されているアルバムが、発売当時、ノルウェーのナショナルチャートで1位になったそうです。
ブラックメタルバンドでナショナルチャート1位を獲得したのは、ノルウェーが世界で唯一らしいです。
僕も去年このアルバムを買いましたが、普通にクオリティは高いと思います。
何より、長年、このいかにも一般受けしなさそうな音楽性を貫き、クオリティを高めて上り詰めたというところが、素晴らしいと思います。

北欧では、僕が高校の頃好んで聞いていたメロディックデスメタルバンドが普通にナショナルチャート上位入りしているみたいです。
日本人には極端に映るかもしれませんが、北欧の人にはいいものはいいと受け止められてるのかな?と思います。

こんな激しい音楽が一般的に受け入れられる国はどんなヤバイ国かと思いきや、ノルウェーの人々は、自然を愛し、質素な暮らしを好む国民性らしいです。

突然産油国になって裕福になっても、アメリカや日本のように、大きな家や車を買って消費型の生活に移行することもなく、国民が自ら環境の為にそれらを自粛したそうです。
そして、ノルウェーの首相は、2050年までにカーボンニュートラル(炭素中立)国家にすることを宣言しました。

これは僕の推測でしかないんですが、ノルウェーの国民は、個人個人でモラルがしっかり出来ているんじゃないかと思うんです。

激しい音楽を聴いてるから激しい振る舞いをしなきゃいけないってことはないし、逆に、どんなに激しい音楽を聴いても、自分を変える必要はないし、道徳的に生きる姿勢を崩す必要はないんです。

逆に、日本人は、聴く音楽によってその音楽のコンセプトに自分を合わせる傾向があるような気がします。
それは個人の自由なんですが、平気で一線を越えてしまえるというところに危うさがあります。

例えば、僕の大学にいたニュースクール・ハードコアというシーンでは、音楽の凶暴性から、オーディエンスが凶暴に振舞う傾向がありました。
他の観客に当たらないように腕を振り回したり回し蹴りをしたりのダンスを披露する人はまだ良かったのですが、ステージからダイブして人々に支えられているのに、下にいる人を蹴飛ばしたり上で暴れたりしている人がいたのには本当に信じられなかったです。
それをかっこよいと勘違いしている傾向があるのもまた信じられなかったです。

もちろん、これは僕の見方なだけで、偏った見方をしてしまっているかもしれませんが、この違いには、宗教の存在が噛んでいる気がしてなりません。

ノルウェーには、福音ルーテル派プロテスタントの国教があります。
キリスト教は、原則的に文化と自然を明確に区別(自然は悪であり、人は生まれながらにして罪深い)しているそうですが、ノルウェーでは、自然を受け入れ、自然を敬う気持ちが国民に染み渡っているそうです。

最初に紹介した映像では十字架を捨てる場面があって、やはり人によっては国教があることに反発しいるんでしょうが、一定のモラルを保ち、自然と調和して生きようとする姿勢は、やはり国民に宗教が根付いているからなんじゃないでしょうか。

この辺り、いつか実際に行って確かめてみたいです。

フィンランドのナショナル・チャート




フィンランドの「amorphis」というメロディック・デス・メタルバンドの新アルバム「Silent Water」が日本で本日発売されました。

この間、ひさ?しぶりに日本のメタル雑誌「BURRN!」を立ち読みしたところ、たまたま載っていて、彼らのインタビューを読んでみたところ、驚いたことに、前作「ECLIPSE」からシングルカットされた「HOUSE OF SLEEP」が、フィンランドのナショナル・チャートで初登場1位になったらしい。

HOUSE OF SLEEP

そこまで良い曲とは思えないけど、こんなにメタルな曲がナショナル・チャートで1位になってしまうということに、僕の中でかなり衝撃が走った。

で、今回のアルバムからのシングルカットの曲「Silent Waters」は、初登場2位だったとのことです。

Silent Waters

これも、そんなに激しい曲ではないけど、今日、新アルバムの曲を一通り試聴してみたら、中にはデスヴォイスを基調に相当重く激しい曲が結構あった。。。

でも、よっぽどのことが無い限り、ニューアルバムは買おうと思ってたけど、試聴してみて、彼らの最高傑作だと叫ばれるわりには、そこまで良いとは思えなかったので、買うまでには至らなかった・・・
最近は、モノを買うのにかなり慎重になっています。。。

むしろ、やっぱり、このバンドは昔の曲の方が、宇宙的なメロディーを奏でてぶっ飛んでる感じがして好きだな。

Against Widows

The Black Winter Day

My Kantele(Live)

The Black Winter Day(Live)

たのしく学ぼう!フィンランドのこと

小中学生くらいのお子さんがいる家庭では、是非これ体験してみて欲しいです!
「教育大国」+「IT先進国」のフィンランドだけに、素晴らしい体験が出来ると思いますよ!

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フィンランド大使館は、日本の小中学生を対象にしたインタラクティブな教育サイト「プロジェクト・フィンランド」を立ち上げました。ムーミンがガイド役の楽しいサイトはたくさんのマスコミに取り上げられ、反響を呼んでいます。

プロジェクト・フィンランド
http://www.projectfinland.jp/

プロジェクト・フィンランドには、下記の3つのツアーがあり、それぞれ5つの章で構成されています。

 ・フィンランドの学校と仕事
 ・美しい環境を守るために
 ・世界の中のフィンランド

取り上げられているテーマは、

 ・自然環境や学校生活
 ・エネルギー問題
 ・サンタクロース
 ・男女平等

などがあります。

(お知らせ)好評な学習支援サイト「プロジェクト・フィンランド」より抜粋

【おまけ】
フィンランドがIT先進国だというだけでなく、国際競争力で世界上位を維持していることがこの記事に分かりやすく書いてありました。
キーワードは、「ボーン・グローバル企業」だそうです。

【連載】ボーン・グローバル:フィンランドからグローバル・ベンチャー企業をつくる人々のビジネス+IT戦略
http://www.sbbit.jp/article/5469/

自然享受権

みなさん、スウェーデンには「自然享受権」というユニークな権利があることをご存知ですか?

この権利は、「たとえ他人の私有地内でも、所有者の家から見えたり聞こえたりしない場所ならば誰でも自由に自然を楽しむことができる」というものです。

だから、他人の所有地であっても、自由に野山を歩き、水にボートを浮かべ、泳ぐことができ、一時滞在して木の実や花やキノコを摘むことができるそうです。
ただし、「その所有者の財産(樹木、作物、庭園など)を損傷しない」という条件付です。

環境スペシャリストの小澤徳太郎先生の本を読んで知ったんですが、素晴らしい権利だと思いました。

先月、おばさんが留守中、2日に一度は庭の植物に水をやっておいて欲しいとお願いされたので、朝、会社に行く前にバタバタしながらも、雨の日以外はなるべく水をあげるようにしました。

植木を育てているのも、花や草木に毎日水をやっているのも、おばさん個人の自己満足かと思ってたんですが、ふと、窓から外の庭に目を向けると、小鳥達が楽しそうに囀り合っているではありませんか。

そうして初めて、おばさんは、自分で楽しむだけではなくて、小鳥達やそこに生息する虫達に自然を享受させてあげているんだなということに気づきました。

そう思ったら、自然を享受出来る権利を持つのは、何も人間だけではないんじゃないかとふと思ったんです。

動物にも昆虫にも、人間を含む生き物すべてに、自然を享受する権利があるのではないでしょうか?

僕たちが毎日生活する範囲に、人間以外の生き物に自然を享受させてあげられそうな場所はどれだけありますか?

僕が仕事で往復する範囲では、ほんの一部だけです。

僕の生活範囲のほとんどは、人間しか住めないようなコンクリート・ジャングルです。

街中には、取ってつけたような人口的な自然しかありません。

だけど、本来は、自然の中に街があるべきだと僕は思うんです。

このコンクリート・ジャングルがどうやって形成されたのかを考えてみると、動物や昆虫達がいかに居場所を失い、追いやられて悲鳴を上げているのかが見えてきませんか?

おまけに、今は地球の温暖化の影響で、世界中で多くの種が絶滅に瀕しています・・・

僕たち人間達は自然を破壊し、人間様の住みやすいように作り変え、時には地形までも変えてきました。

「人間にとって何の役にも立たないから」

この発想がどれだけ危険なことか。。。

そうやって、例えば、雑草の生えた土の地面が、雑草が生えることも許されないコンクリートに変わって行ったんだと思います。

釧路湿原も、同じように、「人間の役に立たないから」という理由で、「人間の為の開発」がされそうになったそうです。

ずっと前にプロジェクトXで見たんですが、当時、生物博士や地元の方々の尽力により、この開発は中止されました。

釧路湿原がどれだけ多種多様な生態系を誇っているか・・・

絶滅の危機に瀕していたツルやタンチョウ達が飛来し、湿地の中には、イトウ(魚類)、キタサンショウウオ(両生・爬虫類)等、多くの種が生息しています。

今では、特に水鳥の生息地として国際的に大切な湿地に関する条約の「ラムサール条約」の指定を受け、保護されています。

実際に釧路湿原には行ったことがないんですが、同じラムサール条約登録地の沖縄の曼湖には行ったことがあります。
(関係ないですが、Google サーチでの「曼湖」の検索結果を見てみると、何でも2ちゃんねる的に意味の無い低劣なものにしようとする一部の日本人の悪い癖が伺えますね・・・汗)

確かに、マングローブが生い茂っているだけで、あまり美しくは見えないし、一見して人間の役にはたたなそうだなと感じました。

でも、ここは、北方から飛来する鳥達の生命線的役割を持つ超重要な湿原だということを知りました。

しかし、この湿原の上には、絶え間なく車が行きかう大きな橋が何本か通っているのも手伝って、環境は悪化し、年々、飛来する鳥たちが目に見えて減少傾向にあるそうです。

行き場を失った鳥達は一体どうなってしまうのでしょうか?

今ある、掛け替えの無い自然を護り、街を自然の中に埋めるほどに作り変えたい。

そして、人間だけでなく、動物や昆虫、すべての生物の為に、十分な自然享受権を与えてあげたい。

その為に、人間の手で作り変えてきた地球を、人間の手で元に戻す努力をしていかなければならないと思うんです。

自然は、地球に生息する生物に平等に与えられた権利だと思います。

また、こういった権利が平等に護られてこそ、世界が平和だと言えると思うんです。

このことを心に刻み、気持ちも新たに、環境問題に取り組んで行きたいなと思います。

終電車の発車時期

環境スペシャリスト小澤徳太郎先生の【スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」】という本の、「大混乱する日本の年金改革」という部分で、こんな恐ろしい警告がありました。

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「年金改革行きの終電車が発車するのは・・・」という、なんとも意表をついたタイトルの資料が、2004年9月に国際通貨基金(IMF)から出されているのをご存知だろうか、と作家の真田真音さんは、2005年1月9日付けの朝日新聞コラム「時流自論」でつぎのように書いています。

 これは、各国で年金改革に着手すべき時期について、その最終期限を示唆するものだが、年金改革というのは、その国の有権者の過半数が高齢者(50歳以上)になると実行が難しくなるので、その「終電車」が発車するまでに必要な改革を実施すべきだと訴えているのである。
 この資料に示された「終電車の発車時期」、すなわち有権者に占める50歳以上の人口の割合が50%を超える時期は、各国2010年以降で、最も早いのがフィンランドとスイスの2010年。次はアメリカ、ドイツ、フランスの2015年。デンマーク、イタリア、スウェーデンなどの2020年。さらにオランダ、スペインなどの2025年。アイルランドの2035年と続き、最後はイギリスの2040年となっている。
 それなら日本はどうかと気になってくるが、ここには日本が記されていない。なぜなら、わが国の20歳以上の人口に占める50歳以上の割合は、2003年10月1日現在で、50.4%に達しているからだ。すでに終電車は発車してしまったあとなのである。

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日本が向かっている年金改革に安心を感じる人は、正直少ないと思います。

こういった「もう手遅れかも・・・」というニュアンス入りの恐ろしい警告を聞くたびに、将来の不安はさらに大きくなっていきますよね・・・

少子化問題にしても、環境問題にしても、もはや個人レベルで出来る努力では間に合わないほど逼迫した状況に追い込まれているのだと思います。

マジでこれはヤバイ!!
くはぁ、、、どうすればいいんだーーーーっ!?