「北アメリカ」カテゴリーアーカイブ

米フロリダで起きた銃乱射事件の報道を見て思ったこと

このフロリダで起きた無差別銃乱射事件で、100人以上が殺傷されてしまった。 犯人を責めるのは簡単だけど、こういった事件を二度と起こさないためには、やらなきゃいけないことが他にも確実にある。

このナイトクラブはLGBTの人たちの憩いの場でもあったらしいから、あえてそのクラブを狙ったのは同性愛者に対するヘイトによるテロ行為の可能性が高い。(犯人自信がゲイだったという情報もあるけど)

特定の人種や民族、宗教などに対してはもちろん、同性愛者やテロリスト、在日外国人など、一括りにして悪く言ったり憎んでいるグループがあるとしたら、僕たち一人ひとりが改めてないといけないと思う。 そこにはいろんな人がいて、嫌いな人もいるかもしれないけど、好きになれる人も必ずいる。

あくまで対「個人」で見るべきで、集団に対して先入観や偏見を持つべきではない。

逆に、マイノリティだからと言って、かわいそうだとか手厚い対応をしなきゃいけないとか、必ずしも思う必要はない。 嫌いな人は嫌いなままでいいと思うし、ひどいことをされたら怒ったり非難すればいい。

そんなことをまとめた記事を書いたことがあった。

「ゲイ」について考えてみた

 

初級アメリカクエスト2005 -アメリカ西海岸縦断編-

PDFも埋め込めるようになったので、10年ちょっと前くらいに書いたこのアメリカ旅行記も記事にしておきます。

おまけとして…

以下の記事は当時書いたもので、今は亡き新風舎という出版賞のコンクールに応募して入賞一歩手前の「最終審査候補作品」に選出されたことなど書いてあります。

初級アメリカクエスト2005 -アメリカ西海岸縦断編-

 

An Experience of Portland… 日本にいながらポートランドが感じられるお店「PDX Taproom」に行ってきた

昨年11月に渋谷オープンした「PDXTaproom」に行ってきました!「PDXTaproom」は、近年日本でも注目を集めるオレゴン州「ポートランド」のクラフトビール専門店です。

多分、他のアメリカの都市専門のクラフトビール専門店なんて日本にはないんじゃないかと思います。それもそのはず、ポートランドの市内にはマイクロブルワリー(小規模醸造所)が60個もあり、合計で1000種類ものビールが飲めるんです。人口比で言って、ドイツよりも実は多いと聞いたことがあります。

ぼくもポートランドに3年半住み、ポートランドのクラフトビールに魅せられた一人で、日本でも飲めるお店を探していました。ポートランドからの帰国時には空港で持てるだけのビールを瓶で買って帰った記憶があります。

PDXTaproomでは常時10種類ものポートランドを中心としたクラフトビールが楽しめるとあって、ほんとこのお店が出来て嬉しいです!

初PDXTaproomでは、hopworksのIPA とRougeのshakespeare Oatmeal stoutを頂きました。RogueのSoba Aleがなくて残念。パイント1100円、ハーフは700円です。

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地元オレゴンでも話題になっているそうです。ポートランドではないんですが、オレゴン中央部のBendというまちのタウン誌から。

とりあえず、今回は下見程度に行ってみただけなんですが、ポートランドに帰ってきたみたいにほんとに居心地がよく、気軽にビールが飲めるんで、一人でぶらっと行くのもいいかなと思いました。

電源やWiFiもあり、カフェに行く感覚で美味しいクラフトビールを飲みながらMacbook持って会社帰りとか休日にプチ・ノマド・ワーキングするのもいいかなと思いました。

また時間見つけて行きます!

ポートランドについての参考記事:

「オレゴン州ポートランド」が日本で注目され、日本とのつながりが拡がり始めてる!

 

「オレゴン州ポートランド」が日本で注目され、日本とのつながりが拡がり始めてる!

ここ数年、「オレゴン州ポートランド」が日本でも注目されていて、最近になって日本とのつながりが大きく拡がり始めている気がします。

自分は2007年にポートランドに注目(参考ブログ記事:オレゴン州 ポートランド市)して以来、以下の年表のように、かなりポートランドに密着して生きてきました。

2007年9月:ポートランド視察
2008年9月:ポートランド州立大学(PSU)に留学開始
2010年12月:PSUを「コミュニティ開発」専攻で卒業
2011年1月:East Portland Neighborhood Office(EPNO)にてインターンシップ開始
2011年12月:EPNOでのインターンシップ終了
2012年2月:帰国
2013年9月:ポートランド旅行
2014年8月:ポートランド旅行

そんなポートランドがどの程度まで日本で注目されているのかを、ほんの一部なんですが、いくつかご紹介したいと思います。

1.NHK BS1「スペースシップアース」で「持続可能な先駆都市」として大々的に紹介

2.ニューヨークでもないようなディープな内容の日本語ガイドブック「TRUE PORTLAND the unofficial guide for creative people 創造都市ポートランドガイド 」が発売

3.ハフィントンポストにて、保坂展人さんによるポートランドに関するかなりの詳細記事が投稿

4.ポートランド市開発局のチームが日本の地方都市(和歌山県・有田川)に入ってプロジェクトを興している

5.本場のポートランドのクラフトビール専門のお店「PDXTaproom」が渋谷に出来ちゃった

これまで、個人的にポートランドに関する情報発信をしてきましたが、もうする必要がないくらい情報が出回り始めていて、いろんなことが起こり始めています。

こんなことになるとはさすがに予想はしてなかったのですが、これから起こることにもワクワクドキドキしてます。

ちなみに、このアイキャッチ画像は、ポートランドから持ち帰った素材で作った壁紙。適当に貼るだけでアートになります。笑

初級アメクエ2005が表紙や挿絵付きでリニューアル!!!

10年前にしたアメリカ一人旅の紀行文です。

実は、当時、この紀行文を今はなき新風舎という出版社のコンクールに応募したところ、最終選考まで残り、「新たな感動を与える作品」として認定され、表彰されました。

当時は字だけだったんですが、今回、もうすぐ10周年ということで、表紙や挿絵を導入し、10年後の後書きも入れて体裁を整えて自主プロモーションをしようと思い立ちました。これだけの話を自分の胸だけに押し留めておくのはもったいないと感じてます。

使用されている挿絵は、当時の写真をiPhoneのWaterlogueというアプリで水彩画風に画像編集されたものです。実際の写真を載せるより、きっと情景をイメージしやすいと思います。

とうことで、リニューアルされた「初級アメリカクエスト2005」をぜひ読んでみてください。B5版で印刷するとちょうど良いサイズになります。

以下の画像のリンクからPDFファイルが開きます。
Preset Style = 旅行記 Format = 6" (Medium) Format Margin = 小 Format Border = 角の丸み小 Drawing = FOO Drawing Weight = ヘビー Drawing Detail = 中 Paint = ニュートラル Paint Lightness = 普通 Paint Intensity = FOO Water = FOO Water Edges = 中 Water Bleed = 平均 Brush = FOO Brush Focus = FOO Brush Spacing = 中 Paper = FOO Paper Texture = 中 Paper Shading = 中 Options Faces = Enhance Faces

オレゴン州ポートランドが持続可能な先駆都市として大々的に紹介されたBS1「スペースシップアース」、今ならWEB上で観れます!

僕がまちづくりの勉強のための留学地に選んだオレゴン州ポートランド。全米1住みやすい都市として知られ、人口減に悩む都市が多い中、特に若者が続々と引っ越してきてます。これまでの人生で地元以外に3年以上住んだのはポートランドが初めてで、第二の故郷のように特別な思い入れがあります。

そのポートランドが、NHK BS1の「スペースシップアース」という番組で、持続可能な先駆都市として大々的に紹介されました。この番組は4回に渡って放送されていて、ポートランドは最終回の中で最も時間を割いて紹介されました。その放送の全編がここで観れますので、ぜひ観てみて下さい。(いつ配信停止になるか分からないので、お早めに!)


スペースシップアース4 「新たな海図」を求めて 投稿者 tvpickup

この番組で語られているポートランドはまだまだ一部に過ぎず、僕が3年半も現地で暮らしても知らないことだらけで、さらに次に何が起こるか、どんな驚きが待ち受けているのかが全く予想出来ないところが、ポートランドの一番の魅力ですね。

ポートランド時代大変お世話になり、今も現地で塾を経営するKoichiさんもブログでこの番組について紹介されてました。→号外:ポートランドが画期的な都市としてテレビで紹介されました!

ぜひ、この機会にポートランドの取り組みについて多くの人に知ってもらい、自分が住んでいるところでまちづくりをする参考にして欲しいです!

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映画「ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)」を観て迎える9・11

今年も9・11を迎えました。

あの同時多発テロの日からもう12年も経つんですね。航空機がハイジャックされ、世界貿易センタービルに突っ込む衝撃的な映像を、今も覚えています。みなさんは、今年の9・11をどう迎えましたか?

この時期に合わせてか、レンタルビデオ屋に「ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)」が並ぶようになった。

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この映画は、何も考えずに観れば、犯人を追うサスペンス的な戦争アクション映画。僕にはどうしてもリアルなこととは思えなかったんだけど、この映画で描かれたことは実際に起こっていたことで、僕たちも原因と結果を知っている。そう、この映画は、9.11からオサマ・ビンラディンの殺害までの一部始終を描いたノンフィクション映画。

この手のアメリカの映画は、大抵、アメリカの正義を軸に作られるものだけど、この映画は違った。制作側が何かを暗示している訳でも、特定のメッセージを発している訳でもない。実際に起こっていたことをありのまま表現しているに過ぎない。それでも、その実際に起こっていたありのままの事実自体に、強烈な暗示や関連性が込められていた。

僕たちが一般的に知っている事実は、9・11の同時多発テロ事件が起こり、アフガニスタンやイラクなどでの対テロ戦争を通して、10年近く経った2011年5月2日に、同時多発テロの首謀者と言われたウサマ・ビンラディンが殺害されたこと。誰が、いつ、どこで、どのように?というのはあまり知られていない。

僕も良く知らなかった。断片的な情報から、アメリカほどの諜報力や軍事力があるのに10年近くも探し出せないのは、ビンラディンと実は裏でつながっていて、殺害するのを躊躇っているのではないか?という陰謀論を半分本気で信じていた。しかし、実際は、テロリストたちの忠誠心と組織力が想像以上に強く、アメリカのCIAも当初はいいようにもてあそばれていた。

そんな中、ビンラディンの居場所を突き止め、殺害まで導いた立役者がいた。その人は、何と、高卒で何の実績もなくCIAに入り、一つ目のヤマとしてこの難題に取り組んだ、この映画の主人公のマヤという女性だった。

普通のアメリカ映画であれば、(アメリカの正義的に)これだけの功績を残した人物を「正義のヒーロー」として描くだろう。しかし、この映画に出てくるマヤは、人間味の感じられないどこまでも冷徹で無機質な人物。仲間を自爆テロで亡くし復讐に燃えている一面もあったが、普通では到底理解出来ないほどに、「ビンラディン殺害」に執着と意地を見せる。一歩間違えれば、世界を敵にまわしてしまいかねないほどに…

そして、彼女の目的である「ビンラディン殺害」が達成された時に何が起こったか?高卒でありながら、これだけの功績を残したことで、パキスタンからの移動にはマヤだけのために専用ジェット機が用意された。しかし、その機内で初めて、気づいたのだと思う。彼女は、その先のストーリーを全く考えていなかったということを。

「ビンラディン殺害」が完全に目的になってしまっていた。マヤはその目的を達成するためのロボットだった。その目的を達成することによる影響や、その後の世界の可能性など、他のことは眼中になかった。「ビンラディン殺害」はあくまで手段の一つに過ぎず、目的はもっと先にあるべきだったにも関わらず。

この映画を観て、どちらか一方だけに同情や肩入れをすることはとても出来ないと思った。アメリカは、テロリストたちを一方的に「悪」に仕立て上げ、自分たちを「正義」として際立たせようとしているけど、ありのままの事実からは、「悪」対「悪」とも取れる構図が浮かんでくる。憎悪が憎悪を呼び、安全保障が未だに脅かされ続けている今という時代がそれを物語っている。

狙った訳じゃないんですが、数日前に2晩連続でこの映画を観たこともあり、例年とは少し違う感覚で9・11を迎えました。人間が発する情報にはどうしてもバイアスが発生します。そして、その情報に対する個々の解釈の仕方次第で認識が大きく変わり、人生が180度変わることもあります。

人生の軌道を確実なものとするには、ありのままの事実を自らが探求し、常にフェアな解釈をしていける忍耐力が要求されるのだと感じました。それは、この映画の題材に限らず、僕らを取り巻くあらゆる場面で要求される能力のはずです。そのことを心に刻んで、また明日から頑張っていこうと思います。

人生いろいろ(3)30代からの崖っぷちアメリカ留学

僕の30代は、アメリカ留学から始まった。会社とか国とかの後ろ盾や将来の保証があった訳ではなかった。むしろ、会社も辞めて、それまでのキャリアを捨てて心機一転での崖っぷち再スタートだった。

こういう行動を勇敢だと取ってくれる人もいたけど、やはりほとんどの人は無謀とか無責任だと取ったんだろうと思う。目に見える結果が示せるまでは、そういう白い目で見られることを覚悟しなきゃいけなかった。留学期間を終えた今現在も状況は変わってなくて、僕は(勝手に?)そういうプレッシャーの中で生きてる。

留学期間中は、何もかもが守備範囲外で自分のキャパシティを軽く超えるのことの連続だった。言語や文化の壁はもちろん、僕にとっては大学での「世代の壁」も大きく立ちはだかった。大して英語も話せないのに、英会話クラスもろくに受けずに渡米後すぐに学部の3年生からクラスを受け始めたばかりに、想像を絶するほど苦しい思いをすることになった。思い出すだけで尿が出そうで、これは誰にも勧められない…

正真正銘の「ガリ勉」だった。毎日、朝から晩まで勉強してた。それでも時間が足りないくらいだった。アメリカ人学生でもヒーヒー言ってるのに、留学生の大変さはその3倍以上になるはず。留学一年目は、時間があればずっと図書館で勉強していた。テストが近かったってこともあって、結局、ハロウィンパーティらしいハロウィンパーティには参加することなく帰国することになった。

それだけ努力した甲斐あって、最終的な専門科目だけの成績はAが多く、GPAは3.72とアメリカ人学生の中でも優秀な方だった。

専攻した「コミュニティ開発」はそれまでの専門分野の情報科学のキャリアを捨ててまで学ぼうと思った分野だけあって、どの科目ももの凄く興味深く面白く感じた。それと、20代後半で独学で得た知識や経験が、特にエッセーのネタとして生きたのも大きかったと思う。エッセーのネタは尽きることが無かった。

大学が絶対という訳ではもちろんないけど、一つの尺度として、ポートランド州立大学は僕のアイデアや考え方を認めたということだと思う。僕はこれを誇りに思っているし、ただ自慢をしたいだけじゃなくて、アメリカで培ってきたこの知識や経験を、本気で地域のため、日本のために使いたい。その為に、留学まで決行したという背景がある。

(次回に続く)

人生いろいろ(2)自分の守備範囲もキャパシティも飛び越えてみる

僕の本当の人生は20代後半から始まったように思う。それまで、英語もアメリカも、自分には関係のないものだと思っていた。海外旅行なんて姉に付いていったハワイ旅行だけだったし。そんな僕が、半ば会社を無理矢理休んで、アメリカ西海岸縦断の一人旅に出かけた。

9 日間で、サンフランシスコ→ロサンゼルス→ティファナ(メキシコ)→サンディエゴ→シアトル→ バンクーバー(カナダ)を回った。当時、英語はほとんど話せなかった。ハプニングの連続で辛いことばかりだったけど、一人旅ならではの出会いや多くの気づ きがあった。その旅を通して、アメリカ留学を決断した。

大きな目標が出来ると、同じような生活スタイルでも、不思議とマンネリではなくなる。同じ仕事でも、向き合い方が変わる。何かを少しでも吸収しようという緊張感が芽生える。仕事以外でも、少しでも目標に近づけるように活動が増える。フットワークが軽くなる。

そのアメリカ旅行の後も、シンガポール、オーストラリア、香港など、国内だけでなく、海外に積極的に出かけていった。僕の旅はとても過酷でとてもリスクがあり、基本的には一人旅だけど、オーストラリア旅行だけは同行者がいた。ケアンズ→ゴールドコースト→シドニー→パースの4都市を8日間で周るという、ハプニング満載のとても過酷な旅行だった。

そのオーストラリア旅行で、案の定、その同行者から旅の随所でもの凄く文句を言われた。旅が終わってからも、その人を連れていくべきではなかったっていう自責の念をしばらく持ち続けていた。リスクを冒すなら一人でやるべきだったと…

数年後にその人に会った時も、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、思いがけない言葉が返ってきた。「今ではあの旅に連れていってもらえたことを本当に感謝している」と。その人は、エジプトを含め海外のいろんなところに行ったけど、そのオーストラリア旅行ほど思い出に残っている旅はないと言っていた。

人生ってそういうもんなのかもしれない。人生は旅であり、リスクはつきもの。その時は文句たらたらで「迷惑だ」と感じていても、後で振り返ってみると、それが何にも代え難い価値だったと思えることもある。大事なのは、死ぬ直前に自分がどう感じるのかだと思う。

もしそこまで想像力が及ばなければ、ただ「迷惑だ」とかで門前払いをするだけで、未知の体験や価値に出会うことも無くなってしまう。それって、とても勿体ないことだと思う。個人的には、勿体ないどころか、自分にとっても脅威になるかもと感じている。多くの人が固定観念に縛られて本来の能力を発揮出来ないなら、社会はそれだけ正常に回らなくなるから。

20代後半は、こうして自分の守備範囲を飛び越えて、おまけに当時の自分のキャパシティも飛び越えて様々なことにチャレンジする中で、生活スタイルやパターンの劇的な変化があった。

(次回へ続く)

「暇つぶしの親切」の価値

昔、何となく連続ツイートしたけど、ブログに載せ忘れてた記事です。

アメリカに来て受けたカルチャーショックの中に、普通の人が「暇つぶしに親切する労力を惜しまない」があった。全然知らない人に対して、何も見返りを求めずに、道を聞かれたら何も迷惑そうな素振りを見せずに答えるし、困ってそうな人がいたら何のためらいもなく話しかける。

この「暇つぶしの親切」ってすごく重要だと思う。日本の都会では、街中で知らない人同士だと、自然に何かしらの交流が起きることは少ない。その分、「暇つぶしの親切」の機会が失われているってこと。物理的に多数の人が同じ場所にいても、ソーシャル•キャピタルが乏しい状態には変わりない。

ソーシャル•キャピタルが豊富な社会では、こういった「暇つぶしの親切」が街中のあちらこちらで自然発生し、コネクションをフル活用して、モノやサービス、情報などを、もらったりあげたり交換したり出来る。

「暇つぶしの親切」って、何も「人助け」という気高いものではない。その人にとってはただの「暇つぶし」なんだ。それで、ついでに助かる人がいれば最高だと思う。

日本とアメリカで、人々が「迷惑」だと感じるレベルが大分違うと感じる。日本人は恐らく極端に「迷惑」だと感じる度合いが大きい。他人へのちょっとした交流や親切がトラブルの元だとしか思えないと、有用な機会さえも逃してしまう。