ロンドン帝国の残した負の遺産

今日、Urban Planning: Environmental Issuesクラスで、19世紀のロンドン帝国について学びました。
このクラスで扱っているCities People Planetという本では、この当時のロンドンを、持続「不可能」な開発の為の最大の貢献都市として描いています。
この時のロンドンが残した負の遺産は、実は今でも当たり前のようにそのまま生き続けています。

その負の遺産の一つ目は、産業革命により、モノの大量生産が可能になってしまったこと。
今でも当たり前のように、大量生産ー大量消費-大量廃棄構造が存在して、多くの都市が持続「不可能」な都市の街道を突っ走ってますよね。

二つ目は、グローバル・トレードをやり始めたこと。
世界を舞台としたトレードは、エコロジカル・フットプリントを劇的に拡大します。
当時、ロンドンは、世界の大陸を、自分たちの庭のように考えていたらしいです。

北アメリカとロシアの平原をトウモロコシ畑として、シカゴとオデッサを穀倉地帯として、カナダとバルト諸国を用材林として、オーストラリアを牧羊地として、アルゼンチンと北アメリカの西平原を牛の群れの為として、ペルーを銀、南アフリカを金の為の地として、インダスと中国は茶の為の地と考えていた。さらに、コーヒー、砂糖、そしてスパイス農場としてのインド、ブドウ園としてのスペインとフランス、地中海沿岸地域を果物園として、アメリカ南部が長らく役割を担っていたコットン生産地は、さらに暖かい地域ならどこへでも拡大させる。

残念ながら、ここまであからさまでないにしても、日本でも当たり前のようにこういうことが行われていますよね。
それも、自国に有利なようにトレードをする味をしめてしまったことが、後に恐ろしい世界規模での悲劇を生むことになり、今でもその悲劇は続いています。

ロンドン帝国が残した負の遺産三つ目は、し尿の処理の仕方と、肥料の選択についてです。
産業革命により人口爆発が起こったロンドンは、し尿の処理に頭を悩まされ続けたらしいです。
それまでは道にそのまま捨てていたらしいんですが、人口が増加していよいよそれじゃ間に合わなくなり、フラッシュトイレが発明されてからは、大量のし尿がそのまま川に流されるようになりました。
何百万人ものし尿が流されるので、川でさえもそれらで埋め尽くされるようになったそうです。
紳士の国とはとても言いがたい有様ですよね。

そこでロンドンがした決断が、それからの世界の持続可能性を大きく狂わせることになりました。
ロンドンは、さらに技術を駆使して、し尿を街の外へ押しやる選択をしたのです。
「汚いものは、見えないところに隠す」
今でも、一般的に、これが紳士としての決断として当たり前と考えられているかもしれません。

でも、し尿は、実は素晴らしい肥料になります。
そのかけがえの無い肥料を使わずに、自動車以上にオイルを消費するという「人工の肥料」を使う決断をしたのです。

人間がいる限り、「食べる」「糞をする」ということがなくなることはありません。
持続可能な社会を実現する為には、「食べる作物を生産する為の肥料としてし尿を使う」というサイクルが必要不可欠なのかもしれません。
江戸時代にはこのサイクルがあったようです。
それも手伝って、江戸は250年以上もの間、見事なほどの持続可能な社会を実現していました。
残念ながら、今は、このサイクルの流れはほとんど絶たれていると言えるでしょう。

今でも、し尿の処理といい、肥料の使用的にもこれが世界のスタンダードだと思います。
発展途上国の多くも、これがスタンダードとして求めていると思います。

都市が持続可能かどうかはともかく、し尿を使った作物を食べるのが不潔と考えるのが紳士なのか?
それとも、持続可能な都市を実現する為に喜んでし尿を肥料として使えるのが紳士なのか?
個人的に、すごく論じてみたいテーマでもあります。

ロンドン帝国の残したこの三つの重大な負の遺産は、今でも当たり前のように生き続けています。
あまりにも当たり前のように行われているんで、当然のことだと錯覚しがちですが、この遺産を背負い続けている限り、僕たちが持続「不可能」な地球への貢献者になり続けることになるのだと思います。

それが分かったところでどうすればいいのか分かった訳ではないけど、この授業をとってこのことをしっかり学んでおいてよかったと思いました。

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