長年、不思議に思ってることがある。ある人はいろんな分野で才能を開花させて活躍してその勢いは止まることを知らず、またある人はほとんど才能を開花させることなく一生を終える。それは、生まれる時に与えられる能力で決まってしまうのだろうか?
様々な分野で実績を残し「万能」と言われる代表的な人物といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチだと思う。彼は、「最後の晩さん」や「モナ・リザ」などの数々の不朽の名作を残した芸術家として知られているが、その他に、科学、生物学、人体解剖学、飛行技術、機械工学、兵器開発、建築デザインなど、相当幅広い分野で活躍した。
これらは、彼が天才だから出来たことなのか、それとも何かのきっかけで誰もが彼と同じように万能になれるのだろうか?
ずっとレオナルド・ダ・ヴィンチについて知りたくて、ちょうど、東京富士美術館で以下のダ・ヴィンチ関連の展示が行われていたので、観に行ってきた。

正直、アンギアーリの戦いの絵画の方ではあまりピンとは来なかったのだけれど、「天才ダ・ヴィンチのひみつ」展の方では、彼の人生や生きる姿勢がリアルに響いてきた。
僕が感じた彼の万能の秘密は「好奇心」と「探究心」。
彼は、絵画においての人間の動きをよりリアルに表現するために、人体解剖もした。彼の絵画への飽くなき探究心は、当然のようにそのまま目に見える範囲のものを忠実に描くだけでは済まなかった。人間の筋肉の動きなどをよりリアルに描くには、人間の体の内部のことも知る必要があったということだ。
また、彼は、印刷機や自走車、自転車のギアの原型となるような変速機など、様々な発明もした。確か、水平を図るツールもあったはずだけど、恐らく、何かを成し遂げるために必要になるツールを自分で自作していったのだと思う。現代社会はこういったツールは何でも揃ってるように見えるけど、彼と同じような好奇心、探究心を持っていれば、まだまだ未開のツールが必要になるはず。果たして、そういうツールを自作しても成し遂げたいことが僕らにも持てるだろうか?
ダ・ヴィンチの生まれ持ったものがすごかったとしても、僕たちにも彼と同じくらいの好奇心や探究心を持つことは出来る。問題は、世間体や固定観念に囚われず、好奇心や探究心を抑えることなく行動していくことは出来るかどうか。
僕は、どれも中途半端だけど、自分でも信じられないくらいいろんなことが出来るようになった。音楽は演奏だけじゃなく、作曲も出来るし、原稿用紙300枚にもなる本も書いたこともある。パソコンを使ってチラシやブログのデザインもしたこともあるし、ローカル市民メディアや定期フリーライブイベント、地域の音楽祭も企画して実行したことがある。
アメリカ留学経験で英語も習得し、大学の課題で数々の英語の小論文を書いて好成績を修めたし、東証一部の全社研修で大勢の前で講師としてプレゼンも出来るし、会議においてのファシリテーションや英語などの指導、業者との折衝も得意だ。インドアな活動だけではなく、地元平塚から仙台までのサイクリング往復ツアーなどで体力や身体能力なども示せたし、数々の海外一人旅でサバイバル能力も証明できた。
生まれ持ったものが特別ない僕でも、これだけのことが出来るようになった。ある時から、つまらない世間の常識とか習慣とかに囚われず、何でも果敢に挑戦するようになった。その時から、必要があれば会社のルールだって変えられると思うし、政治だって自分の手で変えられるというイメージを持っている。自分の将来やりたい職は現状では存在せず、自分で作るしかないと思ってるし、そのために必要になるツールも自分で自作する必要があると思ってる。周りに嘲笑されてもバカにされてもやり続ける。
自分のそういった体験から、実は、何かのスイッチを入れれば、誰でもダ・ヴィンチのように万能になれると密かに信じている。そのスイッチとは、自分の中の固定観念の壁をぶち破り、好奇心や探究心を台無しにせずに行動すること。それをするかしないかで、ある人は万能になることができるが、またある人は何もなし得ずに人生を終えることになる。
本当にそうだとしたら、あなたはどう考え、今後どう生きていくだろうか?