恩恵を受け続けるだけじゃ、それが当たり前で感謝出来なくなってしまう。

SGIのうちの支部の御書講義に参加してきた。普通のおばちゃんたちなのに、話の内容がかなりハイレベルで改めてびっくり。メンバーのお宅で笑いの絶えない朗らかな雰囲気なのに。まぁ、話の内容がハイレベルだと思っているのは僕の個人的な価値観に過ぎないかもしれないけど。 

あるSGIの婦人の息子さんはSGIの庭で育ったけど、SGIに対して感謝することが出来なかった。そんな息子さんが大学で教授と議論を交わすようになり、結論的な部分を聞き出せた時はいつも、その答えに親しみを感じたという。実は、それは仏法者である母親が何度も言い聞かせてきたことだった。 

大学の教授が一概に立派とは言えないけど、仏法者ではないとはいえ、真剣に生き、自他共に様々な経験をしている人は、自ずと仏法的な結論に行き着くのだと思う。そういった結論的なものを直で学べるとしたら、それ以上に貴重な機会はないかもしれない。 

創価学会の庭で育つと、いろいろと恩恵があるのに、それが当たり前のように感じるようになってしまいがちかもしれない。でも、おばちゃんでも、実はもの凄いことを言っていたりする。僕は、創価学会の庭で育ってきた訳ではないので、そのすごさやありがたみが直で分かる。

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