3・13という実際の誕生日と同じくらいの意味を持つ日

The First Sight

3年半に渡るアメリカ生活から日本へ帰国し、1年が経ちました。
そして、創価学会に入会し、仏法を実践し始めてから8年が経ちました。
3月13日という日は、僕にとって、実際の誕生日と同じくらいの意味を持つ日です。
毎年、この日を何かの節目としてきました。
だからと言って、毎年、着実に思い通りに生きていけてる訳ではありません。

8年前、信心を始めた当初、自分の蘇生とも呼べる内なる変化に驚きました。
まさに、恐いものなしでした。
その時にしたのが、今、再投稿しているアメリカ西海岸縦断の一人旅です。
信心するとすぐに現れるという「初心の功徳」は、僕にとってこの旅のことだったと思ってます。

それ以降、数年は恐いものなしでこれでもかってくらい精力的に様々なことに挑戦しました。
本や新聞を読んだり、社会問題などのテーマの講演会に参加したりして、もの凄いスピードで様々なことを吸収していきました。

このままばく進し続けられるかと思いきや、そうも行きませんでした。
元々、入会前から、「信心すると幸せになれるけど、その分、忙しくなるし、苦労も増える」と聞かされてました。

さらに、信心には二つの山があり、一つ目の山である「初心の功徳」を堺に、次の山を登り始めるまでは坂を転げ落ちる、ということも聞いてました。
不思議なくらい、そうなっています。

アメリカ留学なんてしなければあんなに苦労することはありませんでした。
まちづくりなんて、誰かに任せてしまえは、そんな悩みからは解放されます。
ボランティアなんてせずに自分だけの利益の為に行動すれば、時間も労力も節約出来ます。
学会をやめてしまえば、友達も離れていかないし、新たな友達も作りやすいかもしれません。

実際に、僕は苦労する道を選んでいます。
あえてそうしているのか、ただのバカだからなのか、自分でも分かりません…
あれから8年経った今、環境は良くなったとは言えないし、悩みや苦しみは絶えません。

ちょうど花粉症が辛い時期っていうのもあるんですが、なかなかモチベーションがあがりません。
入会当時のように何でもどん欲に挑戦し、吸収出来ないし、「恐いものなし」ではありません。
それどころか、正直、行き詰まっているし、恐いものばかりです…
自分のアイデアや考え方に自信があっても、これだけ相手にされないってことは、自分が頭がおかしいのかもしれない、って思うことも多々あります。
そういう心境も実際にあって、隠す気はありません。

でも、それでも理想は膨らむばかりなんです。
理想と現実のギャップがこれほど開いてしまったことはないかもしれません。
現実がなかなかついてこなくて、そのぶん辛く苦しくなるばかりです。
でも、それでも理想を高く持ち続けることで、実はその分、前進も早い。

人間の成長とか蘇生って、そういうことなんだと思う。
理想が高くても現実がついてこなければ、諦めたり、ズルをしてごまかそうとするもの。
でも、本当に成長出来る人は、どんなに理想と現実のギャップがあっても、進み続ける人なんだと思います。
僕はまだ道半ばで、途中で諦めたりごまかしたり、あるいは結果的に間違った方向に向かってることに気づくかもしれません。

どんな形になっても、僕の生き様を見ていて欲しい。
10年後、20年後、あるいは死ぬまでに、どれだけ理想に近づけるかを。
この先、本当に二つ目の山を登り出すことがあるのかを。
どれだけ社会や環境に変革をもたらせるのかを。

そして、仏法を実践することによって、どれだけ人は幸せになれるのかを。

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