自信とプライド(2)「引きこもり」に多いと思われる傾向性

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「自信とプライド」というテーマで始めているシリーズ投稿。
初回は『「自信」と「プライド」の違い』について書きました。

「プライド」は、他者との相対関係で自分を捉えるもの。
それに対して「自信」は、自分に対して絶対的な捉え方をした結果ということ。

今回は、「プライドが高いわりに自信がない」ケースについて書こうと思う。

「自信」と「プライド」の関係に興味を持ったきっかけが、精神科医の斎藤環さんの「ひきこもりの人たちは自信がないのにプライドが高い」というつぶやきから。
「高いプライド」に対して「自信がない」タイプの人は引きこもりになりやすいという。

例えば、この場合の「プライド」を「負け組ではないこと」と仮定すると…

今の世の中、「勝ち組」になれるのはほんの一握り。
勝ち組でも負け組みでもない中間層に安住するのも簡単ではない。

少しでも気を抜けば負け組みに滑り落ちる危険性は常にある。
「負け組にいる自分」をプライドが許さないなら、そういった恐怖と常に隣りあわせで、しかも不断の努力が必要になる。

自分にその自信があれば乗り切れるかもしれない。
だけど、その自信がない場合は、その余計なプライド故に、自分の中で整合性が取れずに、社会から自分を切り離さざるを得なくなるケースも出てくるはず。
その余計なプライドがなければ、「別に負け組みでもいいじゃ~ん」みたいな感じで済んでしまう問題かもしれないのに…

だからと言って、「プライドが高いわりに自信がない」傾向性のある人が少なくないのを、彼ら自身の自己責任で片付けるわけにもいかない。

先ほどの「勝ち組」「負け組」の例でも、「正社員以上ではなければ一人前ではない」というような風潮が社会に蔓延していて、小さい頃から嫌でもそういう意識が植え付けられてしまう。
そういう形で、その人を取り巻く環境から余計なプライドが形成されることも十分に考えられる。
「自信のなさ」に陥る背景にも同様に環境要因が確実に存在する。

だから、もし引きこもり状態に陥ってしまった人が自力でその状態を抜け出すことが出来ない場合は、そういった環境要因(特に両親の考え方や接し方)をどうにかする必要がある。
ただ、それはあくまで治療的なものでしかなく、予防をするなら、家庭内やその周辺だけでなく、社会全体で環境(関係)を改善していく必要があると思う。

「社会全体の環境(関係)」ということは、当然、あなたも僕も含まれる。

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