やがて死にゆく人に対して進んでケアしようとするモチベーションって何だろうか?
それも血のつながりもなく、元々知り合いでもない他人に対して…
先週から週に一冊のペースで読書キャンペーンを始めている。
最初に読んだ本は、「ラスト♪ソング -人生の最期に聴く音楽-」という本。
この本は、米国認定音楽療法士の佐藤由美子さんが語る、実際の音楽療法現場で起きた患者さんとの感動のドラマを収録した本だ。

音楽療法とは、必ずしも死にゆく人のためのケアのためだけではないと思うけど、この本を読んで、音楽療法士が奏でる音楽が人の生死にすごく影響があるということを知った。
意識のないまま寝たきりの老母テレサの介護を続ける兄妹のストーリーでは、佐藤さんが初めて音楽を奏でた後にテレサが静かに息を引き取ることになる。
ある意味これは自殺幇助になりそうだけど、その裏で、佐藤さんの音楽が親子の間の意思を疎通させ、老母は安心して逝く準備が出来たのだと思う。
人は自分の死期をコントロールすることが出来るのだろうか?
高校卒業前の子を持ち、余命宣告をされ闘病生活を送っていた若いシングルマザー・ハナのストーリー。
息子のライアンが高校の卒業式を迎えるまでは生きたいと願っていた。
アメリカでは高校を卒業したら、子は親の元から巣立つものらしい。
逆にいうと、子どもを高校卒業まで導くことが親の責任だと考えられている。
6ヶ月の余命宣告に対して、卒業式まではまだ1年ほどあった。
しかし、結果的に(病棟での)卒業式の数日後まで生きながらえた。
その間に、佐藤さんの音楽療法がどれだけ闘病中のハナへの励みになったかは計り知れない。
そして、その後のライアンの人生への影響も…
音楽療法士に限らず、やがて死にゆく赤の他人にケアを施していくモチベーションとは一体何だろうか?
一つは、単純に「仕事」として割り切ってのモチベーションが挙げられると思う。
これはごく当然のことで、こういうモチベーションだとしても後ろめたく思う必要はないと思う。
二つ目は、やがて死にゆく人に寄り添い、人の死に触れることでかけがえのない気づきがあるということ。
つまり「自分のため」というモチベーション。
難病のALSとの苦しすぎる闘病の中でも笑顔を絶やさず前向きに生きる患者や、その他、死が間近に迫った人から発せられる言葉から学べることはものすごく多いと思う。
死の準備ができていない患者から発せられる言葉に影響され、グリーフに苦しみ、それを乗り越えようとすることでさえ、かけがえのない経験になるはず。
この本に綴られている実話は、筆者の佐藤さんに多くの気づきや体験をもたらし、それを書き起こすことによって、自分の中で昇華していったのだと思う。
3つ目は、これまで紹介してきた2つのストーリーのように、死にゆく本人の周りの人間への影響が社会を通して巡り巡って自分に帰ってくるという考えから来るモチベーション。
この2つのストーリーで言えば、老母を介護していた兄妹とシングルマザーの子どものその後のことを想像してみるといい。
実際はどうなったのかは分からないけど、佐藤さんの音楽療法のケアがあった場合となかった場合の彼らへの影響はとても大きいと思う。
佐藤さんのように、こういったケアを施そうとする人が増えたら一体どうなるのかを想像してみるのも大事だと思う。
4つ目は、宗教的な話になるけど、死後の世界をどう捉えるかという問題で、肉体は朽ち果てても生命は永遠に続くと考えるならば、やがて死にゆく人でさえ来世に向けてまだやれることはあるということになる。
逆に、「死んだら無になる」と信じれば、やがて死にゆく人に施すケアは無意味なものとなり、更なるモチベーションは生まれないと思う。
死後の世界について、ひとそれぞれ何かしら信じているものがあり、どう捉えるかによって行動や生き方が変わるはず。
個人的には、どうせ信じるなら、自分がより豊かな生き方が出来る方を選ぶ。
だいぶ散文になってしまったけど、この本を読んで感じたことはここまで書いてきたとおり、「やがて死にゆく人にケアを施すモチベーションはどこから生まれるか?」ということだった。
このテーマを掘り下げるのにどれだけの意味があるのかは分からないけど、メモがてら書き残せてよかった。