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第1回「平塚ダボス会議」の模様をツイッター上で取材!

平塚のまちづくりを考える第1回「平塚ダボス会議」が18日(日)に行われました。
筆者は別の用事があり参加出来なかったのですが、ツイッター上で取材を行ってみました。(アマチュアの市民記者としてはこういう取材手法もあり!?)

世界を代表する政治家や経営者が一堂に会する世界経済フォーラムの年次総会「ダボス会議」の平塚版で、実行委員長・河野太郎衆院議員を中心に、市長、商工会議所会頭、福祉・医療そして教育関係の有識者が集い、約150人の参加者と共に平塚市の将来像を議論しました。

会議のテーマは「選ばれるまちになるために」 で、以下のようなプログラムで行われたようです。

09:00~9:57 オープニングセッション@3F大ホール
10:00~11:10 全体会議1(産業)@3F大ホール
11:15~12:35 全体会議2(教育)@3F大ホール
12:35~12:45 昼食引き換え@3F大ホール
12:45~13:40 ランチトーク(七夕 市街地)@3F大ホール
13:45~15:15 分科会1(高齢者)@2F 特別会議室
13:45~15:15 分科会2(まちづくり)@3F大ホール
15:20~15:30 クロージングセッション@3F大ホール

その他、ツイッター上でのつぶやきを以下に添付しておきます。

河野実行委員長もその気みたいですが、これを平塚市の年次の恒例イベントにしていきたいですね!

twitter.com/FlashNewsKana/status/461631843641470976

twitter.com/szkharuo/status/467786983998095360

twitter.com/szkharuo/status/467921182004486144

twitter.com/FlashNewsKana/status/468149815142936576

 

「みんな自己中になったらいい」

この日記のタイトルを見てどう思いましたか? 

古市憲寿さんという若手の社会学者のことは知らなかったけど、彼の記事(ow.ly/7cg3h)がBLOGSで「みんな自己中になったらいい」という見出しで紹介されていた。 

僕が見かけたツイッターのつぶやきでは、この記事は評判が悪かった。「若手の社会学者と聞くだけでうんざりする」とか…確かに、この見出しだけで勝手なイメージを持ちそうだけど、その前に中身を読んで彼の意図を見極めるべきだと思う。 

古市憲寿さんが、若者が「みんな自己中になったらいい」と言った意図は、「日常の中で変に空気を読んで自分の欲求を妥協したりトラブルを回避するより、みんなそれぞれ好きに生きてぶつかり合いながら様々なことを学びあっていく方が結果的に楽」ということだと解釈した。個人的には、とても同意。 

彼の研究はまだ未熟な部分はあるかもしれないけど、全否定なんてとても出来ず、個人的には勉強になる部分が沢山あったと感じた。

映画「第9地区」に関する一連のつぶやき

「第9地区」は、新人監督、無名俳優、完全オリジナル脚本など、低予算で製作され、ほとんど当たる要素がないにも関わらず、最終興収1億1500万ドルを超える異例の成功を収めた映画。映画でも住宅設計でも何でもそうだけど、それに関わる人たちがどれだけ魂を込め、主体的に関わるかなんだと思う。

「第9地区」を観た。二度目。一度目は映画館で何も知らずに友達に誘われて観たら、ほとんど話の内容が分からず、トラウマになるくらい気分が悪くなって帰ってきた。だけど、今回、落ち着いて観てみて、大分評価が変わった。あの気持ち悪いエイリアンに対して感情移入するようになるとは思わなかった。

エイリアンが出てくる映画は、大抵、エイリアンを未知の手に負えない存在と描くのが常だった。「第9地区」のユニークな点は、エイリアンを差別の対象とする弱い存在と見ること。そして、強烈な皮肉をこめて、差別をすることがいかに無益なことかを伝えている。

「第9地区」の暴力的な表現には、強烈な皮肉が込められていると思った。フィクションとは言え、僕たちはあれを否定しきれないと思う。南アフリカでアパルトヘイトがあった時、白人たちはきっと黒人たちをあんな風に見ていた。それを現代に置き換えると、本当にあんな絵になるのかもしれない。

あからさまな人種差別を行っていた人が、徐々に差別される側の姿に変わっていったらどうなるか?「第9地区」はそれをとてもユニークな方法で描いている。「悲劇だけでは必ずしもない」というところがポイント。差別される側にしか至れない境地は確実にある。