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第34話 目・と・目・で・通じ合う~♪

パタゴニアで買い物をして、いよいよアメリカ北西部へ旅立つ準備が出来、ロサンゼルス国際空港に向かう為に、まずはビッグ・ブルー・バスの通るリンカーン・ストリートを目指した。

リンカーン通りと交差するアップダウンの激しいマリーン通りを1km以上歩く事になったのだが、この辺りの住宅地もまさにカリフォルニアといった風景で、この辺りに実際に住んでみれば、カリフォルニア州の人達のような外見につられて、僕の姿形までもが徐徐にカリフォルニア形に変形していくのではないかとさえ思えた。

相変わらず全荷物を背負って相当きつくなってきている体に鞭打って、やっとの事でリンカーン通りまで辿り着けたのだが、ビッグ・ブルー・バスのバス停まで行くのに、リンカーン通りをさらに500m程歩かなければならなかった。

バス停に着くと沢山の人がバスを待っていたのだが、バスがなかなか来なくてまたフライトの時間が気になり始めた。

やがてバスが到着し乗り込んでみるとバス内はかなり混んでいた。

混んでいる車内で、僕の近くにメキシカンと思われる女の子がいて、物珍しそうに僕の顔をじっと見つめていた。僕が微笑みかけてもずっと表情を変えずに、その子はじっと僕の顔を見ていた。僕は相変わらずピースをしたりガッツをしたりしてその子にアピールを続けていた訳だが、その子が母親とバスを降りる仕草をして何も分かり合えないままお別れを迎えてしまうかに見えた。しかし、その子が母親とバスの出口のステップに足をかけていよいよ外に出ようする時、その子は僕に向かってとびっきりの笑顔でバイバイしてくれた。僕も思わず顔をクシャクシャにしてその子にバイバイ返しをした。

日本でも、電車の中とかで同じような事があった事をこの時思い出した。子供達には、子供好きの人間から発せられる「子供好きオーラ」が感知できるのかもしれない。それは万国共通だという事も、今回の経験で分かった。

ポートランドに戻ってきました

サンフランシスコでの濃密な4日間を経て、昨夜遅く、ポートランドに戻ってきました。
やっと、フライトの時間に縛られる生活から開放されました。
この一ヶ月ちょっとで、ポートランド→成田→香港→成田→サンフランシスコ→ポートランド、と飛行機で巡ってきたわけですが、その間、フライトの日時を気にしてずっと緊張状態にありました。
それにしては、どこにいてもアグレッシブな旅をしてきたわけですが・・・
ほんと、日記に書ききれないくらい濃密な日々をすごしてました。
こんなに体を酷使して、まだ元気でいられる自分が信じられません。
夏休みはまだ2ヶ月ほどあるし、これから少しのんびり出来るので、少しずつ日記を更新していこうと思っています。

息をつく暇もない・・・

夏休みに入ったというのに、息をつく暇もないほど忙しいです。。。汗
とりあえず、引越しも終わらしたし、最低限のことはしっかり終わらせたので、何とか日本に無事帰れそうです。
明日早朝(6時15分のフライトで・・・)に日本に向かいます。
成田に着いたらその足で香港に向かいます。
そのとき熱が出てたら空港から出れないかもしれませんが・・・汗

やばいー

くふぅ、、、今日は全然勉強が進まなかった・・・
相当濃くて充実した日だったんだけど。
うまいもんも食えたし。

明日も午前中、マストな用事が入ってしまった。
テストは10日まで。
それまでに、ちょっとしたグループでのプレゼンと、ペーパーと、クラス内でのテストが残ってる・・・

テストが終わったら終わったで、一時帰国までやらなきゃいけないことが沢山・・・

ひょんなことから、また引越ししなきゃいけなくなってしまったし、
ルームメイトと最後にライブも観に行く予定だし、
児童買春関係のレポートの翻訳も頼まれているし、
ゲイプライドパレードにも参加しようと思っているし、
香港旅行のプランニングもしなきゃいけないし、
日本滞在の予定も決めなきゃいけないし、
一時帰国する荷造りなどもしなきゃいけないし、

・・・・・・

それを4日ほどで完了させなきゃいけないっていうのは、今から恐怖すら感じられますね・・・汗
それも、ポートランド国際空港からのフライトの時間が、どうやらまだ電車が走っていない時間っぽいんですよね・・・汗汗汗
どうなるんだろう。。。

まぁ、自分で選んだ道なので、責任を持って乗り切るしかないですね。

誰か一緒に香港に行きませんか?

もうすぐ念願の一時帰国をする予定なんですが、成田に到着したその足で、そのまま香港に行こうと思っています。
チケットと燃料代が安かったていうのと、成田-自宅間の往復する時間と費用が節約出来るからという理由なんですが・・・

HISのオンライン予約で簡単に予約できました。
http://www.his-j.com/index.html

具体的には、6月16日の夜のフライトで香港に向かい、6月20日の朝のフライトで帰ってくる予定です。
チケットを含めてフライトにかかる全費用は、全部込みで14,395円と相当格安なんですが、どなたか、時間があって興味あれば一緒に行きませんか?

香港でも、格安のユースホステルに泊まる予定です。
8人部屋とかですが、一泊1000円くらいです。

興味あれば、ご連絡ください!

【追記】
今HISのサイトを確認したら、7800円の航空券は終わってしまったようです・・・
でも、14000円のはまだあるんで、それなら、フライトにかかる全費用が22,270円ですみます。
もし、この条件でも行きたいという方がいれば、連絡ください!

あ、ちなみに、航空会社未定のチケットなので、同じ便で行けるかは微妙なんですが、現地で待ち合わせして問題なく合流できると思います。

今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます。
今年はアメリカで新年を迎えました。

2008年は、2007年に続き、波乱の年でした。
なにしろ、2008年は無職でスタートしました。
留学準備と称して半年近く無職をしました。
この経験から分かったのは、働く気のない無職は、たとえ信心をしてても生活が堕落するもんだということですね・・・

2008年後半からは別人のように休むまもなく動き回りましたね。
江ノ電でのバイトをしながら、学会のメンバーの人材育成のサポートに奔走し、アメリカに行く前の一ヶ月で友人に50人会うという目標を達成し、青春18切符をフルに利用した旅を決行し、アメリカに行く荷造りは1日にも満たないような状態でアメリカに来ました。

前半戦と後半戦のコントラストがかなり大きいですよね。
アメリカへのフライトが決まっていたので、残された日本での時間はどうやっても引き伸ばすことが出来ず、まるで余命宣告を受けた患者のような感覚に陥って、日本で本当に出来る限りの事をしておこうと必死でした。

アメリカに来てからも、本当に死ぬ程勉強しました。
結局、2つのクラスとも「A-」という成績で、Aには届かなかった(PSUでは95%以上がAでした・・・)けど、3年レベルの授業でここまでやれたのは自分でもびっくりでした。
前半戦の堕落した生活の後悔が大きく、それが後半戦への大きなバネになったのかもしれません。

僕は、親の用意したレールを忠実に走ってきました。
親の言うように、大学を卒業し、就職し、同じ会社で6年半働きました。
でも、僕は今、親が用意した道も、誰が用意した道も歩いていません。
僕は自分が必要だと思ったこと貫き通して、規模は小さいかもしれないけど、誰も作ったことのない道を歩き出し始めています。

それだけに、今年も引き続き波乱万丈の年になると思います。

そんなこんなで、今年もよろしくお願いします!

サンフランシスコでプチ宿命転換




まだポートランドに着いていません。
今、サンフランシスコの国内線ターミナルから日記を書いています。(ワイヤレスがただでつながりました。)
経由先のサンフランシスコへのフライトが大幅に遅れたため、そのままポートランド行きに乗り換えられず、4時間以上足止めをくらってしまいました。

せっかくなので、サンフランシスコの街中までBART(地下鉄)で行ってみました。
実は、この地は初めてのアメリカ旅行でとても苦い思い出がある地です。
いろいろあって国内線に乗り遅れたんです・・・汗

詳しくはこちらを参照ください。
http://ameque2005.jugem.jp/?eid=103

でも、今回は余裕を持って計画的に帰ってこれました。
なんとなく苦手意識のあった地ですが、今回の挑戦で乗り越えられたと思います。
いやまだ油断は出来ないな。

それに、先ほど、空港でクラムチャウダーが食べられました。

クラムチャウダーについてのエピソードはこちら
http://ameque2005.jugem.jp/?eid=98