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世界は「ロンドン帝国の庭」に過ぎなかった

19世紀のロンドン(帝国)は、世界を自分たちの庭のように考えていた。これは、在学中に使った「Cities People Planet」というテキストの荒い翻訳だけど、彼らは「北アメリカとロシアの平原をトウモロコシ畑として、シカゴとオデッサを穀倉地帯として、(続く) 

(続き)カナダとバルト諸国を用材林として、オーストラリアを牧羊地として、アルゼンチンと北アメリカの西平原を牛の群れの為として、ペルーを銀、南アフリカを金の為の地として、インダスと中国は茶の為の地と考えていた。さらに、コーヒー、砂糖、そしてスパイス農場としてのインド、(続く) 

(続き)ブドウ園としてのスペインとフランス、地中海沿岸地域を果物園として、アメリカ南部が長らく役割を担っていたコットン生産地は、さらに暖かい地域ならどこへでも拡大させる。」このように、グローバル•トレードを始め、世界規模で植民地支配や搾取を始めたのは「ロンドン帝国」が最初だ。 

この「ロンドン帝国の残した負の遺産」は、今でも、「経済的な植民地支配」というとんでもなく悪質な形で残り、とんでもないスケールで一部の人たちによる搾取が行われている。忘れてはいけないのが、日本は「加害者」の方だということ。

「野蛮」だと感じるポイントと許容範囲の違いについて

ポートランドでこれだけOccupyムーブメントの占拠活動が盛んなのは、「汚ない」とか「野蛮」という意識のレベルが違うからかもしれない。元々、街中には、日本人の感覚では、ホームレスに見えるような汚くて野蛮そうな人ばかり。だから、抗議活動にも、変な抵抗が無いんだと思う。 

抗議活動も立派な社会変革への手段。社会が崩壊の危機に瀕しているときに、「抗議活動は野蛮な行為」だとか言って何も行動しない人こそ野蛮な人なんだと思う。他に方法が思いつかないなら、汚くても野蛮なに思えても、やるっきゃないんだ。 

人口問題から派生する諸問題を解決するには、人間を大量虐殺するか、活かし切るかしか選択肢が無いのかもしれない。「人間を大量虐殺」なんて発想が出来ること自体が野蛮に感じるかもしれないけど、僕たちは「無関心」という手段により既に大量虐殺を行っている可能性がある。 

映画「ブラッドダイヤモンド」で、アフリカの都市で、プライバシーがほとんど無い環境で「死」も「性」もむき出しな「野蛮」だと思わせる場面が出てくる。でも、良く考えてみれば、資源もスペースも独り占めしてプライバシーを最大限に満喫している僕らの方が野蛮だと感じることがある。 

虫を極端に嫌う人が多いけど、虫がいない環境って、むしろ野蛮である証明ではないだろうか…昔、そこに何があったのかを想像してみれば、そう思えるかもしれない。 

コンポスト作りを体験してみると、いかに自然の法則を無視した日常を送っているのかに気づく。汚いもの、都合の悪いものをただ見えないところに押しやるのは野蛮な行為だと思う。ブログ記事「ロンドン帝国の残した負の遺産」bokudeki.me/essay/mainessay/306/