「偏見」タグアーカイブ

「中古」の価値

新品と中古が同じ値段だったとしても、中古の方が価値があると考えるパターンがあってもいいと思う。「中古の方が価値がある」という可能性について考えてみたい。もちろん、場合によるだろうけど。 

個人的には、何かを買うとき、中古のものを先に探す。「安いから」というのもあるけど、「環境に出来るだけ負担をかけずに済む」というのが主な理由。別のいい方をすると、「新品のものを買う」ということは、環境に負担をかけることなんだと思う。そのくらいの覚悟をして新品を買うべき。 

食品など腐るものや明らかな消耗品は除けば、腐らず半永久的に使えるものということになる。そういうもので新品を買うってことは、将来のゴミを増やすということ。中古で買えばゴミは増えない。深刻さを極めるゴミ問題を考えれば、中古で買う価値は確実にある。 

偏見かもしれないけど、固定観念で嫌いなのものに「ブランドものの新品がいい」ってのがある。個人的に、Goodwillで買ったものは、値札をそのまま貼ってGoodwillブランドとして使っている。Goodwillとは、ゴミ同然の寄付されたものを中古で安く売り出す非営利団体。

アメリカ人が好きそうな映画について

偏見があるかもしれないけど、実は、アメリカ人が好む映画がほとんど嫌いだったりする。サイエンスフィクション、スペースファンタジー、スーパーヒーローもの、ゾンビものなどの人間が人間らしくなく簡単に残酷な方法で殺される映画など。

映画の「ゾンビランド」を観たとき、あの映画はもはや人間の尊厳ゼロだなと思った。ゾンビはもはや人間じゃないといえるかもしれないけど、元は人間だった存在をあれだけ派手に殺しまくる映像を観て、喜べるもんなのかなと正直思った。自分自身の価値に対しても安売りしているようなもんだ。

スーパーヒーローものも、特定の人だけが特別なことを成せる能力を持てるっていうのが嫌い。個人的には、そんな特別な存在になりたくもないし、憧れもしないし、そんな存在を待ち望みもしない。僕のような何でもない無数の民衆が、自主的、自発的に繰り広げるドラマは好きだけど。

サイエンスフィクションやスペースファンタジーは、あまりにも科学がクローズアップされ過ぎて、市民の決断より科学者や専門家の決断の方が上位に位置するような世界観が嫌い。いくら技術が発達して夢があるといっても、人間が科学の奴隷になるようなそんな世界に憧れは持てない。

アメリカの堕落は、国民の好む映画のこういった傾向からも、原因が分かりそうな気がする…

ルームメイトはゲイ

家賃を抑えるため、同じベッドルームにルームメイトがいますが、最近、彼がゲイだということが分かりました。
彼をルームメイトに決めた時は気付かなくて、しばらく気付きませんでした。

さすがに、男同士で抱き合っているところを見た時はびっくりしたけど、まぁ、男女で抱き合ってるところに偶然出くわした時もそのくらい驚くかなと思った。

彼とは同じ部屋でベッドを並べて寝ています。
彼は鳥の胸肉など筋肉を付けるためのものばかり食べる筋肉質の人です。
か弱い僕が襲われたら、ほとんど何も抵抗出来ないでしょう。
(これはあくまで設定の話です)

人によっては、この時点ですぐに出ていくかもしれませんね。
でも、僕の場合は、ゲイだろうと全く問題ありませんでした。
ほとんど抵抗が無かった自分にむしろ驚きました。

僕にほとんど抵抗がないと知った彼は、ゲイの友達を家に呼んでかなり大っぴらになってきました。
最低限のプライバシーは守りたいけど、出来る限り自由にさせてあげたいと思っています。

僕に近寄らなければいい?
全然そんなことなくて、むしろもっと仲良くなりたいですね。
実際、彼がゲイだと気付く前より、気付いた後の方が仲良くなれた気がするし。

じゃぁ、僕を好きにならなければいい?
それも、そんなことなくて、こんな僕でいいなら好きになってもらっても全然構わないんです。

ゲイの人は、同じゲイの恋人を捜す傾向があるかもしれないけど、むしろ、「ストレートの男性を好きになって何が悪いんだ!」と思う。
むしろ、それを迷惑がる人の方がどうかと思ってしまう。

僕は、将来、同性が好きになる可能性もあると思っている。
自然にそうなるなら、全く抵抗はない。
さすがに強制的にされるのは嫌だけど、いろんな可能性があっていいと思うんだ。

この体験を通して、昔と比べて本当に偏見が少なくなったなと思った。
自分が弱い立場になることが多くなった上に、弱い立場の人たちとの接点が劇的に増えたからかもしれない。

弱い立場の人の痛みが分かるのって、掛け替えのない財産だと思ってる。

初のヒスパニック判事が誕生

初のヒスパニック判事が誕生
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=922549&media_id=2

これも、アメリカの人種差別の歴史の中で、大きな出来事かもしれませんね!
アメリカは、どの国よりも、他民族・多文化国家であり、人種差別の歴史も先を行っています。
日本がまだ全然経験していない部分ばかりだと思います。
何せ、人類史上初めての経験だっただけに、アメリカは信じられないほどの過ちを犯しましたが、それを経て、大分成熟し始めているような気がします。

同じ歴史を繰り返す必要はどこにもないので、そうしない為にも、日本はアメリカの人種差別の歴史を学び、教訓とするべきだと思います。
外国人に偏見を持ったり差別をしたりすることが、どれだけ自分たちに損なのかが良く分かると思いますよ。

絶望しない生き方

「時代は厳しい。しかし、怯んではいけない。勇気をもって戦い続ければ、いつの日か、今の苦しみを笑える時が、必ず来るのだから。」

偏見や差別を乗り越え、オーストラリアの女性パイロットのさきがけとして活躍したナンシー・バードの有名な言葉だそうです。

苦難の先にあるものを見つめられれば、決して絶望することはない。
それは、希望の灯火を絶やさないということ。
一度体験してしまえば、次なる苦難が訪れても、そのまた先に笑いながら活き活きと自分の体験を語っている自分の姿が脳裏に浮かぶかもしれない。

そんなに多くはないかもしれませんが、僕もこの言葉のような体験をしてきました。
今となっては笑いのネタにもなる苦難の自分史。
僕は、何回か体験して、苦難を体験することが病み付きになっているかもしれません。
その証拠に、今でも僕は、自分なりにですが、苦難の道を選んで突き進んでいます。

実際に、毎日毎日が大変で嫌なことも数多く、苦難の連続であるのは間違いないんです。
でも、いつも前向きでいられるのは、その苦難の先にあるものを知っているからだと思います。

僕の体験からも、この言葉には、「絶望しない生き方」へのヒントが隠されていると思いました。

#046. 僕が変わったきっかけ

僕は、学生の頃とか、音楽を抜いたら何も取り得のない人間で、大学に上がる前まではずっと空気みたいな存在だったと思う。
現に、僕は、高校生の頃、中学生の頃、小学生の頃・・・と、確かに生きてきたけど、全然記憶がないように思う。
人をいじめるような存在でも、いじめられるような存在でもなく、本当に空気みたいな存在だったと思う。
そんな僕が、いろいろ考えて、自分なりの哲学や理想を持ったり、世の中を客観的な視点で見ようとするようになれた。
僕がそうなれた一番大きな影響は、やはり、シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム(out on a limb)」を読んだ事だと思う。
最近、この本を読み直してみたけど、自分でも驚く程、彼女の影響を受けているんだなと思った。
日記を書いたり、変なやつだって思われるのを覚悟の上で、自分で感じた正直な気持ちを書きとめたりすのるって、この本に出会わなければきっとなかったと思う。
それに、真実をどこまでも追究しようとする人間には、必ずその前に立ちはだかる偏見に満ちた人たちがいるんだって事も、彼女が経験した事と全く同じだって事が分かった。

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優木まおみ

まだ良く知らないけど、世界ウルルン滞在記に出ててすごい子だなと思った。
タイの虫を主食にしてる村に滞在して、見事に順応してた。
虫を食べて生活するってのもすごいなと思うけど、途中から通訳なしで生活してたってんだからすげぇなこの子と思った。
僕にはこういう能力がいかにもなさそうなんで、うらやましいなと思う。
それに、僕はやっぱ日本の一般的な常識に支配されてるなぁと思う。
例えば、僕等日本人がゲテモノと言って一切食べない食べ物を、主食として食べる人々がいて、逆に彼等は日本人が食べてるものをゲテモノというかもしれない。
どちらが正しいのか良く分らないけど、僕達日本人は、ゲテモノって言っている食べ物の本質を知らないと思う。
ひょっとしたら、西洋医学に革命を起こすほど、体に良いのものかもしれない。
何かすごく話が脱線したけど、こういう常識の壁とか偏見とか先入観とか無ければ、すごく得なんだろうな。
この子が出演した世界ウルルン滞在記を見た限りは、この子には、こういう壁が少ないんだろうなと思った。
世界ウルルン滞在記の話しかしてないけど、本業はインディーズでかなり売れっ子の歌手らしいです。。。
moov.jap.co.jp/yuuki/

#017. 夢

テレビで、夢が”憧れのあの子と高級車でデートする事”っていう人がいた。
彼は、テレビの力で夢を実現した。
僕は何て小さい夢だと思ってしまった。。。
でもその時、そういう僕はどうなんだろう?って思った。
僕は大きいのか小さいのか分らないけど、僕は、”心の壁を完全になくす”ってのが今は夢だなと思った。
ちょっと前に、『生命38億年スペシャル“人間とは何だ!?”』っていう番組で、
サヴァン症候群という病気の人達が紹介されていた。
彼らには、心の壁が存在しないらしい。カレンダーの計算を瞬時に行ったり、
過去の天気を正確にを当てたり、タウンページみたいな電話番号、
住所録をすべて記憶したり・・・心の壁がないからそういう事が出来るらしい。
心の壁って”バカの壁”って本のそれだ。彼らは会った人や見たもの、
聞いた音楽、得た知識を決して忘れないという。見た事、
感じた事を100%そのまま受け入れる事で、すべての事、物が違った風に感じられるという。
僕は、こんな事って素晴らしいなって思う。
でも、彼らは病気で、僕等は彼らを軽蔑するかもしれない。
でも、最近、僕は、今の人の何に関しても他人事なところとか、
何に関しても慣れきってしまってる事とか、進んで助け合う事をしないところとか、
むしろ僕等のが病気で、彼らのがより人間らしいんじゃないかと思う。そう信じたい。
僕にもすごく心の壁がある。偏見を持つ事もあるし、人を見下す事もあるし、
物事をすぐ否定するし、人を嫌いになる事も多々ある。
でも、最近、こういう心の壁を持てば持つほど、自分らしくなくなるような気がする。
人間にとって一番不幸なのは、自分らしくなれないで、自分を偽りながら生きて行く事だと思う。
自分らしくいれば、周りも自分らしくいやすいし、周りが自分らしくなれば、自分も自分らしくいられると思う。
こんな感じにするのが僕の夢かな。