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創価学会の家庭での子育ての難しさ

僕が見てきた範囲だけの話だけど、創価学会員で、信心深いように見える家庭ほど、子供が反発したり、無気力になったりしているような気がする。一時的なもので、結果的に立派に育つ場合も多いけど、この関連性はあると思う。理由は様々あると思うけど。 

まず、「親が信心しているようで実は誤った信心をしている」という場合。例えば、いくら教義が正しくても、強制的な押しつけでは思い通りの結果は出ない。次に、「活動が忙しくて子供に構ってあげられない」という場合。他人の為に駆け回る実は立派な親に、子供が気づけないケース。もちろん、創価学会の悪い噂を聞いたり差別的な扱いを受けたりして反発する子もいるだろうけど、根本的には、親の姿勢が子供に反映するんだと思う。 

今の研修先でも、自治会の活動のために駆け回っているお母さんがいる。子供たちはその為に振り回され、ふて腐れていたように見えたけど、僕がその子たちの立場だったら、そのお母さんは自慢のお母さんになると思う。子供たちがそういう風に思えないのは仕方ないことで、大きくなって後で気づくのだと思う。 

子育てしたことない立場であれこれ言うのは失礼かもしれないけど、僕が子育てをする立場になったら気をつけるポイントとしてメモしておいた。

この本読んでみたい!

べてるの家の恋愛大研究。の巻
http://www.magazine9.jp/karin/101027/

まだこの本を読んだわけじゃないけど、この雨宮処凛さんのレビューですっごく読んでみたいと思った。

とにかく、北海道・浦河の「べてるの家」の取り組みは型破りだ。
たとえば、毎年開催される「べてるまつり」では、自らが体験した幻覚や妄想のユニークさを競って表彰されたり、妊娠→駆け落ち→出産→パチンコ三昧という状況になっても、「ベストカップル」として表彰されたり…

変わってたり極端であればいいという訳ではなく、実はこれこそが本当の意味で人間くさいのではないかと思ってきた。
はっきりいって、今、アメリカの大学で学んでいる共同体開発の内容より、べてるの家の取り組みには共同体としてのコアの部分が詰まっているような気がする。

この本にはこう書いてあるそうです。

「当たり前に恋をし、普通に家庭をもち、順調に子育てに困難を感じたら、正々堂々とSOSを発し、ときには児童相談所も活用して、子育ての苦労を”地域の苦労”に変えていくという伝統がはじまったのは、山崎薫さんの功績が大なのです」

すごく、僕の理想のコミュニティ像と重なりました。

都会では、「迷惑だ」とか「プライバシーの侵害だ」とかで、物理的にも精神的にも入り込みにくい領域が大きいけど、それはそれで、コミュニティの機能を台無しにして、自ら自分の首を締めているようなものだと思う。

個人的には、迷惑とか価値観の違いから日常的に生じる人々の衝突は、とっても有意義だと思っている。
昨日、ちょうどTwitterでこうつぶやいた。

「衝突は衝突でも、人々の間で、「有意義で価値的で必要不可欠な衝突」って有り得ると思う。日常的で人々の間で自然に起こる衝突の積み重ねが、「戦争」という巨大な衝突を未然に防ぐ原因になることもあるかも。」

雨宮処凛さんのブログで、『健全な「迷惑のかけ合い方」の実践』とあるけど、これこそがコミュニティが機能するようになる原動力なのかもしれない。

育児は「育自」

少し前に新聞で読みました。

子供は常に依存と自立を繰り返しています。

甘えたい時には甘えさせてあげる、反発する時には自由にさせてあげる。

甘えるべき時に十分に親に甘えた子供の自立は早いらしいです。
また、反発は自立のサインらしいですよ。

親の意向で、このペースを乱してしまうと逆効果なのだそうです。
子育てにおいて、親も成長し続けることは必要不可欠なのかもですね。