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「固定観念」について

「固定観念」についてのツイートを掘り出してきました。 

僕の価値観は絶対では無いけど、そもそも、「中古より新品がいい」とか「プライバシーが守られ、プライベートな空間が多い方が幸せ」とか、「企業に勤めて経済的に自立していれば一人前」という感覚に対して、当たり前すぎて何も疑いがないとしたら、それこそ盲信の可能性がある。 

偏見かもしれないけど、固定観念で嫌いなのものに「ブランドものの新品がいい」ってのがある。個人的に、Goodwillで買ったものは、値札をそのまま貼ってGoodwillブランドとして使っている。Goodwillとは、ゴミ同然の寄付されたものを中古で安く売り出す非営利団体。 

べてるの家の取り組みは、型破りで、かなり捻くれている。あえてそうしているように感じる。必要があって。そう、元々、僕らのいる社会が捻くれているんだと思う。偏って硬直化した固定観念には、それ相応の強烈な表現を突きつけることが必要なのかもしれない。 

例えば、「ん?トラブルメーカーになる?頭がおかしくなったのか?」というような固定観念に挑戦したい。僕のつぶやきや連続ツイートは、そういった目的のものが多いかも。だから、恐らく、耳障りが悪く同意しきれないものが多いと思う。 

映画「吸血少女 対 少女フランケン」を友達に勧められて観た。血みどろグロテスク過ぎるので、胃腸の弱い人は観ない方がいい。明らかに好みの映画ではないけど、観てみていろいろ考えさせられた。この映画や制作者が「悪」だと信じる自分の固定観念について。自分が信じる「正義」とはいったい何? 

都市が持続可能かどうかはともかく、し尿を肥料として使った作物を食べるのが不潔と考えるのが紳士なのか?それとも、持続可能な都市を実現する為に喜んでし尿を肥料として使えるのが紳士なのか?個人的に、すごく論じてみたいテーマです。

映画「ロード•オブ•ウォー」を観て

「Lord of War」という映画を観たんだけど、同種の映画でこれ以上は出来ないと勝手に思っていた「Blood Diamond」に匹敵する素晴らしい映画だった。映画の大部分は、クライマックスのシンプルで重大なメッセージへの「つなぎ」だった。 

Lord of War(ロード•オブ•ウォー)を2回観て、やっと全貌が把握出来た。この映画は、冷戦時代からソビエト崩壊後を生きたある武器商人の物語。この人は、とんでもないワル。ウクライナ出身だと聞いて、最初、差別的に描いた映画なのかと思ったけど、クライマックスにすべてが覆された。 

映画「ロード•オブ•ウォー」は、主人公の武器商人の『今、世界では12人に1人が武装するという割合で武器が出回っている。武器商人の関心ごとは、「どうやって残りの11人を武装させられるか?」になっている。』という台詞から始まる。 

映画「ロード•オブ•ウォー」のメッセージ:あるウクライナ出身の武器商人は、子供がいても武器を売る。どこかで知らない子供が撃たれるとしても武器を売る。ソビエト崩壊を機と見て武器をかき集め、紛争地域に売りさばく。妻や子供が出ていき、両親が勘当し弟が撃たれて死んでも武器を売る。 

続き:自分では手を汚さずに武器を売る。「アフリカの紛争地域では合法だ」と言って武器を売る。武器を売ればすぐに村人が絶滅させられると分かっていても武器を売る。酷い?でも、アメリカは、たった一日で、その武器商人が一年で売る以上の武器を売っている。

アメリカ人が好きそうな映画について

偏見があるかもしれないけど、実は、アメリカ人が好む映画がほとんど嫌いだったりする。サイエンスフィクション、スペースファンタジー、スーパーヒーローもの、ゾンビものなどの人間が人間らしくなく簡単に残酷な方法で殺される映画など。

映画の「ゾンビランド」を観たとき、あの映画はもはや人間の尊厳ゼロだなと思った。ゾンビはもはや人間じゃないといえるかもしれないけど、元は人間だった存在をあれだけ派手に殺しまくる映像を観て、喜べるもんなのかなと正直思った。自分自身の価値に対しても安売りしているようなもんだ。

スーパーヒーローものも、特定の人だけが特別なことを成せる能力を持てるっていうのが嫌い。個人的には、そんな特別な存在になりたくもないし、憧れもしないし、そんな存在を待ち望みもしない。僕のような何でもない無数の民衆が、自主的、自発的に繰り広げるドラマは好きだけど。

サイエンスフィクションやスペースファンタジーは、あまりにも科学がクローズアップされ過ぎて、市民の決断より科学者や専門家の決断の方が上位に位置するような世界観が嫌い。いくら技術が発達して夢があるといっても、人間が科学の奴隷になるようなそんな世界に憧れは持てない。

アメリカの堕落は、国民の好む映画のこういった傾向からも、原因が分かりそうな気がする…

愛と追憶の日々

「愛と追憶の日々」という映画を見た。この映画は、シャーリー・マクレーンが主演をしている。僕は、シャーリー・マクレーンの出てる映画を初めて見た。シャーリーは母親(おばあちゃん)役なんだけど、ジャック・ニコルソンが演じる元宇宙飛行士と恋をする。ちょっとこの親子は知恵遅れっぽくて子供っぽい感じなんだけど、すごくエモーショナルで、微妙な心の動きとかがすごく印象的だった。それに、シャーリーはやはり演技派だった!

ラストクリカニスト(侍)

今日はレイトショーでラストサムライを観てきた。初めて一人で映画を見に行ったけど、結構一人って気楽で良かった。いや~、久しぶりに熱い映画を観たって感じだ。
この映画は、「普遍的なもの」ってのがテーマだと思った。「普遍的なもの」って前から書きたかったテーマだから、すごくこの映画に共感出来た。
「普遍的なもの」って言っても、何もサムライのスピリッツを持てって事ではないと思う。
この映画の場合、たまたまそれがサムライのスピリッツだっただけだ。
何にでも普遍的なものってすご~く大事だと僕は思う。
映画とか本とかは、考えるきっかけを与えてくれて、後は僕等が考える番なんだと思う。
詳しくは、Columnに書こうと思う。

指切った・・・

包丁で指を切ってしまった。料理してる時は気をつけてるから大丈夫だけど、皿洗いをしてる時って結構雑にやるから危ないんだなぁ。久しぶりに自分の血を見た。痛かった。
この前、北野武のBrotherを見たけど、指を詰めるとか切腹とかって考えられないな・・・兄貴の為に死ねるのも・・・あの映画はかなりバイオレンスだ・・・兄弟の契りとか友情とかを引き立たせる為には、過激な演出は必要なのかもしれないけど、それを僕らがどう受け止めるかが問題なんだと思う。フィクションの血を見ただけで、”痛い”と感じるか”痛くない”と感じるかで大分違うと思う。”痛い”と感じれば、他人が傷ついた時に同じように”痛い”と感じられると思うし、その逆だと、他人が傷ついたり傷つけた時に何も感じないんだと思う。
影響を与える側も大変だと思うけど、影響を受ける側もちゃんと責任を持って影響を受けなきゃいけないなと思った。