「関連性」タグアーカイブ

創価学会の家庭での子育ての難しさ

僕が見てきた範囲だけの話だけど、創価学会員で、信心深いように見える家庭ほど、子供が反発したり、無気力になったりしているような気がする。一時的なもので、結果的に立派に育つ場合も多いけど、この関連性はあると思う。理由は様々あると思うけど。 

まず、「親が信心しているようで実は誤った信心をしている」という場合。例えば、いくら教義が正しくても、強制的な押しつけでは思い通りの結果は出ない。次に、「活動が忙しくて子供に構ってあげられない」という場合。他人の為に駆け回る実は立派な親に、子供が気づけないケース。もちろん、創価学会の悪い噂を聞いたり差別的な扱いを受けたりして反発する子もいるだろうけど、根本的には、親の姿勢が子供に反映するんだと思う。 

今の研修先でも、自治会の活動のために駆け回っているお母さんがいる。子供たちはその為に振り回され、ふて腐れていたように見えたけど、僕がその子たちの立場だったら、そのお母さんは自慢のお母さんになると思う。子供たちがそういう風に思えないのは仕方ないことで、大きくなって後で気づくのだと思う。 

子育てしたことない立場であれこれ言うのは失礼かもしれないけど、僕が子育てをする立場になったら気をつけるポイントとしてメモしておいた。

モチベーションの維持のために…

モチベーションを維持することって、やっぱ難しい… 

モチベーションを維持するには、そのものごとに対していかに当事者性を持つかにかかっているんだと思う。当事者性を持つには、ものごとの間の関連性について、更にはそのものごとと自分との間にある関連性などを見極めることがスタート。 

自分との間にある関連性に気づかない限り、継続的なモチベーションは生まれないと思う。 

地球の他の地域での出来事と自分との関連性。例えば、自分たちの行動により、地球の裏側で気候変動を起こしているかもしれない。例えば、欧州やアメリカの金融危機が自分のうちの家計にも影響するかもしれない。何より、僕らが「変わらない」ことにより、他の地域に負担をかけ続けるかもしれない。 

僕が、国際社会で活動するより、自分の地元に集中して活動しようとするモチベーションは、地元をモデル地域にすることが、どれだけの影響力があり、他の地域の変革につながるかを知っているから。 

「地球規模で考え、足下から行動する」っていう標語の示すところは、「関連性への熟知によるモチベーションの持続」なんじゃないかと思う。

人間の自己中心性と関連性への無知について

これも再掲載!

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クラスのテキストで最近読んだ"What's in a Neighborhood"という記事で、全体的な都市開発がうまくいかない理由として、以下の二点をあげていました。

1. Most citizens and public officials are interested only what happens in their own neighborhoods
2. Ignorance about what causes neighborhood deterioration and how it is related to the overall urban development process

一つ目は、ほとんどの市民や役人が、自分たちの近所で起こっていることしか関心がないということ。
二つ目は、特定の近所の荒廃が何故起こされたのか?また、それが全体の都市開発にどう影響しているのかへの無知です。

まさに、人間の自己中心性と、関連性への無知が根本的な原因だと言っているのだと思います。

これをもっと拡張すると、たとえば、自分たちの国内で問題がないからいいやと言う自己中心性と、ハイチで起こっているような極度に悲惨な地域を放っておくことによる、地球全体の健全な発展や持続可能性への影響への無知。

もっと言ってしまうと、一人の人間が本来の能力を発揮できず、むしろ制限されて一生を終えることによる、この宇宙への影響がどの程度なのかも計り知れないと思います。
それは僕にも分かりませんが、僕も含めて、多くの人が、自己中心性から、こういった事への関連性に対して無知であることは間違いないと思います。

すべてか僕も分かりませんが、多くの問題の根っこにあるのは、結局はこういったことなのかなと僕は思っています。

この事件と自分との関係

家族5人刺した男を逮捕 2人が死亡
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1179832&media_id=88

僕は、こういった事件を見るたびに、こういった事件と自分との関係を考えるようになりました。
自分は、勝手に特別な立場にあってあれこれ評価すればいいだけの立場にいるのだろうか?

この事件が起こったのは、
インターネットを取られたことだけが原因じゃない。
この家族の長男だけの責任じゃない。
だからといって、この家族の責任だけでもない。

僕たちは皆、彼と何らかの形でコミュニティを共有している。
その時点で、彼とは無関係ではないはずなんです。
僕たちがそれぞれ彼に対して出来る事が確実にあったはず。
その時点で、無関係では決していられないはずなんです。

以前、「彼は僕たちのコミュニティの一員です」というタイトルで日記を書きました。
この事件ととても関連するので、一部転載しておきます。

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僕には、彼とはいろんなコミュニティを共有していという意識があります。
だから、この事件の責任の一端は、厳然と僕にもあると思います。

彼の抱えているものを共有できず、彼の能力を活かしきれずに、犯罪者にしてしまった。
実は、これはいくらでも予防できたことだと思うんです。

でも、彼が犯罪者になってしまった時点で、果たして彼の人生は終わりなのか?
それは、これからの僕たちの働きかけにかかっている。

それをしなければ、さらに僕たちは損をし続けることになるでしょう。

実は、これは厳然とした因果の法則であって、人々がその関連性に鈍感になってしまったことから、すべての腐敗が始まっていると思うんです。
どんなに努力したって、この因果の法則から自分を除外することは出来ない。

だから、大事なのは、自分が所属するコミュニティへの意識を正しく持ち、責任を持つこと。
そして、そこに属するメンバーを、仲間外れなくケアし、苦しみや悩みを共有し、共に乗り越えていくという覚悟を持つこと。

彼は僕たちのコミュニティの一員です
http://bokudeki.org/archives/255

人間の自己中心性と関連性への無知について

クラスのテキストで最近読んだ”What’s in a Neighborhood”という記事で、全体的な都市開発がうまくいかない理由として、以下の二点をあげていました。

1. Most citizens and public officials are interested only what happens in their own neighborhoods
2. Ignorance about what causes neighborhood deterioration and how it is related to the overall urban development process

一つ目は、ほとんどの市民や役人が、自分たちの近所で起こっていることしか関心がないということ。
二つ目は、特定の近所の荒廃が何故起こされたのか?また、それが全体の都市開発にどう影響しているのかへの無知です。

まさに、人間の自己中心性と、関連性への無知が根本的な原因だと言っているのだと思います。

これをもっと拡張すると、たとえば、自分たちの国内で問題がないからいいやと言う自己中心性と、ハイチで起こっているような極度に悲惨な地域を放っておくことによる、地球全体の健全な発展や持続可能性への影響への無知。

もっと言ってしまうと、一人の人間が本来の能力を発揮できず、むしろ制限されて一生を終えることによる、この宇宙への影響がどの程度なのかも計り知れないと思います。
それは僕にも分かりませんが、僕も含めて、多くの人が、自己中心性から、こういった事への関連性に対して無知であることは間違いないと思います。

すべてか僕も分かりませんが、多くの問題の根っこにあるのは、結局はこういったことなのかなと僕は思っています。

江ノ電バイト初日

いや?、久しぶりに労働してくたくたです・・・
初日だけ研修ということで、朝9時から18時まで、昼休みもなく働きました。

明日から朝2時間だけやる予定ですが、6月の紫陽花の時期は、僕の都合に合わせて就業時間を延ばす事も考えてくれているそうです。
そして、来週から、一人で一駅分任されます。

今日一日やって、江ノ電の構造が大分分かりました。
やるなぁ、と思うことや、もっとこうするべきだと思うことなど、将来、自分のやりたいことに繋がる貴重な体験が出来たと思います。
平日昼間でも意外と乗客は多く、サラリーマンしているとなかなか把握できない人々の行動や振る舞いを垣間見る事も出来ました。

何より、自分でびっくりしたのは、ちゃんとお金を払って鉄道を利用してくれるお客さんに対して、僕がすごく感謝出来た点です。
僕には、自分なりに、江ノ電のサービスが維持されていることが、地球環境や人と人との繋がりにプラスの影響を及ぼすという関連性が見えます。

本当に多くの学生が通学に利用していましたし、障害者の方も、高齢者の方も、笑顔で江ノ電を利用していました。
江ノ電があるだけで、どれだけ地球環境や人々の繋がりが維持されているのかは計り知れません。
そんな掛け替えの無いサービスを維持してきた江ノ電には、本当に感謝しても感謝しきれません。

これからの人生、こういった活動を、あるべき場所には創り、既にある場所では支える活動を出来る限り広範囲でやっていきたいなと思いました。