花まる学習会のサマースクールってすごい!こんなサバイバル学習をもう19年やってるんだ。このコースを受けた子どもたちの将来は楽しみだな。

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花まる学習会の野外体験とは?(サイトからの引用です)

どのような時代になっても必要とされる力。それはどんな環境でもたくましく生き抜こうとする強い意志力、行動力、そして経験である。日々の困難に立ち向かい、自分の持てる力を最大限にクリエイティブに発揮し続けること。そのような力を養う舞台として、野外体験は最高の場です。

花まるグル―プの野外体験は、バカンスではなく、スクールです

親元を離れ困難にぶち当たったとき、どのように考え、どう行動するか。解決の糸口さえ見えない人間関係でのトラブル。様々な問題にどう立ち向 かうか!壁にぶつかったときに「よっしゃ~!」と思えるかどうか。常に何かを問われているのが野外体験です。「楽しかった」「良い思い出が出来ました」だ けではない、甘くない世界でこそ子どもは成長すると考えています。花まるグループの野外体験は、今後も本当の意味での「体験」=「生きる力」を追及していきます。

花まる学習会の取り組みは、以前書いた「サバイバルのすゝめ」というブログ記事にとても通ずるものだった。→サバイバルのすゝめ

ひきこもって家から出られなくなった人に「サバイバルをしろ」と言うのは、必ずしも自己責任論を振りかざしている訳ではないと思う。多くの場合、親や周りの人が無関心か過保護過ぎるのが問題ではないだろうか。そういった意味では、本人のせいではなく、周りの人間の問題。

引きこもってしまった子どもにサバイバルの経験をさせるのは、親の愛だと思う。子どものことが心配だったり世間体を気にして外に出せなかったり、無関心に放っておくほど、親の無慈悲なことはない。

僕の言うサバイバルのススメは、自己責任論とは違うつもり。親をはじめ、周りの人間が原因(過保護過ぎなど)で根性なしになってしまった場合は、周りの人間の責任で心を鬼にしてその人をサバイバルに出さなければならないということ。周りの人がそれを温かく見守るということが極めて困難な場合がある。

現代日本の親たちにとって、自分たちの子どもたちの判断や行動を温かく見守ることはとても困難なことかもしれない。失敗させてある程度痛い目に遭わせて学ばせられるくらいの大きな余裕が大人たちには必要だと思う。

子どもにサバイバルさせるって言っても、文字通りの命がけの体験をさせればいいってもんじゃない。場合によっては一人でお使いに出すくらいのことも含まれる。知らない人しかいない場にあえて身を置かせて、手助けせずに、どのように人間関係を作っていくかを見守るのもそう。人によっては、それも十分にサバイバル体験になると思う。

親の無関心も過保護も、親のエゴに過ぎず、子どもの立場に立ててはいない。あくまでも、親が変わることで、子も変わる。この場合、子どもを何らかのサバイバルに出すということは、親の反省の結果であり、覚悟による行動と捉えるべきだと思う。