僕は、音楽に関しては確固たる哲学を持っていると自分で思う。
僕が音楽をやっている意味は、楽器を買うことでもなく、楽器がうまく弾けるようになる事でもなく、
バンドをやる事でもなく、曲が作れるようになる事でもなく、人に良い反応を期待する事でもない。
僕は、あくまで音楽を楽しむ為に音楽をやっている。

だから、僕は、ギターがうまく弾けるように意識して練習した事はないし、お客さんを意識したバンド活動はしたくないと思ってるし、ギターもバンドも音楽を楽しむ為のひとつの手段だと思っている。
もっと言ってしまえば、楽しめるなら、楽器をやらないでダンサーでも良いと思うし、聞くだけでも良いと思うし、必ずしもバンドとしてやる必要もないと思う。
こんな僕だけど、すごくギターを練習してていろんな技を持ってる友達に目標にされたり、
僕の曲に感動してくれる人がいたり、僕らのバンドをサポートしてくれる人がいたりする。(かつてね・・・)
でも、こんな事出来るのが、僕の特別な才能という訳ではなくて、
僕と同じような音楽への気持ちがあれば、誰にでも出来る事だと僕は思う。
すごく失礼な言い方をしてしまうけど、ギターをうまく弾くというのを目標にしている人は、楽器を弾けるようになる止まりだと思う。
バンドをやる事を目標にしている人も、楽器が出来るようになって、バンドを始める止まりだと思う。
曲を作れるようになる事を目標にしている人は、作れるようになって満足出来るかもしれないけど、そこからどうだろう?
僕は、最初からという訳ではないけど、自然と目標を「音楽を楽しむ事」にしていた。
音楽を楽しむ為には、曲を自分で作りたかったし、バンドでライブもやりたかったし、ギターか何か楽器もやりたかった。
つまり、「音楽を楽しむ」って事は、「ギターが弾ける」、「曲を作る」、「バンドをやる」という要素をすべて包み込んでいるんだと思う。
目標を大きく(??)持って、それを実現するために必要な事を知っていたから、知らないうちにいろんな事が身についていたんだと思う。
僕の場合は音楽だけど、何にでも言える事だと思う。
夢がシンガーになる事という人でも、シンガーになるだけが目的な人と、シンガーになってからが目的な人とでは、成長の度合いが違ってくると思う。
プログラムが書けるようになるのが目的な人と、何かを実現させる為にプログラムが必要な人とも、成長の度合いが違うと思う。
歴史に詳しくなるのが目的な人と、「これからの歴史」というものを創り出す為に歴史を勉強する人とも同じように言えると思う。
常識の為に知識を持つ人間と、間違った常識を変えていくために知識を持つ人間とは、その知識の理解の深さが違うと思う。
ただ生きてる人と、生きる意味をどこまでも追い求める人と、成し遂げられる事って違ってくると思う。
誰にでも当てはまる分野が他にあると思う。
きっと、少し見方を変えるだけで、全く違った結果が出てくるものだと僕は思う。
Last Update : 2003/12/30