酔っ払ってる時に歩きながら音楽を聴くと、いつもと違って聞こえる事ってないかな?
僕は、たまに酔っ払って家に帰る時に、ふと1駅くらい音楽を聴きながら歩いて帰りたくなる。
僕は音楽を聴くのも好きだし、歩くのも好きだから、たまたまこの感覚に気がついた。
何か、思いがけなく涙が出たり、楽しくなったり、心が熱くなったり、気づいたら声を出して歌ってたり。
ただの酔っ払いだけど、そういう時ってすごく自分の感情が素直に出たりする時なんだなと思った。
だから耳で聞くんじゃなくて、そういう時は、変な偏見とかなくて直接心で感じられるんだと思う。
ちょうどウィリアムズ症候群の人達と同じように。
ウィリアムズの人々については、そのうち書こうと思います。

よく、バンドとかアーティストとかすごく詳しくて何でも音源を持ってる人がいる。
コレクターというのかな。僕も高校の時は、メタルおたくで、結構何でも持っていたし、
バンドのBiographyとか詳しかった。それも狭く深くって感じで。
そういう自分である事に少し優越感を感じていた。
その時は、周りに僕以上詳しい人がいなかったからそう思ったからかもしれないけど、
大学に入ってから凄まじく詳しい人ばかりに出会って、僕は何て中途半端なんだってその時はすっかり意気消沈してしまった。
でも、僕が、高校生だった時は、音を聞くというより、CDを持っている事とか、
バンドのステータスとか、ジャンルとか、人が知らない事を知っている事とかにばかり拘っていたような気がする。
そういうのに詳しくなって人と差別化を計って頭でっかちになるので満足出来る人もいると思う。
僕がそうであったように。
でも、それに頼り過ぎると、「知っている」だけなのと「実際に体験する」のと理解の深さが違うように、
心に刻まれる度合いも違ってくると思う。ってのが、最近分って来た。
だから、今一番好きなバンドは氣志團だけど、彼らが出演したTVとか見逃しても全然ライブに行ってなくても、
たまにしか聴かなくても、僕は、彼らの伝えたい事とかスピリットとかを誰よりも理解していると思っている。
誰よりも彼らの音が僕の心に直接響いていると思うから。
これがこうだからダメだって壁を作っちゃうと、音楽的に狭い範囲でしか成長出来ないと思う。
それに、バンドとかそういう対象をどれだけ好きかって、その度合いは物理的に知っているだけでは決して計れないものだと思う。
どんな音楽にも感動する事が出来る。それに感動出来るかどうかは、すべてその人の感じ方次第。
僕は、それを踏まえた上で、これからも心の琴線に響く音楽に出会って行きたいなと思った。
[追記]
僕の文章はかなり支離滅裂で分りにくいけど、矛盾だらけだって言って終わるんじゃなくて、そこからどれだけ有用な事を拾っていけるかは、あなたの感じ方次第。みたいな感じかな。例えばね。