僕は、期待したり、期待されたりする事って昔から嫌いだった。
期待する側にとっては、相手が期待に応えてくれないと、ストレスにしかならないと思う。
期待される側にとっては、人によってはやっぱりプレッシャーにしかならないと思う。
今の世の中は、人々の過度の期待がいろいろと影響して歪んできてるんじゃないかと思う。
今、読んでいるシャーリー・マクレーン著の「Going Within」には、こう書かれていた。
”他人に自分の期待を押し付けないことこそ、真に彼を愛することなのだ。相手にやりたいようにさせてあげるやさしさを持てた時、私達は愛する者から自由になるのだ。そして、妙に思うかもしれないが、かえって、お互いの愛情は深まるのだ。”
僕は、特にこの部分が心に突き刺さった。

一番身近なところでは、家族に言える事だと思う。
将来、一流大学に入れる為に、ちっちゃい頃からその教育に縛り付けてたら、きっとその子供は、そのプレッシャーに耐え切れずに逃げ出すか、うまく一流大学に入れたとしても、自分で考える事が出来ない頭でっかちなだけな人間になってしまうんじゃないかと思う。
確かに、一流大学なんて無限にあるうちのたった一つの道なのに、そんなのに縛り付けられてたら子供はやってられないと思う。
親は、そういう期待から子供を解放してあげた時に、自分も自由になれるんだと思う。
そうなった時に、子供は自分で考えて自分で行動して何らかの結果を出せるようになるんだと思う。
恋愛でも言える事だと思う。
相手に常に良い返事や良い行動を期待していると、絶対にうまくいかないものだと思う。
そんなのにいちいち合わせて思うような返事や行動をしてるのって、すごくうわべだけの関係でしかないと思う。
僕はそういう期待が大嫌いだし、そういう関係が大嫌いだ。
今まで思ったような返事や行動をしてくれていた相手に、突然豹変されて本音を言われた時に、その人はどうするだろう?
殺意だって抱くかもしれない。それは、すごい自分勝手な殺意でしかないと思う。
最近の男女間のトラブルの根源は相手にする「過度の期待」にあるんじゃないかと僕は思う。
あと、相手を縛りつけようとする人に限って、自分が浮気してたりするって話を聞いた事がある。
相手の着信履歴やメールの履歴をいちいちチェックしている人に限って、自分の携帯の履歴を見せられないような状態になっているんだと思う。
自分がやってて、やり方を知っていて自分がやってる事を相手にやって欲しくないっていう意識が無意識で働いているんだと思う。
恋愛もろくにしてない人間が偉そうな事言えないと思うけど、かえってこういう事はそういう人のが客観的に見れたりするもんだと思う。
バンド活動でも言える事だと思う。
メンバーそれぞれに活動のペースがあって、それを無理やり一人のペースに合わそうとすると、うまく行かないもんだと思う。
メンバーそれぞれにやりたい音楽があって、それを無理やり一人のやりたい事に合わせようとすると、うまく行かないもんだと思う。
楽器の上手、下手についても、個人差があって、そこに過度の期待があったら、どちらにもプラスになるはずがないと思う。
バンドに限らず、同じような事が会社とかの組織にも言える。
そこに組織プレイの難しさがある。
成功するバンドのリーダーや会社の経営者は、この辺の事をよく知っていて、「程よい期待」でうまくまとめていける人だと思う。
もし、自分がこういった事から自由になりたいって思えば、その方法は簡単だと思う。
ただ、自分が無意識のうちに外部にしている「過度の期待」をやめれば良い。
そうすれば、相手もその分自由になれるし、なにより、自分自身が自由になれる。