音楽にも普遍的なものが必要だと思う
人間関係にも普遍的な想いが必要だと思う
何より、自分の中に普遍的なものを見出す事が絶対に必要だと思う。
■音楽について
どんな時代でも、音楽には、普遍的なものが必要だと思う。
人によって感じ方は違うと思うけど、僕の場合、キャッチーさであったり、メロディーであったり、エモーショナルさがそれにあたる。
その普遍的なものを見失った音は、僕の心には響かない。
音楽って、やっぱり流行があって、めまぐるしくその音の形が変わる。
僕は、ずっとその流れをジャンルっていうカテゴリ(壁)を意識しながら音楽を聴いてきた。
今振り返ってみると、僕が好きなバンドは、みんな、ジャンルに関係なく、僕が考える普遍的なものをを持っていた気がする。
そう考えた時、僕の中でジャンルの壁っていうのが大分なくなったと思う。
■人間関係について
人間の普遍的な想いってものすごく強いと思う。
家族を想う気持ち、愛するものを想う気持ち、平和を願う気持ち・・・
強い信念や哲学がないと、普遍的なものって自分の内に見出せないものだと想う。

奇跡体験アンビリバボーで、僕は人間の奇跡を体験した。
太平洋戦争後に北朝鮮に渡った日本人夫婦がいた。
彼らは子を産み、しばらく幸せに暮らしていたけど、夜中にソ連軍が突然押し寄せてきて、夫が「必ず戻るから」と妻に言い残して連行されてしまった。
彼らはその後、51年間離れ離れになってしまう。
51年間って人間の一生にも引けをとらないくらい長い時間だと思う。
だけど、彼らは51年間の時を超えて再会し、幸せに暮らす事になる。
そこには、夫は妻に、妻は夫に対して普遍的なものをお互いに持っていたはずだ。
夫は51年の間に1人のロシア人女性と結婚する。
彼が孤独やソ連軍の理不尽な暴行に押しつぶされそうな時に出会った女性だ。
彼女も、驚くほど似たような境遇だと知り、彼らはお互いに痛みを分かち合い、支えあった。
彼女がいなかったら、彼は生き残れなかったと思う。
彼女は、彼がまだ妻を変わらず愛していることを知っていた。
それを知っていて自分からプロポーズをした。
彼がその妻と再会する時までということを決心して・・・
冷戦終結により、思いがけず、帰国許可が出た。
今までおしどり夫婦と周りで評判なくらい幸せに暮らしていた2人だが、それは2人の別れを意味した。
彼は、一時帰国のつもりで、彼女に「お土産は何がいい?」と聞いた。
彼女は、「あなたが手紙をくれればそれでいいわ」と答えた。
彼はこの時、74歳
彼女と涙の別れをして、日本に帰国した彼は、51年間変わらず愛してくれた妻と再会した。
■自分について
僕達はそれぞれ弱い部分を持っていて、メディアに流されたり、誘惑に負けたりすると思う。
自分のポリシーを持っている人であればあるほど、こういう事はなくなると思う。
だから、僕はこの自分のポリシーが普遍的なものにあたるんじゃないかと思う。
ポリシーって受身の態勢では決して確立されないと思う。
自分で考えて実践して初めて確立されるものだと思う。
このポリシーが確立された時、自分の可能性が切り開けるんだと思う。
僕が自分で考えて導き出したポリシーはたくさんある。
言葉にしにくいからここには書かないけど、それは僕の中でかなり具体的になっている
僕はこのポリシーを持って、どんな時代でもどんな境遇でも自分らしく生きていける自信がついたと思う。