世の中がいろいろなサービスにより便利で快適になると、それだけ人間の能力が失われるような気がする。
サービスを受ける側はそれに気付いていないんじゃないか?
それに、サービスを売る側もそれに気付いていないんじゃないかと思う。
「都会」ってさまざまなサービスがあって、何でも揃っている。
何でも用意してくれて、やりたい事が簡単に出来て、比較的簡単になりたい自分になれると思う。
これは、僕等にとってメリットでしかないと思いきや、すごく問題だと思う。
何でもしてくれると、それに依存して、誰かが用意してくれた「やりたい事」や「なりたい自分」、「生き方」に甘んじていくんじゃないかと思う。

都会の人は、一見自由で開放的に見えるけど、個人的には、逆に閉鎖的で自由さを感じない。
例えば、僕の偏見でしかないけど、都会の音楽は、一見多様そうで、僕には創造性が感じられない場合が多い。
むしろ、都会から離れた地方の音楽にすごく創造性を感じる場合がある。
それは、音楽に対する気持ちの違いじゃないかと思う。
音楽が出来る喜びとか、感謝の気持ちとか、何より、都会に比べて簡単にネタ(音楽情報)が手に入らない分、自分で考えて創造して行く力が養われるんじゃないかと思う。
もちろん必ずしもそうとは言えないだろうけど、僕は「都会」は毒がいっぱいだと思う。
そう考えてから、僕は「都会」に住むメリットを感じなくなった。
それは、「都会」に限らず言えるんじゃないかと思う。
■「IT」について
IT関連のシステムが発達し、コンピュータが何でも解決してくれればくれるほど、それが当たり前になって、その仕組みなんて考えなくなり、頭を使う機会が失われると思う。
■ゲームについて
ゲームがリアルになればなるほど、現実を見つめる能力が失われて行くと思う。
■「電子会話」について
メールやメッセンジャーサービスが便利になればなるほど、リアルタイムでの会話能力が失われていくと思う。
■「ファーストフード」について
ファーストフード店が多くなればなるほど、豊かな日本人の味覚と食卓が失われて行くと思う。
人間の廃退は、受身になってしまう事から始まるんじゃないかと僕は思う。
僕達は、世の中を便利で快適にする為に働いていて、それですべてが行くと思っているかもしれない。
でも、そういうものがなければないで、自分なりに考えながら人間はこれまで生きてこれた。
便利になる事は悪い事じゃないけど、便利な事に甘んじてしまう事はすごく危険だと思う。