以前、#037. 極端に荒れてた少年(少女)が今は・・・というコラムを書きましたが、ここに、もう二人ほど書き足したい人物が増えたのでここに追加で紹介します。
まさに今、その中の一人の人物の歩んできた人生が映像化された「ヤンキー母校に帰る」というドラマを見ている。
その一人目の人物とは、義家弘介さんだ。
僕が義家さんを知ったのは、横浜市の教育委員に抜擢されたというニュースからだった。
中田市長が選ぶ教育委員ってどんな人だろうってすごく興味があって、彼のブログサイト「扉のむこうより、熱を込めて」を見てみた。

彼の教育に対する情熱は本物だと思う。
そんな人が教育委員にいる横浜市は、これからどんな風に変わっていくのか個人的にすごく楽しみだし、子供達を安心して任せられる教育の形を創って、成功の実績として残してほしいと切に思う。
彼がこんなにも教育に対して真っ直ぐになれるのは、何に対しても素直で、真っ直ぐで、半端な覚悟じゃないからだと思う。
彼は、学生の頃、かなり荒れていたらしく、クラスメートとのケンカ、先生への反発、自分を捨てた親への憎しみ、すべてが半端なく荒れていたんだと思う。。。
だけど、だからこそ、今、自分がやるべき事、その使命に対して、半端な覚悟ではなく、真っ直ぐに立ち向かって行けるんだと思う。
あともう一人は、「スクール・ウォーズ HERO」でも出てきた、中学時代から京都一のワルと恐れられた”弥栄の信吾”こと、山本清悟さん。
最近再放送(?)されたプロジェクトXでも取り上げられてて、山本さんも今は教師をやってるんだって事を始めて知った。
彼は、伏見工業進学と同時に山口良治先生と出会いラグビーを始め、初の公式戦で、強豪・花園高校を相手に「112対0」で歴史的大敗しながら、その屈辱をバネに、チームと共に奮闘し、翌年の大会で、同じ花園高校を決勝で破る快挙を遂げることになる。
それだけではなく、高校2年時には伏見工業初の高校日本代表としてオーストラリア遠征に参加。3年時には同様に高校ジャパンとしてイングランド遠征に参加したという。。。
”弥栄の信吾”の異名を取るとか、その他、当時の状況を想像するのは難しいけど、山本さんも、その果てしないパワーを正しい方向へ向けて、信念を持って自分の使命に対して真っ直ぐ突き進んでいると思う。
—————————
僕が今まで紹介した人物に共通して言える事は、学生の頃に極端に荒れていたって事と、恩師にめぐり合った事、そして、子供の教育に関係する活動をしているという事だ。
どうしてみんな行き着くところは子供の「教育」なのか?
僕にはまだ漠然とした考えしかないけど、それだけ重要な事なんだと思う。
僕だけかもしれないけど、今となっては、「未来」とか「希望」という言葉は古臭くなってしまった気がする。
ニートと呼ばれる、学生でもなく、就業者でもなく、求職「活動」もしておらず、主婦(主夫)でもない若者が増加している。
簡単に、詐欺をしたり、薬に走ったりする若者もいる。
突然キレてその勢いで家族をその手で殺してしまう子供(親が子を・・・というケースもある)もニュースで報道されない日はないんではないか?と思う。
自殺に興味を持つ若者がコミュニティを作って、実際に集団自殺を図るケースも珍しくない。
多分、彼らには、「未来」なんて見えてないと思うし、希望より「絶望」を絶え間なく感じているんじゃないかと思う。
それによって、楽な方へ楽な方へ流れたり、完全に我を忘れてしまったり、現実逃避をしてしまったりしてしまう。
それは人間の弱さだという事は間違いないけど、果たして、単に、「彼らが自分達で責任を放棄して犯した罪にすぎない」という事で片付けて良いのだろうか?
僕は、こういった傾向は、ニュースを賑わしている一部の若者に限らず、多かれ少なかれ、ほとんどの日本人にあると思う。(僕にもあるはず)
だから、何かがトリガーになったりすれば、誰もが起こしえる事だと思う。
そのくらい、世の中は、紙一重で、ものすごく不安定になっているんじゃないかと思う・・・
だから、今こそ僕達一人一人が安定した人間になる必要が絶対にある。
その為には、それを実現出来るような「教育」の形が必要と思う。
その「教育」の場は、「学校」が中心で、、国語、算数、理科、社会・・・を学習する事がその目的と思われがちだけど、僕はそれだけでは絶対にないと思う。
ましてや、教師がそういう風に考えているとしたら、こればっかは大きな間違いと思う。
それに、「教育」の場は、「学校」だけじゃなく、「家庭」にもあるし、もっと言ってしまえば、「子供が生活する範囲全部」に言えると思う。
そういった場所で教師を含むすべての大人がすべき事は、子供達に、自らの力で「未来の扉」を開かせる事だと思う。
ただ、それが、機械的に、強制的にされるものであったとしたら、決して実現する事はない。
あくまで、子供達に自主的にその扉を開かせる為の架け橋でないといけないと思う。
それは、子供達の、希望の形を思い描く力や、未来を創造していける力を育む事だと思う。
そして、それは、世の中に氾濫している「正しいor間違い」というような道徳的な事ではなくて、子供達それぞれが、自分の信じた道、意味のあると確信した方向に進むのを助ける事でもある。
もし、すべての大人が努力して、それらを実現したとしたら、きっと、子供達は希望一杯に未来を見つめ、精神的に豊かになり、やがて、日本中、いや、世界中を豊かにすると思う。
そうなれば、きっと、今の資本主義特有の物質的な豊かさじゃなくて、人間のぬくもりという暖かさで恩返しがされると思う。
もうちょっと具体的に言うと、単に1億円とかくれるだけじゃなくて、一人一人が真の意味で個性的で、自分の夢を思う存分語れて、それぞれがその夢を支え合える世界をプレゼントしてくれるという事。
冒頭で紹介した人物や、コラム「#037. 極端に荒れてた少年(少女)が今は・・・」で紹介した人物には、これまで書いてきたような「教育」の重要性を心で感じ、それによって体が反応して、様々な活動に繋がっているんだと思う。
それらは、一見、自分を犠牲にしてまで、他人の為に尽くす活動のように見える。
でも、それらはすべて、あくまで、「自分」の為の活動で、「自分の未来」の為の活動なんだって事に、そろそろ僕らは気づかないといけないのかもしれない。