コラム50回記念という事で、このブログのタイトル「Best I Can -僕に出来ること-」のコンセプトについて書こうと思います。
僕は、とにかく、自分の人生は自分の為に生きたいと思う。
こうやって書くと、ただ自己中心的な響きに聞こえるかもしれない。
場合によっては、そうかもしれない。
例えば、「人を蹴落として、その人の上に立って、ただその瞬間の優越感に浸る」、という人がいたら、その人は、ただただ自己中心的なんだと僕も思う。

でも、それは、たったの1分とか1時間とか1日とか、短期的に見た時しかその効力は発揮されない。
それが、もっと長いスパン、究極的には一生涯というスパンになった場合はどうだろう?
その場合、自分だけが幸せになるだけじゃ、真の幸せは訪れないのではないかと思う。
最近、プロジェクトXで、荒れ果てていた工業高校(大阪淀川工業高校)で、一人の教師が無謀にも合唱部を設立し、別の教師を含めた周りの偏見にも似た態度など、数々の障害を乗り越え、設立より5年で、全国合唱コンクールに初出場し、初優勝を果たすという物語が放送されていた。
その教師は、その合唱コンクールでの優勝を受けて、「幸せだな、と思いましたね。こんな思いをさせてくれた生徒達に、ありがとう」と、とびっきりの笑顔で語っていた。
生徒が教師を胴上げし、教師が天高く舞った時、間違いなく、そこには、教師は生徒に、生徒は教師に心から感謝する姿があった。
涙が止まらなかった。
人間の究極の幸せはここにあるんだって事を痛いほど感じた。
僕も、いつからか、僕の本当の幸せは、みんなが幸せでないと完成されないものだと思うようになった。
他人を蹴落として、自分だけが幸せになろうって人は、その先にあるものが見えてないんだと思う。
みんなが幸せなら、或いは、みんなを幸せにすれば、絶対に、自分に返ってくるものってあると思う。
僕は、他人が出来ることは自分にも同じような事が出来ると思うし、僕に出来ることは、誰にでも同じような事が出来ると思う。
だから、僕に出来ること(使命)は、僕に出来ることを増やして、それをみんなにも出来るんだってことを証明することだと思っている。
もちろん、すべては自分の為に。
「こんなこと出来るようになったんだぞ」って鼻高々に語るつもりなんてさらさらない。
今は、まだ、僕に出来ることって全然少ないし、出来るようになったことでさえ、人にうまく伝えられない状態だけど、今している努力は、将来、掛け替えのない宝になる事は間違いないということを確信している。