家庭内だけでは解決出来ないことばかりだなって思う。でも、家庭外のサポートが自然に発生しにくい社会になっているなとも思う。 

日本では特に、家庭内の問題に対して家庭外のサポートが発生しにくくなっていると思う。街の物理的な構造にも問題があるけど、「世間体」っていうのも多いに邪魔していると思う。 

アメリカでは、日本ほど「世間体」を気にする空気はないけど、やっぱり家庭内だけでは解決出来ない問題が沢山あると思う。アメリカ人があんまり遠慮せずに、普通に助けを求められるのはまだ救いで、ただ、やっぱり無関心でケアする人自体が少ないように思う。 

こっちでは、家庭内や夫婦間、恋人間の問題で助けを求められることが結構ある。面倒見がいいっていうのはあると思うけど、言語の壁的にも、あまり打ち解けていない人に対してっていう面でも、やっぱりチャレンジになる。でも、自分が介入することによって状況が好転することも多い。 

今日は、SGIの家庭で子供が親に反発して硬直化していたおうちで、他の青年部も誘ってカジュアルなパーティを催した。30代の僕が、10代の子たちが中心のパーティということで、企画段階では、本当に不安だらけで辛かったけど、やってみたら楽しかった。そこの家族も大分絆が深まったようだった。 

先日は、友達の夫婦で、奥さんの誕生日に、旦那さんとの企画でサプライズで他のメンバーも誘って誕生会に参加した。奥さんの誕生会を祝いたいってのもあったけど、引きこもり気味だった旦那さんを励ます意味もあった。なかなか本腰を上げて仕事をしない旦那さんに奥さんがストレスを感じていた。 

家庭や夫婦の間に第三者として介入するのは、辛いことにもなり得る。正直、自分がやりたいのか分からない。実際、疲れるし、ストレスにもなる場合がある。だけど、機会を逃したくないって気持ちが強い。少なくとも、周りの家庭や夫婦に和楽が生まれれば、自分にも巡り巡って恩恵があるとは思える。 

SGIの中では、旦那と仲良くなって欲しいとか、彼氏と仲良くなって欲しいとか言われることが多いけど、キレイな奥さんにダメ夫だったり、その彼女が実は好きな人だったりすると、正直、複雑な気持ちになる。でも、僕がベストを尽くすことが、思いがけない縁の広がりを自分にもたらすとは思う。 

要は、人助けっていうのは付け足し程度のことで、根本的には自分のためにやっているということなんだと思う。 

僕は、意外と自己犠牲では行動しない。ただ、他人のための行動の中に、自分の利益をひねり出す努力は人一倍している。だから、ストレスにならずに持続する。