「エネルギー効率を上げる」っていうことは、最終的に行きつく先は「人間の稼働率を上げる」ってことなんだと思う。

エネルギー効率が高いコミュニティって、個人とか家庭の規模で、消費より生産が盛んに行われているはず。「「生産と消費」についての連続ツイート」https://bokudeki.me/essay/mainessay/876

この番組はなかなか面白かった。僕だったら、「人力エネルギー党」で立候補するな。人間の稼働率を上げて電力不足を補う。最も人気ないと思うけど…「たかじんNOマネー2012.6.16」 –http://dai.ly/Lj4FZ9 @DailymotionUSAさんから

この場合の「人力エネルギー党」のような指向性が多くの人に支持されるようにならないと、脱原発なんて到底無理だと思ってしまう。あらゆる面で自分が行動して電力需要をカバーするという覚悟を決めれる人が必要。

僕が言ってる「人力エネルギー」って、例えばこういうこと。「エネルギー危機の打開策は、人間の可能性の開発にしかない」https://bokudeki.me/essay/mainessay/48979

身近な人が不慮の事故に遭って亡くなったり、いじめられて自殺したり、理不尽に殺されたりして、目覚めて、全国を講演しながら回ったり、予防を呼びかける会を作ったり、すごい活動家になる場合がある。

そういうきっかけがなくても、眠っている個々の潜在能力を引き出せれば、全体としてもの凄いエネルギー量になる。これも人力エネルギー。

人力エネルギーによって、個々の人たちが社会における役割を果たし合えれば、その他の外部からのエネルギー需要は劇的に減るはず。それが出来た時には、原発を使ってるときよりずっと経済も発展しているはず。

政治で大事なのは、多数決で決めることより、合意に持ち込むことだと思う。僕たち国民が、時間と労力をどれだけ積極的に注ぎ込んで、視点を出し合い、審議出来るかにかかっている。この点でも、人力エネルギーによる果てしない影響力が分かる。

「面倒くさい」だとか、「自分には出来ない(能力がない)」だとか言って、自分の可能性の出し惜しみをしてるようじゃ、脱原発なんて到底出来ないと思う。例え、火力や再生可能エネルギーに置き換えたとしても、結局はうまくいかない。

相変わらず、「人力エネルギー」についてのつぶやきに対して反応なしか。お金もかからず、環境へのインパクトも最小限で、しかも、エネルギー効率をどこまでも高められるものだと思うんだけどな。