Creative Commons License photo credit: Pink Sherbet Photography若い頃に母親を亡くすのってどんな感覚なんだろう。昨日、20代前半の友達が、母親を亡くした。先日、浅田真央の母親の訃報のニュースがあったけど、正直、それほど思うことはなかった。だけど、近い友達ということで、いろいろ感じることがあった。 

うちの母親も、まだ寿命で亡くなる年でもない。もう1年半くらい会ってないけど、元気だということは聞いている。母親がまだいる自分には、母親を失うっていう感覚がやっぱり分からない。悲しいんだろうか?他にどんな感情があり得るのだろうか? 

人の死は悲しいものなのだろうか?僕は、仏法を学び始めてから、それだけではないと思えるようになってきた。仏法では、人の生死を、日の出と日の入りや、僕たちが寝て起きるといったごく自然な周期に例えたりする。一つ一つの生死は、広大な海の中のさざ波であり、生命は滞りなく続くということ。 

「人の死は悲しいもの」という考え方は、「もう二度と会えない」とか「死んだら何もかも終わり」という思想からくるのだと思う。これは、ある意味、とても濃い宗教的な考え方だと思う。どんなポジティブな思想を持っても、悲しみはあるはず。だけど、どれだけ早く立ち直ってまた歩き出せるかが重要。 

仏法も、もちろん宗教であり、死後の世界がどうなのか誰も分からない以上、確実だとは言えない。だけど、少なくとも、悲しみから立ち直れないというようなことはなくなる。例えば、母親の死が、人の「寝る」に例えられれば、必ずしもそこで終わりではなく、続きがあると思えるようになる。 

仏法では、「生も歓喜、死も歓喜」という表現が出て来る。一般の社会では、不謹慎な表現が含まれているかもしれない。でも、「死も歓喜」ってあってもおかしくないと思う。その後に続きがあるのであれば。そもそも、死んだ後に「続きがない」っていうのも、不確実な宗教的な考え方なんだ。 

確かなことが何一つないこの宇宙で、僕は希望のあることを積極的に信じる。「信じる」についての連続ツイート https://bokudeki.me/essay/realization/867/