映画「レ・ミゼラブル」を観ました。
映画館で観たのに続いて2回目。

前回観たときも、感じたことを思い興されたことをブログに書きました。

「レ・ミゼラブル」は、「蘇生」の物語の王道
https://bokudeki.me/planning/entertainment/96042

今回、観て感じたことをメモがてら残しておこうと思います。

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何と言っても、この映画は主人公のジャン・バルジャンの蘇生の物語。
家族のためにたった一切れのパンを盗んだだけで20年も服役させられ、怒りと憎しみに満ちていた男が、聖者のように人のために生きるようになる。

彼の蘇生劇は物語の核だけど、その他の登場人物にも重要な蘇生劇があると今回観て感じた。

■ジャン・バルジャンを苦しめ続けた警部補のジャベール

彼は、法の秩序に異常なまでの執着を見せ、自分の罪までも法に則って厳しく罰しようとするほどするほどの堅物。
ジャン・バルジャンを追い続けたのも、例外無く法の裁きを受けさせようとした彼なりの使命感からだった。

この物語を読み進めていって、誰もが「彼は変わらない」と思うだろうけど、そんな尋常ではないほどの堅物が最後には変わってしまう。
それも、その蘇生劇は、この物語の中では最も短い時間の間に起こる。
結果的に、彼は自殺してしまうんだけど、彼の蘇生劇はその後の社会に少なからず影響を与えることになったと思う。(推測だけど)

彼は、ジャン・バルジャンの慈悲深い行動の中に、かつて受けたことのなかった「愛」を感じた。
それは、怒りと憎しみに満ちていたかつてのジャン・バルジャンが、自分に善く生きるチャンスを与えてくれた慈悲深い神父に受けたものと同等だったのだろう。

そんな「ペイ・フォワード」的なことは今の時代では胡散臭く映るかもしれないけど、今の時代も例外無く、人々の心に最も突き刺さる物語なんだと思う。

■救いようの無い両親の間に生まれたエポニーヌ

個人的に、このエボニーヌの生き様にひどく心を打たれた。
あんな救いようのない両親に育てられたら、心がひん曲がった嫌な人間に育ってもおかしくない。

でも、彼女は、自分と対照的に美しく幸せに育ったコゼットへの嫉妬心に負けなかった。
しかも愛していたユリウスがコゼットと結ばれることを助け、さらに彼女は革命のためにユリウスをかばって死ぬことになる。

こんなに美しい精神を持てる人はなかなかいない。(フィクションの物語の中の話だけど…)
それも、そんな人物があの救いようのない両親から生まれ育てられた。(という設定になっている)

そういった意味で、このエポニーヌもレ・ミゼラブルの中でとても重要な役なんじゃないかと思う。

■エポニーヌの実弟ガヴローシュ

映画を観ただけでは気づかなかったのだけど、この少年もエポニーヌと同じ両親から生まれている。(エポニーヌとは姉弟)
親の愛を受けずに育ち、バスティーユ広場周辺の路上で生活するようになるのだけど、たまに家に帰っても歓迎されない為、また路上に戻っていく哀れな子ども。
だけど、エポニーヌと一緒で、ふて腐れる訳ではなく、両親とは別に自分らしくたくましく生きて行くことになる。

 パリの学生を中心とした王政打倒の六月暴動。
学生達は、市内の狭い路地に築いたバリケードの内側で、進むか退くかの選択に迫られていた。
ガヴローシュは一人バリケードの外に出て、民衆の歌を歌いながら敵を挑発し、やがて銃弾に倒れた。

その少年の無謀とも言える行動に突き動かされ学生達は最後まで戦うことを決意した。
結局、マリウスを除いて他すべての学生達が銃弾に倒れることになる。

だけど、ガヴローシュのこの勇敢な行為は、ジャベールをも動かした。
亡骸となったガヴローシュの胸に自分の勲章を置くシーンは何度観ても胸を打つ。

恵まれない家に生まれた子どもとはいえ、それだけの影響を社会に及ぼすことが出来ることをユゴーは伝えたかったんだと思う。