昨日、僕の地区の学会の座談会で、PC持参で写真を見せながら沖縄旅行の体験発表をしてきた。

米軍のミサイル基地が平和の要塞に大転換された学会の沖縄研修道場のこと、唯一地上戦が行われた沖縄戦の歴史や僕がたまたま訪れた防空壕のこと、琉球王朝の歴史など。

みんなすごい喜んでくれたし、僕からも自らその座談会に価値を付加することが出来て良かったと思う。

やっぱり、こういう、それぞれの地域で老若男女が集えて、分け隔てなく語れる場って物凄く貴重だ。

僕は、学会に入会する前から何度か学会の座談会に参加したことがあったんだけど、そのときからこういう場こそが今の日本に一番必要なんじゃないかと感じていた。

学会だけじゃなくて、こういう場を、僕たち若者が率先して広げていくべきだと強く思った。

ところ変わって、沖縄旅行の帰りの機中、席が隣になった84歳の老人と打ち解けて、一時間半くらい話していた。

何やら、この老人は、今までに世界のほとんどの大陸に降り立ったことがあり、30カ国以上は行ったことがあると語っていた。

僕が生まれた年には、奥さんと娘さんとで、中東のあたりから南アフリカまで旅して回ったらしい。

南米へも、何百万もかけて家族ですごい旅をしたらしい。
どんな金持ちかと思ったら、根がケチで普段節約をしつつ、旅行等の価値ある体験には金を惜しまないという僕と同じような性格の持ち主だった。

すっかり打ち解けてしまって、僕の旅行の話もした。
その老人は、ニコニコしながらすごく興味深く僕の話を聞いてくれた。

実は、最近、いろんな人(主に、同年代の人たち)との人間関係に悩んでいて、頭がいっぱいになってしまっている。

特に、会社のチームでの冷た過ぎる人間関係に苦悩している。
ほとんど育成計画を放棄した、使い捨てとも呼べそうなくらいの人間軽視が行われているんだ。。。

半年ちょっと前にチームに加わり、自分が本気で仕事に従事してこなかったのがいけなかったと思うけど、会社でmixiやっているのを目撃されて、かなり前にチームのリーダーらしき人の足跡が残っていて、僕が学会員だということを知って、それから僕との応対が変わってきたような気もしている。(推測にしか過ぎないけど・・・)

僕は今までいじめることもいじめられることからもほとんど無縁で育ってきたから、正直、人間ってここまで出来るんだってびっくりしてしまっている。

これだけ人間の闇の部分にどっぷり漬かってしまうと、だんだん人間が信じられなくもなるし、人と接するのが怖くなってしまう。

沖縄旅行中は、マイミクのプチたんさん夫婦に時間を割いてドライブしてもらったりすごく良くしてもらったんだけど、最後の2日間はほぼ単独行動で、ドミトリーに泊まっても誰とも仲良くなれず、若者が集う国際通り(沖縄1の繁華街)に行っても、気分が悪くなって近くの公園に非難する始末・・・

飛行機に乗る前が、落ち込みのピークだったかもしれない。

そんな時に機内で出会ったその老人は、「あんたみたいに優しい若者に出会うと、おじちゃん嬉しくなっちゃうよ」とクシャクシャの笑顔で言ってくれた。

その一言が、閉鎖的な社会に渦巻く闇の中で、人間関係に悩み、落ち込んでいた僕に、どれだけ希望を贈ってくれたのかは計り知れない。

前の席に座っていたその老人の奥さんとお友達も、お別れの時にしきりに「ありがとうね、ほんとうにありがとうね」って温かい感謝の気持ちを送ってくれた。

僕は、その老人に対して、もちろん年配の方に対する敬意は持って親切にはしていたけど、別段優しくしたつもりは無かった。

お年寄りは、若者と接しているだけで喜んでくれて、何でも自分の経験とか体験を語ってくれるものだと思った。

逆に、若者は、そんなお年寄りと接する中に、長い人生を生き抜いてきた歴史を通して、人間のぬくもりとか、人生の希望を見出せるのかもしれない。

青年にとって、老年は心のオアシス的存在だと思うから。

これは、間違いなく世界平和に直結する相乗効果だと思う。

老年と青年が仲間外れなく手を結べば、この世界の流れは絶対に変わる。

これは、僕が、現代の人間関係の闇の渦の中で苦悩しながら導き出した世界平和への一つの道筋だ。

だからといって、具体的に何をすれば良いのかはわからないけど、これからもっと具体的にしていきたいと思っている。

結びに、以前日記に載せた新渡戸稲造の言葉を載せておきます。

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真に偉大なる人とは青年と心を結べる人なり

老年の知恵は青年を叱ることにあるのではなくて、清新なエネルギーを差し向けるべき道を示すにある

真に希望にみちた青年とは、老年と心を結べる人である
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