べてるの家

過去のツイートを掘り起こして、「べてるの家」についての連続ツイートをしようと思います。べてるの家の取り組みは奥が深過ぎて、ほんの一側面に過ぎないのですが…
べてる(1)「べてるの家の理念」って最高にいいね! http://bethel-net.jp/betheltoha.html
べてる(2)「べてるの家」で活動する精神障害を持つ当事者の方たちは、(病気が)「治りませんように」と言うらしい。それくらい、僕らのいる社会は病んでるんだと思う。
べてる(3)精神障害を持つ人たちの当事者研究(http://bit.ly/fe6AGJ)こんなことはべてるの家でしかやってないかも。医者に丸投げではなく、自分の病気のことを自分で学び、治療の仕方も自分で決める。しかも、自分だけの症状を元に病名も自分で名付けてしまうという…
べてる(4)「べてるの家」の河崎寛さんは、措置入院もした自身の経験から「爆発学の研究」を進め、精神科医に対して、自分の病気のメカニズムを、ホワイトボードに図式で解説した。医者が行う治療とは爆発した結果に対してであって、そのまえの段階やプロセスが抜け落ちている、と。
べてる(5)「べてるの家」に来る人たちは、人間性を否定され続けてきた人たち。そんな人たちが、自分たちの力で立派にサバイバルしている。僕たち健常者が彼らを薬漬けにしたり、社会の片隅へ追いやったり偏見を持ったりしなければ、彼らは持ち前の自治意識と当事者意識で独りでに活躍していける。
べてる(6)「べてるの家」のサポートの仕方が「すぐに手助けをしない」というのを聞いて、「ミニ・ミュンヘン」を思い出した。この取り組みの中で、大人たちは、子どもたちが明らかにトラブルを起こしていても口出ししない。子どもたちが自分たちの力で問題を解決するプロセスを暖かく見守るのだ。
べてる(7)「べてるの家」の精神病の方たちは、自分たちで始めたビジネスで、年商一億を稼ぐほどになっている。内容は、 浦賀の昆布の商品化や介護用品の販売、給食配膳など。純利益は百万ほどらしいけど、倒産相次ぐ地方の町で黒字決算というのは注目に値する。
べてる(8)べてるの家の取り組みは、型破りで、かなり捻くれている。あえてそうしているように感じる。必要があって。そう、元々、僕らのいる社会が捻くれているんだと思う。偏って硬直化した固定観念には、それ相応の強烈な表現を突きつけることが必要なのかもしれない。
べてる(9)「べてるの家」の取り組みを知れば知るほど、人間くささという意味では、そっちが本体で、僕らのいる社会はダミーに過ぎないのではないかと思ってきてしまう…間違いなく見習う点が多いし、真摯に学んでいきたいなと思う。
べてる(10)「べてるの家での”回復”というものは奥が深く、私たちがつくりあげてきた既存のものさしでは計れないところに、大きな意味とよさがあるのである。」(「降りていく生き方」より)このギャップは何故発生するのだろうか?それぞれのものさしは何を基準にしているのだろうか?
べてる(11)「回復するということは、人間が人間であるために、そういう背負わされた余計なものをひとつずつとり去って、本来の自分を取り戻していく作業なんです。?中略? つまり足し算ではなく引き算が、べてるの家のキーワードです。」「降りていく生き方」の向谷地さんの言葉より
「べてるの家」についての連続ツイートは以上です。べてるの家の視点に立てば、僕たちが当たり前だと思っていたことだとしても、おかしなことだったと気づけるかもしれない。「公正さ」を考える場合、視点は常に「弱い立場にある人」に合わせる必要があると思う。