企業が大きくなり過ぎる問題点について

企業が大きくなり過ぎる問題点について。 

企業による経済活動が、市や県、国のボーダーをまたぐようになると、何かと厄介な問題が出て来る。それまでは、その枠の中で循環する傾向のあったお金の流れが変わるからだ。 

ボーダーをまたいでも巡り巡って帰って来るならいい。だけど、そんな保障はどこにもなく、地元意識のない人たちがボーダーをまたぐ経済活動をすれば、お金はどんどん外に逃げていく可能性が高くなる。 

それも、強欲な人たちそんな大きな企業を経営すると、お金がどこかの枠の中に落ちることもなく、お金は企業の所有物となり、企業は強大になる代わりに、市や県、国などの枠内は弱小化する。 

多国籍企業など、今や国家を凌ぐほどの影響力を持つ企業が出てきているけど、ビジネスの単位はあくまで「企業」であり、「国家」としてではない。これでは明らかに国家として強くなるのに非効率。 

発想を変えて、国家のために企業を経営するなら、その企業は国家というビジネスユニットの一部となり、戦略の一部となる。この場合、国家がより強力になるはず。「自治体」という単位でも同じで、自分の市町村を主のビジネスユニットと見なして、そのために経済活動をすれば、それだけ強力になる。 

僕たちの行っている経済活動が、「企業」というビジネスユニット向きなのか、それとも「近所」とか「自治体」とか「国家」をビジネスユニットとみなして行われているのか、とても重大な問題だと思う。グローバル化により剥き出しの状態で世界と直接つながる現代では特に。 

そういった意味でも、「企業に勤めて経済的に自立していれば一人前」なんて考えだと、野心を燃やす外国の巨大企業の餌食にされるだけだと思う。 

グローバル化が進む現代だと、企業に貰える給料だけじゃ、家族も自分の身さえも守れなくなる。自分の足下から始め、家族、近隣、市町村、都道府県、日本国、東アジア、アジア、地球、というように、自分に近いコミュニティをビジネスユニットと見なして、結束して戦略的に対応していくことが大事。

「つまり、米国の強い企業は世界の最適地で生産し、魅力ある市場で勝負している。「米国国内に雇用を創出しよう」などと考えている殊勝なグローバル企業はない〜米国企業は好決算、米国の景気や雇用は停滞という対照的な状況になっているのである」大前研一ow.ly/7qSqA

 

この大前研一さんのコメントは、僕の考える「企業が大きくなり過ぎることの問題点」にとても共通すると思った。企業が大きくなり、その企業が自治体や国の利益のことを考えなければ、企業は強大になるけど自治体や国は弱小になる。