この間、久しぶりに母親と電話で話したけど、不況で仕事が無くて、弟が会社を近々やめるらしい。うちのマンションや土地の管理会社を今は母親が経営してるんだけど、母親が定年になったら弟に経営を任せるとのこと。僕に任せてくれれば楽だろうなと思ったけど、あえて楽じゃない道を選ぶ。 

うちの状況はちょっと入り組んでる。元々、天台宗の檀家で、僕がその長男。本当は僕が家を継ぐはずなんだけど、僕が創価学会に入っているうちは難しいだろう。元々、財産なんて要らないと思ってるからいいんだけど。必要な分のお金は自分で稼いでいける自信はあるから。 

一生食べていけるだけのお金をただで手に入れるのと、一生食べていけるだけのお金を稼いでいける自信を持つのと、人生の豊かさに大きな違いが出るだろうね。 

裕福であることはチャレンジでもあると思う。楽が出来る選択肢が常につきまとう中で、必要であれば、たとえ苦難の道でも選択していかなければならないから。うちはそんなに言うほど裕福ではないけど、僕にもそういうチャレンジがつきまとっている。 

日蓮大聖人の時代の池上兄弟の境遇と少しかぶっているのかも。同じように、一旦は親の意思を踏みにじることになっても、信仰を貫き実証を示す中で、結果的に、親の目を覚まさせることになり、以前より増して一家和楽が実現するのかもしれない。