素晴らしい議論だと思いました!「子供が想像以上に強い」ドイツのミニ・ミュンヘンなどの取り組みを見てそう思いました。 RT @yutakioka: 「子供とどう向き合うか?:パターナリズム、躾、教育、自立心について。」をトゥギャりました。 http://bit.ly/fsmzMH

@yutakioka 今回の議論とは関連が薄いかもですが、アメリカでは、自動車中心社会による交通手段の欠如と、子どもたちの貧困の集中などで、社会の根本で子ども軽視が行われているように感じます。いくら子どもが強いとはいえ、最低限の環境は用意すべきですよね。

「べてるの家」のサポートの仕方が「すぐに手助けをしない」というのを聞いて、「ミニ・ミュンヘン」を思い出した。その取り組みの中で、大人たちは、子どもたちが明らかにトラブルを起こしていても口出ししない。子どもたちが自分たちの力で問題を解決するプロセスを暖かく見守るのだ。

「企業で働いている」というだけで強い立場にあるというのは間違いだと思う。空きカンやその他リサイクル物をゴミ箱の中から地道に集めてくれるホームレスや、経済活動に直接参加していないように見える主婦、やんちゃに友達と遊んでいる子どもたちの方が価値を生めることは多々あるはず

子どもたちから「万引きする」という選択肢を奪うのではなく、もっと良い選択肢を与えるために、強制的ではないあらゆる働きかけをしていく必要だと思う。「大人たちが悪い」http://bit.ly/h3QgZb

「自分が苦労したから、子どもには苦労をさせたくない」って言って子どもを過保護に育てる親がいると思うけど、それって自分のことを否定することではないか。「苦労したからこそ今の自分がある」と思えれば、むしろ子どもに苦労をさせることを厭わないはず。

今時の子どもたちの多くは、「土を踏んで育つ」という選択肢が持てない。ガキ大将もいない。自然の仕組みを体で覚える機会がない。何とも悲しい現実…

子どもにとって環境は極めて重要。自然の中で育てば、自然を相手に実験を繰り返し、体験を通してその法則を学べる。都会では、自然という相手が不在で、この体験のプロセスをすっ飛ばし、頭で理解しただけですべてを理解したような錯覚をしがちになる。

今時の都会の子どもたちの秘密基地遊びと言えば…以前、うちのマンションの一階の空き部屋に近所の子どもたちが忍び込んで秘密基地のように使っていたことが問題になった。でも、今考えれば、一方的に子どもたちを責めることは出来ないと思った。その環境を一方的に奪っているのは僕たちなのだから…

アーティストの子どものベビーシッターをしてあげて、その見返りにその人のアート作品をもらう、みたいな関係って素敵だなぁ。

ポートランドの毎月恒例のアートイベント「First Thursday」では、「こんなんがこんな価格なの?これくらいならおれにも作れそうだ」っていうものが結構ある。これって、素晴らしい環境だと思う。「アーティストになる」という選択肢を持ちやすい環境だから。

ポートランドに来て驚いたことの一つに、10代かそれに満たない少年少女たちで、将来はアーティストになりたいと言う子たちが多いということがある。僕にはその理由が良く分かる。簡単に言えば、大人たちがその選択肢を用意してあげられるように努力しているということ。

全国、世界規模の不特定多数の顔も見えない人たちの間で人気者になるより、地元で誰からも愛されるような人になった方が豊かな人生になると思う。地元の子どもたちに、そう思ってもらえるような事業がしたい。