環境問題は、「論理(左脳)的」 + 「感覚(右脳)的」の両面からのアプローチで語られるべき?

【論理(左脳)的アプローチ】

これからの50年、僕たちは、かつて人類が経験したことがないほどの下記の2つの大問題に直面すると言われています。

 1.少子・高齢化問題
 2.環境問題

どちらも、日本で取り組まれている問題ですが、それでも全く不十分だと言われています。

例えば、日本は、ペットボトルなどの「リサイクル」とう点では、世界で最も高度な技術とシステムをもっており、「循環型社会」というコンセプトで努力を行っていると言えます。

ですが、それは、経済成長重視型の「大量生産」「大量消費」「大量廃棄」という極めて悪循環な中で行われている取り組みに過ぎず、この流れがある以上、「持続可能な社会」は実現しません。

『持続不可能』な社会が意味するものは、たった今も着実に『破滅に向かっている』ということなのです。

環境問題は、『国境のない問題』です。

北欧諸国の人々がいくら頑張ったとしても、別の地域で住む僕たちが環境保護への努力を怠れば、彼らの尊い汗と涙の結晶をいくらでも台無し出来てしまうのです。

このアプローチでは、こういった事実をベースに、環境問題を地球規模で学び、その上で、社会、経済、政治、教育などがどうあるべきなのか、論理的に議論するアプローチです。

【感覚(右脳)的アプローチ】

「自然」と「芸術」には、密接な関係があります。

「芸術」は、人間が創り出す「文化」です。
「文化」は、人間の営みを支える「社会」を形成します。

「自然」は、「人間の感性」を刺激し、「人間らしさ」を育てます。
「人間」は、一見何も無いように見える大自然に、すべてを見出すことが出来ます。

恐らく、これらのどれが欠けても良いバランスは保てません。
こういった感覚は、いくら頭で考えてみても、机上の空論になってしまう場合が多いです。

また、「人間」や「自然」というものは、難しく考えれば考えるほど、迷宮入りしてしまうほど複雑な問題に発展しがちです。

きっと、もっとシンプルに考えて、身近な環境からでも、そのちょっとした自然に直に触れてみるだけで、立派な環境学習になります。

心を開いて耳を傾ければ、自然は語りかけてきます。

環境汚染の激しい場所だと、自然は「苦しい」って言います。
森林伐採が進む場所だと、自然は「痛い」って言います。

でも、人間と自然が調和している場所だと、きっと、自然は「心地よい」って言ってにっこり笑います。

こちらのアプローチは、頭で考えるより、実際の体験・実践を重視するアプローチです。

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当初は、前者の論理(左脳)型アプローチでゴリ押ししようと思いましたが、先週末の愛知県の田舎での大自然体験をしてみて、それだけでは不十分だということに気づきました。

簡単に言うと、堅苦しい勉強と楽しい体験をバランス良くしていきたいなということです。

どちらも大事なことだと思いますので。。。

先日立ち上げた「への軌跡」コミュでは、この「論理(左脳)的」、「感覚(右脳)的」アプローチのバランスも考えて行きたいと思っています。

説明文をシンプルにして、トピックも増やしてあります!

是非ともご参加下さい!

への軌跡
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1483379