今日は、「依存」についての連続ツイートをします。長いので二日に分けようと思います。依存には2種類あると見ていて、一つはお馴染みの「個人的な欲求を満たす為の依存」で、もう一つは「個人を超えたより大きなコミュニティの健全な発展の為に進んでする依存」です。

依存(1)何故人間はテクノロジーを使いこなせないのか?機械は人間に従順なように設計されている。人間が相手なら何かしらの反応があるが、機械の場合は無い。人間が機械に一方的に依存する構図になる。人間がすべての操縦を託されることで、未熟な人間がそれをするということに危うさがあると思う。

依存(2)東京には、特に頭を使わなくても楽しめてしまう装置で溢れている。あるから使ってしまい、それに依存するようになってしまう。だけど、そこで用意されている選択肢って、豊富なようで、実は限られている。

依存(3)依存症や精神的な障害は、自分の気持ちをしっかり言葉に出来ないことで悪化すると思う。たとえば、一方的に相手を謝らせようとするときは、実は自分が謝りたいときだったり…症状の悪化を促進しているのは、本人だけでなく、本人が言葉に出来るまで根気強く待てない周りの環境でもある。

依存(4)「べてるの家」の河崎寛さんは、措置入院もした自身の経験から「爆発学の研究」を進め、精神科医に対して、自分の病気のメカニズムを、ホワイトボードに図式で解説した。医者が行う治療とは爆発した結果に対してであって、そのまえの段階やプロセスが抜け落ちている、と。

依存(5)「こうやってネタばらしをすると、病気に逃げられなくなるので、どんどんネタばらししていきたい」(http://bit.ly/gn2k9v)。依存症などの場合、精神科医に一方的に診断されるより、病気のメカニズムを自分で研究し公言していく中に、回復の道があるかもしれない。

依存(6)精神障害を持つ人や依存症の人の自立を阻んでいるのは、周りの健常者たちの「余計な行動」なのかもしれない。「過剰に介入する」のもそうだし、偏見や先入観から「関わらない」というのも余計な行動だと思う。あくまで、患者の「当事者性」を尊重することが大事。

依存(7)浦河赤十字病院の精神科医の川村さんが依存症と精神病の患者をある割合まで回復させるのに大切にしていること:人として尊重されていることが実感出来る雰囲気と、人間関係が大事にされること。「依存症の身内を外に出せる家族の勇気」、「それを許容し共存出来る社会」が待望される。

依存(8)「共依存」は厄介。「助けられる側」と「助ける側」で成立し得えて、ポイントは「どちらもお互いに依存している」という点。「助ける側」も「助けてあげる対象」を探し、依存し続ける。結局残るのは、お互いに痛みだけだと分かっていても…どちらも「個人的な欲求を満たす為の依存」の状態。

依存(9)ローカリゼーションとは、僕の理解では、出来るだけローカルの範囲で経済的な鎖国をすること。外部の経済に依存せず、お金の循環がその範囲内で完結する構造。個々人の別々の努力では難しく、人びとの間での「協力」が必要。

依存(10)「協力」とは、個々の努力の「足し算」ではなく、人びとが互いに依存し合いアウトプットを倍加させる「掛け算」の方程式だと思う。

依存(11)コミュニティの事を学んでいくうちに、僕はいろんな人と関わり巻き込むようになった。間違いなくコミュニティ内のみんなの必要性を感じ、依存している。でもそれはみんなも同じこと。「相互依存」という相当パワフルなもので、個人的な欲求を満たす為の依存とは分けて考える必要がある。

依存(12)「コミュニティ」には、所属する自由があるものと、望まなくても所属せざるを得ないものとある。家族、近隣、国家、地球…などが後者にあたる。この場合、意識しなくてもコミュニティは存在し、人々は自動的にその枠の中で相互依存するようになる。

存(13)うちの大学の教授は、明らかに自分の利益になるように授業を構成している。生徒を利用して情報や視点を効率的に集めるなど…お金を払っているのに納得いかないかもしれないけど、よく考えると、教授が強くなれば教育水準が上がり、社会全体の恩恵となり巡り巡って自分に返ってくるかも。

依存(14)だから僕は全力でクラスを受ける。生徒が教授を必要とするのは当たり前だけど、実は教授も生徒を必要としている。この相互依存関係はかなり重要だと思う。人々がこういった相互依存関係を理解し、率先して行動するようになった時の社会へのインパクトは計り知れない。

依存(15)成長するにはリーダーシップをとる事が一番だと思う。そのためには、配下につくメンバーが必要になる。その動機が「威張るため」だったら感謝なんて生まれないはずだけど、動機が「成長するため」だったらメンバーに対する姿勢が変わり、双方で好ましい相互依存関係が築けるのではないか。

依存(16)依存は依存でも、好ましくない依存(個人的な欲求を満たす為の依存)と好ましい依存(コミュニティ全体の可能性を引き出す相互依存)がある。前者はコミュニティにとって破壊的。依存自体を否定する「自立」は、相互作用が気迫になる。後者の相互依存こそが、コミュニティの可能性を最大限に引き出せる。