そりゃぁ、僕も、入る前はかなり宗教に対して抵抗がありましたよ。
入会の約半年前に、初めて学会のセミナーに参加した後は、このようにメタメタに言ってました。
https://bokudeki.me/essay/realization/17534
セミナーの後、初めて会った学会員何人かに囲まれて、一方的に信心の話をされて、正直、相当嫌な思いをしました。
人って、そんな数時間で理解できるような単純なものじゃないって今でも思います。
だから、こういうやり方は絶対に良くないです。
学会の中では、僕はかなり下っ端なので、どこまで出来るかわかりませんが、この辺にも精一杯切り込んで行こうと思っています。
そのセミナーの後、僕は、もともと壁を作るのは嫌いだし、僕は悪い宗教の勧誘とかに惑わされたり洗脳されたりしない自信があったし、しつこくされてもきっぱりと断れる自信もあったので、半年くらい、未入会のまま、学会員と共に同等の活動をしてみました。
もちろんそこまで楽しいものではなかったですが、沢山の人たちで集うって事で、こんなにもモチベーションを貰えるんだって事を学んだし、学会員の桁外れのモチベーションはここから来るんだって事を学びました。
「祈る」という事が、この忙しい現代人に著しく欠けている作業なんだっていうのも、この時既に確信していました。
詳しくは別の日記で書こうと思います。
僕が創価学会に入会したのは、2005年3月13日。
一番の動機は、どの学会員さんにも輝きを感じたから。
僕の周りの友達が持っていないものを尽く持っていました。
その時は、それがどこから来るのか分かりませんでした。
で、入会したら、1年間手抜きなしで本気でやってみる事に決めていて、もし、1年で何も結果が出なかったら、きっぱりと辞めようと思ってました
そしたら、半年で確信を掴んじゃったんです。
この出来事についても今度書こうと思います。
その後は、今まで無理だと思ってやろうともしなかった事に、強気でどんどんチャレンジしていって、ほとんどが大成功以上のものを収め、失敗しても、それを次に十分繋げられる経験にする事が出来ました。
そういった意味だと、僕は時間を無駄にしない賢いやり方をしたんだと思います。
1年で辞めるために手を抜いて1年間無駄にする事なんていくらでも出来ましたから。
入会以来、苦しいときは幾度もあったけど、僕は、部の先輩からも、「?やれって」押し付けがましく言われた事はないし、自分から指導を求めに行った事もありません。
すべて、ご本尊(自分)が答えを出してくれました。
どこかの神様とかどこかのカリスマに祈っている訳ではなく、自分を最大限に引き出して、自分で答えを導き出したんです。
このご本尊についても今度書こうと思ってます。
僕は、この1年ちょっとで、多分、今までで換算すると10年くらいは人間的に成長出来たと思います。
今では、僕にとって、「信仰」って空気みたいな存在です。
匂いもなければ味も形もなくて、だからといって、無いと、僕の魂が輝きを失ってしまうというものなんです。