ポートランドでの抗議運動(Occupy PDX)の報告(1)

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Occupy PDXは、ニューヨークで始まったアメリカの経済格差に対する抗議活動のOccupy Wall Streetのポートランド版。今や、アメリカ全土の1000以上の都市で同様の運動が行われている。ベトナム戦争の反対活動や公民権活動のような歴史的な運動になるかもしれない。

Occupy PDXでは、これまで2回のマーチを行い、1回目のマーチの後には、5000人以上の参加者によって、ポートランドのダウンタウンの中心であるPioneer Courthouse Squareは占拠された。これまでの逮捕者は2人だけで、単に行き過ぎた行動によるものだった。

Occupy PDXの2度目のマーチでは、役所や警察、ポートランドマラソンの執行部との交渉の末、抗議者たちは、ポートランドマラソンの参加者としてマーチをするように提案があった。結果的に、抗議者たちは、マラソンへの参加者として丁重に警察に守られながら、安全で平和的にマーチを行った。

ダウンタウン内の公園にOccupy PDXのキャンプサイトがあり、ある意味、無法地帯となっている。ただ、無法地帯だからといって、何でもしていいという訳ではない。目的を達成するためには、目的と関係ない違法性のある行為を防ぐ必要があることを、彼らは理解している。ある一定の秩序がある。

たった1ブロックの公園内に、Occupy PDXによってあっという間に独自の社会が誕生した。図書や子供のスペースもあれば、メディア、インターネット機能もあり、インフォメーション、セーフティ、続々と届けられるフリーフードもある。それらは、数々の委員会によって支えられ、持続している。

Occupy PDXのキャンプサイトは、ソーシャル•キャピタルの宝庫だ。孤立し崩壊寸前の現代のコミュニティと違い、みんながそれぞれ知り合い、スキルやリソースやアイデアや情報を共有し合い、経済的な豊かさとは別の豊かさがある。

Occupy PDXのキャンプサイトは裁判所の目の前にある。犯罪者として拘留されている人たちもその裁判所のビルにいるらしく、刑務所の中には99%側の人間ばかりで、実質的に犯罪を犯したといえる人間でも、とてつもなく裕福な1%側の人間は刑務所にはいない、という皮肉も込められている。

ポートランドの抗議運動(Occupy PDX)は、これまでとても平和で安全に行われている。抗議者側と役所の間に、一定の理解と協調関係があるように思える。抗議者側は何でも反対している訳ではないし、役所側もコントロール不能になった資本主義社会にメスを入れる必要性を感じている。

問題は、能力や努力に関わらず、一部の人がどこまでも経済的に豊かになれるシステムが出来上がってしまい、とてつもなく裕福な1%の人たちが、富を社会に還元することもなく、司法や行政よりも上位に立ち、機会の不平等を継続させることにより、自分たちの優位性を維持していること。

たった1%の人たちの私利私欲によって機会が奪われる人が沢山いるということ。そして、別の問題点は、その1%の人たちは、残りの99%の人たちの可能性を軽視しているということ。Occupy PDXの抗議者たちは、社会に出ても十分通用する能力を既に持っているはずだけど、企業は雇わない。

「個人の自己責任」という風潮の通り、個人のやる気や努力の欠如により職がない人もいる。それは、1%の人たちの問題ではないし、システムだけの問題でもない。それはそれで問題で、それでも、1%側の一部の人たちや不公正なシステムの問題は全く無視出来ない。